2-2 クソ乙女ゲーのスチル✕売れないお笑い芸人
有瀬くんと城咲さんのお家は、私の家から五駅向こうのターミナル駅近辺にあるそうだ。私の家の方が学校に近くて、電車では二駅、徒歩なら三十分ほどで到着する。
朝の通勤通学時間はどうしても混み合って大変だから、真夏と真冬と悪天候時以外は徒歩通学にしようと考えていたけど、アルバイトして自転車を買うのもいいかなと思ってる――といった話をしていたら。
「おはよう、我が恋人、柊那由多。俺はお前の恋人の有瀬留佳だ。覚えてるか?」
通学路を歩き始めて十分ほど経った頃――城咲さんが支えて歩いていたマグロの寝袋の中から、目も覚めるを通り越して二度寝して見る夢のような美形がもそもそと顔を出して、あくび混じりに言った。
顔を見るのは、城咲さんと同じく昨日ぶりの二回目。
寝袋睡眠のせいでちょっとボサついた髪がワイルド感をプラス、寝起きで若干幅が広くなった二重とあくびティアーズでしっとり潤った長い睫毛のコンビネーションが奏でる寝ぼけ眼はセクスィ度マシマシ、起き抜けのお顔も大変にデリシャスビューティである。
マグロに気を取られて忘れかけてたけど、何とイケメン・ザ・ワンダフルなんだ! ほんのり掠れたエロティカイケボも激イカす!
この人が私の恋人……夢だと思っていたけど、やっぱり夢じゃなかったけど、やっぱりやっぱり現実感がなさすぎて夢うつつだよ!
「お、おはよう、有瀬くん。ちゃんと覚えてるよ」
顔の良さに眩みかけつつ、私は懸命に笑顔を作って答えた。
有瀬くんはふぁあとあくびを吐いてから、歩きながら寝袋を脱ぎ脱ぎした。そして城咲さんから手渡されたチョコバーを齧り始める。きっと朝食代わりなんだろう。
「覚えてたのか。柊那由多は頭いいんだな」
ファッ!? イケメンに褒められた! おっしゃー、今日はいいことありそう!
「俺はこの寝袋暗記法のおかげで何とかなった。忘れないようにしばらく続けてみようと思う」
そっと隣から有瀬くんが手にした寝袋を見てみると、マグロの内側には隙間なくびっしり私の名前が漢字平仮名片仮名ローマ字で書かれていた。
うわ、怖。何ぞこれ、呪いかいな。
こんだけ書いたところで、ファスナーぴっちり閉めて寝たら暗闇じゃん。見えないし読めないじゃん。それに城咲さんに蹴っ飛ばされても余裕で爆睡してたじゃん。睡眠学習みたいなものかな? やっぱり有瀬くんも、変わってる。
そこから二人の間には会話がなくなってしまった。有瀬くんは、マグロ寝袋をぶんぶん振り回してチョコバーを齧り齧り、さっさと歩いていく。足のリーチが違うから、追いかけるだけで精一杯だ。話題を探す余裕もない。
ちなみにチョコバー、既に十本超えてるんだけど血糖値大丈夫なのかな……なんて心配する余裕もない。
「ちょっと二人共、何してるのよ」
私の一歩後ろからついてきていた城咲さんが、ここでようやく声を発した。
「何とは」
競歩みたいに早歩きしながら、手短に問い返す。ちょっと冷たい言い方に聞こえたかもしれない。
でもごめん、そろそろ息切れし始めてて、まともに話すのもつらいの。ああ、まじで本腰入れてダイエットしなきゃ。チョコバーちょっとほしいなんて思ってる場合じゃなかったわ。
「あなた達、恋人同士なんでしょう? そんな状態で学校に行っても、誰も信じてくれないわよ。二人は恋人同士だって、ちゃんと皆に見せつけなきゃ意味ないじゃない」
確かに。これじゃ運動部の朝練みたいだよね……って待って。
「ね、ねえ、見せつけるって何? ナニユエ見せつける必要があるの?」
私は立ち止まり、息を整えつつ城咲さんに再度尋ねた。
「はあ? 何よ、あなた。まさか留佳と恋人同士だってこと、皆に隠すつもりだったの!?」
城咲さんが怒りの形相で掴み掛かってくる。
「だだだだって! 私と有瀬くんじゃ、絵面的にあまりにも釣り合わないでしょ! 城咲さんとならお似合いだけど、私達二人じゃどう頑張っても恋人同士には見えないじゃない!」
