13-5 死なないだけの簡単なお仕事DEATH
ジムでのトレーニングが終了すると、真央さんは鬼からオカンにジョブチェンジして軽食を作ってくれる。
普通にご飯が食べられた件について文句を言ったら、翌日から用意してくれるようになったんだよね。譲ってもらったカフェの余り食材を処理するだけだから、大したものは作れないと言ってたけど、とんでもない!
大したことありすぎる美味しさで、これが楽しみで頑張ってるところもあるんだぁ。むしろ、これしか楽しみがないともいう!
「おおおお、サンドイッチだ! 真央さん、今日もありがとうございます! いただきまーす!」
きちんとお礼と挨拶を告げ、私は具沢山のサンドイッチを頬張った。
うんまー! 至福ー! 明日への活力が湧き上がってきたー!
「お前、あんだけしごかれてよく食えるな。この後、家でも夕食かっ食らうんだろ? どんな胃腸してやがんだ……」
営業時間を終えて閉店したカフェの中、カウンター席の向こうから真央さんが呆れたように言う。
「だって、デザートは別腹って言うでしょ? そういうことです!」
「……やっぱり俺にはお前が何を言ってるのか、全くわからん」
サンドイッチを食べ終えて、真央さんが家から持ってきた豆でコーヒーを淹れてもらうと、私は気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、真央さんって、もしかして実は各務真央なんですか?」
「ぐぶっ!?」
カップに口をつけていた真央さんが激しくむせる。
「今更か!? とっくに知ってるもんだと思ってたぞ!」
「いや、聞いてはいたけど確証を得られなかったんで……皆が揃って勘違いしてる可能性もあるし……」
理不尽に怒鳴られたことにささやかながら抗議すると、真央さんは店内のマガジンラックから厚めの雑誌を取り出した。そしてページを広げて私の前に置く。
各務真央の軌跡を辿った特集記事のようで、そこには360度どこから見ても怖い顔をした真央さんが確かに写っていた。
真央さんはあまり老けないタイプらしく、二十年近く前からほとんど変わっていない。でも今よりも髪が長いせいで、有瀬くんにさらに似て見えた。
うわぁ……筋肉バキバキやん。いつも長袖のジャージ着てるから、全然わからなかったよ。
全盛期と同レベルとはいかなくても、今もそれなりにデンジャラスなマッスルボディなんだろうなぁ。初対面の時に、自分より大きい有瀬くんを一蹴りで吹っ飛ばしたくらいだもんなぁ。
もし癇癪が発生したら、私、この真央さんみたいな有瀬くんと対決しなきゃなんないのかぁ……。
うぇぇ……相手をフルボッコにしてる真央さんが有瀬くんに見えてきた……泣きたい……でも泣いてたら死んじゃう……うん、泣き言ばっか漏らしてないで頑張ろう……。
「おい、せっかく見せてやったんだから何か言え」
真央さんが不機嫌そうに感想を求めてきたので、私は涙を堪えてページを捲る手を止めた。
「パノラマビューで超怖いっすね……腹筋で大根おろしできそう。生活に困ったら、山にこもって熊とか猪とか倒して食って生きてけそう。そこらへんだけちょっと羨ましさはあるかな」
真央さんは大きく溜息を吐き出して、額を押さえた。
「お前、本当にバカなんだな……留佳と同じで、文系の成績悪いだろ? 問に答えとけば、何でも解になるってもんじゃねえんだぞ」
失礼な。
文系よりも理系の方が成績悪いし……って反論したら自分がもっと可哀想になると気付いて、やめた。ほら、私、バカじゃない。
「息子さんの方は、さすがにここまでデンジャラスな肉体に育ってないですよね?」
代わりに、別のことを聞いてみる。
