12-3 古池や、那由多飛びこむ水の音
「京香ちゃんの話によると、すっごいイケメンなんだって〜?」
「ああ、うん……イケメンなんだって……」
「お、もしかしてこの中にいるのか?」
パパが私のスマホを拾い上げて言う。
「ぎゃああ!? パパ、何すんの!? やめてやめて、勝手に見ないで!」
「ああ、この子よ、この子。どう、すごくない?」
慌ててスマホに伸ばそうとした腕は背後から身を乗り出してきたママに阻まれ、取り返すことは叶わなかった。
ああああ……何で私、よりにもよって、あのプリ画を待受にしたの!? おまけによりにもよりにもよって、補正なしの方を!
有瀬くんへのやらかしの戒めのためにやったことだけど、早速罰が当たったわ! 本人がちっとも気にしてなくても、お天道様は許さなかったわ!!
パパも潤奈さんも、スマホを覗き込んだまま固まっている。
やめてよ、何か言ってよ……無言が一番つらいよ……『那由多だけ、お花に囲まれた蟻の死骸みたいだね』って、笑っておくれよ……。
「…………ひ、人、なんだな」
そして数分後、パパがやっとのことで絞り出したという感じで声を出した。
「パパ、あの時は魚に見えてたからな……ごめんな、那由多。人だったか、そうか……」
空笑いするパパの優しさに、泣きそうになった。
ママから聞いて知ってるくせに。
蟻の死骸みたいな娘に何故こんなお花のような子が、と思ってても、娘を傷付けないように口にしないでいてくれてるんだよね。パパのバカ、バレバレだよ。
でも……パパのそんな不器用なとこ、大好きなんだからね!
「え、これ人じゃないでしょ? ゆーちゃん、一人で等身大パネルと一緒に撮影したんじゃないの?」
パパへの愛で溢れそうになってた涙は、叔母さんの無慈悲な言葉で引っ込んだ。
有瀬くんはさておき、久月くんもさておき、アホの八重樫くんすら不釣り合いだと言いたいの!?
確かに八重樫くんもイケメンだし、写真からはアホとは伝わらないだろうけどさ……私みたいなのは、蟻の死骸としかプリ撮るなっつってんの!?
「潤ちゃん、何てこと言うのよ。他の二人は知らない子だけど、この子はちゃんと生きた人間だったわ。一番二次元っぽいこの子が三次元だったんだから、他の二人も三次元だと思うわよ?」
ママがすかさずフォローしてくれたおかげで、別の意味で出そうになってた涙も止まった。
「……え、えええええ!? こ、この子、生きた人間なの!? それで、ゆーちゃんの彼氏!? えええええ!?」
ひとしきり叫ぶと、潤奈さんは私の肩を掴んだ。
「ごめん、ゆーちゃん……叔母さん、間違ってた! ゆーちゃんが世界で一番可愛いなんて信じてた、叔母さん、世間知らずすぎた! 井の中の蛙大海を知らずだった!」
ちょっと、潤奈さん!?
長年の価値観覆るの早くない!? 私は蛙扱いなの!?
こうなったら古池に飛び込んでやるから音を聞け、このやろー!!
「そうねぇ、潤ちゃんが大海を知っちゃうのも仕方ないわよねぇ……有瀬くんだけじゃなくて、隣の子も一万年に一人の美少女クラスの可愛さだもの。この男の子もキリッとした目をしてるのに人好きする雰囲気あってカッコ可愛いし、それに城咲さんだっけ? あの子も本当に綺麗だったわぁ……お伽噺のお姫様みたいだったわねぇ」
ママがうっとりと目を細める。
うんうん、そうやって夢見るくらいでちょうどいいんだよ。私達みたいな凡人は、本来ならばこういう別世界の者共と関わっちゃならないんだよ。
関わったが最後、とんでもない目に遭うんだから……。
潤奈さんは私のスマホを食い入るように見つめていたけれど、意を決したように顔を上げた。
「ゆーちゃん、正直に答えて。お金とか、取られてない?」
「……は?」
つい間抜けな声が出た。
「ううん、ゆーちゃんにはまだ理解できてないかもしれない。こういう手合いは、面と向かって金を出せとは言わないの。『手持ちがなかったわー』とか『後で返すからさー』とか言って、ちまちま掠め取っていくの。そして、気付いたら身も心もボロボロにされてるの。心当たりはない? 遊びに行ったら自分ばかりが支払ってるとか、器の小さい女だと思われて嫌われたくないから、お金を返してってなかなか口に出せずにいるとか」
ぽかーんと口を開けたまま、私は潤奈さんの真剣な表情を眺めていた。
えらい具体的な例えが出てきたけど、もしかして潤奈さん、経験者なのかなぁ?