「やめてよね! お似合いだなんて言われても、私はあなたと恋人になるつもりはないわよ!?」
「何でそうなるの!? そうじゃない、そっちじゃない、私じゃない! 有瀬くんと城咲さんならお似合いだって言ってるの!」
すると城咲さん、ぽかんとして固まった。かと思えば、ンフーと嬉しそうな吐息を漏らして溶け落ちそうなほど頬を緩ませる。
「やだ、あなた、わかってるわね。いいわ、もっと言ってちょうだい」
くねくね身を揺らして喜ぶ城咲さんを見て、私は察した。
あっ、これはもしかして……もしかしなくても。
「明日香、何してんだ? それより俺は柊那由多と何すれば恋人同士に見えるんだ?」
間の悪いことに、ここで先を歩いていた有瀬くんが戻ってきてしまった。
う、うん、ぽっと出の私がでしゃばって城咲さんの気持ちをあれこれ聞くのは失礼だし、いつか打ち明けてくれるかもしれないから、それまで待ってみ……。
「何でもないの。柊さんが私と留佳とはお似合いだって言ってくれたから、嬉しくて揺れてただけよ。はい、これが最後のチョコバーよ」
城咲さんはそう言って、バッグから取り出したチョコバーを有瀬くんに手渡した。
あれっ? 城咲さん、まさかの隠す気まるでナシ!?
「鬼間か。確かに、明日香とはお菓子を取り合ってよく戦うからな。あの修羅の戦闘時には、互いの中に鬼がいてもおかしくない」
有瀬くん……きっと、お似合いだって言葉を単語ごとまるっと誤解してるね。修羅とか鬼とか、えらい物騒な方面に飛んでったよ。
「ちょっと、留佳。取り合いだなんて、誤解を招くような言い方しないで。あなたがお菓子を食べすぎるから取り上げてるだけじゃない。留佳ったら、お菓子があったらあるだけ食べるんだもの。お腹を壊さないようにっていう配慮よ。そういうわけだから柊さん、勘違いしないでね? 私は菓子喰らいの戦闘狂な修羅鬼じゃないのよ?」
が、城咲さんは絶賛誤解まっしぐらな有瀬くんはそっちのけにして、私の方を向いて必死に訂正した。
えぇ……訂正しなきゃならないのは、そこじゃなくない? お菓子があればあるだけ食べるってのは、この短時間でよく理解できましたけれども。
突っ込みたいのを飲み込んで城咲さんに頷いてみせてから、私は置き去りになっていた話を戻した。
「恋人同士だって見せつけるにしても、私と有瀬くんじゃ次元が違いすぎて誰も信じないでしょ。どうやって恋人同士だって示すつもりなの?」
私の至極真っ当な疑問に対して、城咲さんはビシッと細く長い指を立てて告げた。
「容易いこと! あなた達、腕を組むのよ!」
「腕を」
「組む」
有瀬くんと私は、それぞれ城咲さんの言葉を反芻して、言われた通りに揃って腕を組んだ。
「ふざけてんじゃない! あなた達、バカなのアホなのベタなの!? そんなクソつまんないボケ、今時売れないお笑い芸人だってやらないわよ!」
城咲さんが髪を振り乱して吠える。
腕組みに仁王立ちという同じポーズで、私と有瀬くんは顔を見合わせた。
「言われてみると、柊那由多は売れないお笑い芸人達の敗者復活番組のオープニング映像に混じってそうだな。左隅の方でフェイドアウトしてく感じがある」
「そ、そう? 有瀬くんは、キャラ造形はものすごくいいのにストーリーと操作性とバグがクソすぎて逆の意味で面白い乙女ゲーの攻略対象のスチルみたいだよ。ヘタれたマグロのぶら下がり感もいい味出てるよね」
「そこ! 仲良くお喋りしない!」
やっと会話らしい会話ができたというのに、城咲さんに鋭く止められてしまった。
うーん、恋人っぽく見せたいなら、会話を通して心の距離を近付けるのが最適だと思うんだけど……でも仕方ないか。だって城咲さんにとって、この状況はすごくつらいはずだもん。きっと心の中では涙を飲んで堪えてるに違いない。
それでも気丈に振る舞う城咲さんの心情を想像すると……うっ、もらい泣きしそう。でもダメ、我慢しなきゃ。
城咲さんはもっと泣きたいのを我慢してるはずなんだから!