「どうだろうな……筋トレだけは続けさせてるから、そこそこ筋肉はついてるんじゃねぇか? 一人の時は大体、あの部屋の中で遊んでるようだしな」
頭の中に、事故物件な懸垂マシンとボルダリングする彼の姿が蘇った。
わぁ、あれが遊び道具なんだぁ……。
「まじかぁ……勝てる気がしない……」
「それでも勝つんだろ」
項垂れかけた私の耳を、真央さんの低く強い声が貫く。
思わず顔を上げると、真央さんの真剣な眼差しが目を射た。
「お前は護身術を教えろと言ったが、俺はそんなもんを教えるつもりなんざさらさらねぇぞ。役に立たねぇからな」
「え、じゃあ」
「俺の写真を見てどう思った? 怖いと言ったな? そうだ、誰だってこれだけ殺意を漲らせた相手を前にすりゃ怖い。だけど留佳は違う」
自虐かと思ったけどそうではなくて、真央さんはポケットからスマホを取り出して一枚の写真を掲げた。
そこには、五歳くらいの幼い有瀬くんがぼんやり顔でこちらを向いて写っている。
「お前が倒そうとしている相手は、これだ。敵意も殺意も持たず、何も考えていない、どこまでもバカなガキだ。バカなガキが癇癪を起こしたら、何も思わず何も考えず、ただ暴れる。お前の言う大きな赤子に、護身術なんか通用するわけがねえ。相手をどうこうしようと向かってくるわけじゃねえんだからな。何をやらかすか、予測不能だ」
「で、では私はどうすれば……?」
真央さんはスマホを閉じると、解決策を真っ向から否定されてオロつく私に告げた。
「まずは精神力を鍛える。何が来ようと何が起こってもビビらねえように……ってのはお前には難しそうだが、ビビっても冷静に判断できる程度にはなれ」
なれ、と申されましても。
「次に教えるのは、隙を突いて急所に一撃叩き込む方法だ。癇癪起こしたでけぇ赤子も、気絶させりゃ無効化できるだろ。気絶させられなかろうとキツい衝撃受けりゃ、我に返る」
あ、気絶。その発想はなかった。
殺すか殺されるかしか考えてなかったよ。
「俺がお前に教えようとしていることは以上だ。どうだ、できそうか?」
「や、やります! できなくてもやります!」
こちらを睨む真央さんに気圧されないよう、私も睨み返して大きな声で宣言した。
「ここは嘘でもできるって言えよ……」
が、私の返事が気に入らなかったらしく、真央さんはがっくりと肩を落とした。
「イヤですよ、嘘ついたら閻魔さんに舌抜かれるもん」
そう言って私は最後に一口だけ残ったコーヒーを飲み干し、ごちそうさまでしたと頭を下げた。
「閻魔さん、な……そうだな、嘘は良くねぇな」
呟くように零すと、真央さんは薄く笑って、私の頭をわしわしと乱暴にかき回した。
「そろそろ帰るぞ。俺は片付けしてから行く。お前も支度して駐車場に来い」
真央さんに促されて立ち上がったところで、突っ込み忘れていたことを思い出した。
「そうそう、真央さんって、愛しの息子くんを待ち受けにしてるんですねぇ? バカだの何だの言いながら、息子くん大好きパパじゃないですかー。案外可愛いとこもあるんじゃーんって、ほっこりしましたよー?」
ニヤニヤ顔でからかうと、裏のキッチンスペースに向かいかけていた真央さんが足を止めた。
「おう……てめぇ、本当に口の減らねぇ奴だな? わかった、追加トレーニングだ。俺が車で追い回すからお前は轢かれねぇように逃げろ。無事に家に帰り着け。途中で死んだらただじゃおかねえぞ……?」
振り向いた真央さんは、一目死にしそうなくらい恐ろしい顔をしていた。
こ、こんなはずでは……デレ顔を期待したのに!
ああ、また調子に乗っていらんこと言ってしまった! これが口は災いの元ってやつかぁぁぁ……。また死に急いでしまったぁぁぁ……。




