12-4 地獄の業苦と彷徨える浮遊霊の二択
ママの実家で皆で食べる夕飯は、いつもすき焼きと決まっている。おじいちゃんとおばあちゃんが大好きだったからだ。
もちろん、夕食でも散々からかわれましたよ。
恒河だけは『あんなの那由多の彼氏じゃない、あれは夢だ幻だ現実に存在するなんてありえない』ってブツブツ言ってたけど。
私も最初は同じこと思ってたよ、なんていちいち宥めたりせずに無視しといたよ。
これ以上うるさく言い続けるようなら、また有瀬くん呼んで、恒河の部屋にでも置いてみようかな。城咲さんもセット召喚したら、生意気なことばっか言う口と一緒に息の根も止まるかもね。
いや、クソ生意気でも弟を失うのはさすがに私も辛いから、やっぱ有瀬くんだけにしとこう。
夕食を終えてお風呂にも順番に入ったところで、私は本日最大の目的を果たすために潤奈さんに声をかけた。
「ねえ、潤奈さん。ちょっと相談に乗ってくれない?」
縁側の網戸のそばで、お風呂上がりの火照った肌を夜風で冷やしていた潤奈さんは、私を見てにっこり笑った。
「いいわよぉ。じゃあ車出すから、ドライブしよっか!」
パパ達は全員晩酌でほろ酔い状態だったけれど、お酒が苦手な潤奈さんだけはシラフだった。
おかげで、夜のドライブに出かけることができたんだけど……。
「潤奈さん、どこに向かってるの?」
「もうちょっとで着くからー」
潤奈さんに見せたい場所があると言われ、助手席で揺られること三十分弱。
到着したのは真っ暗な建物で――大きな門があることから、学校らしい、とわかった。
「ここ、あたしの母校なの。今はこんなだけど、叔母さんにだって那由多ちゃんと同じ高校生だった時代があるんだからねぇ?」
潤奈さんがからからと笑う。
県立十穣高等学校――ここが潤奈さんの通った高校。潤奈さんが、私と同じ年齢の時を過ごした場所。
そう思うと、不思議な感じがした。
校門前をウロウロしていては通報されかねないと言って、潤奈さんはまた移動した。そして高校から程近い場所にある公園に車を停めた。
「ああ、今はやっぱり誰もいないのねぇ。厳しくなったものねぇ。あたしが高校生だった頃はすごくゆるくて、高校生だけじゃなくて中学生も夜中まで遊び歩いてたんだけどねぇ」
のんびりとした口調と足取りで話しながら歩き、潤奈さんは公園の奥にある古びたベンチに座った。促されて、私も隣に座る。
「ここに深夜0時に二人で一緒に座ると、永遠に結ばれるんだって」
潤奈さんがいたずらっぽく笑う。慌ててスマホで時間を確認すると、まだ午後九時をすぎたところだった。
焦ったぁぁぁ、潤奈さんと年の差百合ップル成立したかと思ったよ……。
「大丈夫よぉ、そんなのただの噂。ゆーちゃんには有瀬くんって子がいるって知ってるのに、横取りなんかしないって。それにあたしにも、愛する紳一郎くんがいるし?」
「その、紳一郎さんのことなんだけど……」
頭の中で、暫く会っていない叔父の姿を蘇らせる。
身長は二メートル近く、体重は詳しくはわからないけれどあれだけみっちりがっちりした筋肉に包まれていれば、百キロは超えているはずだ。
まさに、私の条件以上に条件に当てはまる人。その伴侶である潤奈さんこそが、私の悩みを解決できるかもしれない最後の砦なのだ!
これでどうにもできなかったら、志貴さんにお願いして、有瀬くんに恋人を殺したら恐ろしい地獄に落ちると新たにトラウマを植え付けてもらうしかなくなる。
できれば、それだけはしたくない。
あんなに閻魔さんにビビり散らしてる有瀬くんに、恐怖する対象をもう一つ増やすなんてあまりに酷だ。きっと私も同じ地獄に落ちる。
死後地獄で業苦を味わい続けるか、殺されて浮遊霊となって永久に彷徨うか、私に残されたのはこの二択のみだ。
どちらに転んでも苦難しか待っていない二つの末路から逃れるためには、潤奈さんに賭けるしかない!