「え、いや、特にお金は貸し借りしたことないよ。こないだ遊びに行った時は、ほぼ全額出してもらったくらいだし……プレゼントもマメにくれるし……」
実際に出したのは有瀬くんのパパである真央さんなんだけど、それを告げたら親の金で遊ぶ不届き者だの親不孝者だの何だのまた難癖付けられそうだったので黙っておくことにした。
プレゼントも一応、あげるよりはもらう方が回数は多い。
う、嘘じゃないもんね!
お金は真央さんのだけど、有瀬くんの財布から出してたし!? くれるものの大半はゴミだけど、極稀にまともな品もあるし!?
「そ、そう……? ほ、他には、その、肉体関係の強要、とか?」
「ななななないよ! あるわけないって! ボンキュッボンのナイスバディならともかく、わざわざ私なんかを選んで致す必要性がどこにあるの!?」
「でも、パンツを見せ合ってる仲ではあるのよね……」
「ママママママ!? 余計なこと言わないで! あれはママが勝手に置いただけで、貰い事故みたいなもんだからね!? 私はあの後もこれまでも、有瀬くんのパンツなんか見てないからね!? これからも見ないからね!?」
「ところで那由多、チューはしたのか?」
「黙っててよ、パパ! しないよ! キスってのはそう簡単にするものじゃないんだよ!? 神秘の営みなんだよ!? 自分が経験してるからって、キスをバカにしたらたとえパパでも許さないよ!?」
「でも、相手から求められたらどうするのよ?」
「信じらんない、弥生さんまでキスを軽んじてるの!? 求められたってしないに決まってんでしょ! 毎回それはもう激しく拒絶してるよ! なのに懲りないんだよ! どうにかしてよ!」
「つまり、向こうは那由多とキスしたいわけだ?」
「そうみたいだね! いろいろと勘違いを拗らせてるせいだけど、本当に困ってんだよ! ねえ、伯父さん、何とか諦めさせるいい案は……」
と、ここで気付いた。ダイニングに集う人数が増えていることに。
「あっ……伯父さん、弥生さん、おかえりなさい……お邪魔してます……」
ぎこちなく挨拶して、私は椅子から立ち上がろうとした。
「いいからいいから。続けて続けて」
しかし、ママの義姉に当たる弥生さんが、ニヤニヤ顔で肩を押し付けるようにして再び座らせる。
「キスを諦めさせるより、那由多が諦めてキスさせたらいいんじゃないか?」
ママのお兄さん、数威伯父さんが口元の髭を撫でながら言う。
手で隠してるけど弥生さんと同じようにニヤニヤ笑ってるの、バレてるからね。目がもう既にニヤついてるからね!
「それでそれで? 京ちゃん、那由多の彼氏ってどんな子なの?」
「これ、この子よ。実物見たけど、イケメンすぎて腰が抜けたわ。でも、ちょっと変な子だったわね。仲はすごく良さそうだったわよ」
「うわ、何だこれ。いくら何でも美形すぎないか? なのに変な子って……孝匡くんは会ったの?」
「いや、仕事で家にいなくて。俺も見たかったなぁ。聞いた話じゃ、那由多のパンツ見たお礼に自分のパンツ見せようとしたらしいよ」
「ゆーちゃん、ゆーちゃん! 今度家にも連れてきてよ! 審査したいから! ゆーちゃんを幸せにできる人か、叔母さんの厳しい目で見極めてあげる!」
大人達に口々に囃し立てられ、私は耳を押さえて俯いてひたすら嵐が過ぎるのを待った。
ねえ……ノロケ話って、大して面白いものではないよね?
相手が知らない人だと内輪ネタ感満載でついていけなくなって最終的にどうでもいいわってなるし、知ってる人だと見ちゃいけないものを延々と見せられてる感覚が辛くなってもうやめてくれってなるし、どっちにしたってそんなに聞きたいものではないよね?
なのにどうして、ウチの親戚達は皆こんなにあれこれ聞きたがるの!? 聞かせる話なんか何一つとしてないよ!
だからもう勘弁して……ライフ0どころか、涙すら一滴も出やしないよ……。