「何? 紳一郎くんがどうかした? 有瀬くんと交換って言われてもあげないよー?」
「…………怖い、って思うこと、ないの?」
何故か、ひどく聞くのを躊躇われて、私は恐る恐る言葉を吐いた。
潤奈さんは一瞬目を見開いたものの、すぐに噴き出した。
「ゆーちゃんってば、真面目な顔して何を言うかと思えば……そっかそっか、うんうん、そういう時期だよねぇ。あたしにもあったなぁ、すっかり忘れてた。ああ……懐かしいなぁ」
私の質問のどこに郷愁を感じたのかわからないけれど、潤奈さんは星がまばらに散る夜空に向けた目を細めて薄く微笑んだ。
その横顔は、空の行く末を優しく見守るようにも、星を星座のように繫いで過ぎ去った青春を思い描いているようにも、明日を心待ちにしている私と同世代の女子のようにも見えた。
「そうねぇ、紳一郎くんくらい大きかったら、あたしなんて片手で吹っ飛ばせる思うわ。殺すのも簡単なんじゃないかしら? 紳一郎くん、昔はプロレスやってて、有名団体からオファーが来るほど結構な有望株だったらしいからねぇ」
デスヨネー!?
あのとんでもねぇガタイは、ただ運送会社に勤務してるくらいじゃ身に付きませんよねー!?
「なのに、紳一郎くんの輝かしい未来を台無しにしちゃったのはあたしなのよねぇ……だからたとえ殺されても文句は言えないし、言うつもりもないわ」
潤奈さんの唐突な吐露に、私は固まった。
「あたしねぇ、ゆーちゃんと同じ年の時からもう頭が悪くて、ダメな子だったの」
「いやいや、頭の悪さなら私も負けてないから。ダメな子対決しても私、余裕で勝てるから」
何か言わなくては、と必死に絞り出したフォローに、潤奈さんはまた笑った。
「ほら、ゆーちゃんはこんなにいい子じゃない。京香ちゃんが、大事に育てたんだもの。でも、あたしはお姉ちゃんとお兄ちゃんと違ってた。ううん、違うって信じてた。頭が悪くてダメな子だってことも理解してなかったの。本当はわかってたんだけどねぇ……わかりたくなかったんだよねぇ」
ちょっと抽象的すぎて、何が言いたいのか私には理解できなかった。けれども、潤奈さんはすぐに答えを教えてくれた。
「誰にでもあるでしょ? 自分は特別な存在なんだ、自分は選ばれし者なんだ、自分はこんなところで燻るような低レベルの人間じゃないんだって、身の程知らずな願望を抱くこと。平凡で終わりたくない、つまらない人生なんか歩みたくない、人と同じなんてイヤだ……ってね」
私にも覚えがある。
幼稚園の時は折り紙で何か作る時に皆とちょっと違う色を選んでみたり、小学生の時はこっそりお腹に雑誌で見た魔法陣を描いて魔法少女気分で登校してみたり、中学生の時は限定コスメをネット販売開始時間ギリギリを狙ってやっとの思いで購入して、あたかも元々持ってましたけど? みたいな顔でチラ見せしたり……ささやかながら、平凡に反抗した時がこんな私にもあった。
でも潤奈さんの平凡への反抗は、そんな可愛いものじゃなかったらしい。
高校生の時に、初めて付き合った彼を一方的に捨てた。ちょっと顔が良い先輩から言い寄られたからだ。
その人にヤリ捨てされて、そこから潤奈さんは転がり落ちていった。
高校では先輩のせいで公衆便所とあだ名され、男子には好奇の目で見られ、女子には優しい彼を捨てた件で白い目を向けられ、散々な目に遭った。
そんな自分でも都会に行けば輝かしい未来が待っていると信じて、高校を卒業するとすぐ家を出た。
けれど待っていたのは、搾取されるばかりの日々だった。男に依存して、金を毟り取られ、暴力を振るわれ。何の武器もない、何の取り柄もない自分には、何もできないのだと思い知らされただけだった。『お前だけだ、お前は特別だ』という男の都合良い言葉に縋って生きるしかできなくなっていた。
そんな時、路地裏で酔った交際相手に殴られていた潤奈さんを、助けに入った人物がいた。それが紳一郎さんだった。




