12-2 子どものままいられず、大人にもなれず
「那由多、スマホばっか見てると酔うわよ? もうサービスエリアもパーキエリアもないんだからねー?」
「わかってるよー。これ返信してからー」
茉絢が送ってきた有名声優さんとのツーショに『裏山!』と噴き出しがついたリアルなエベレストのスタンプを返し、私はスマホを閉じて顔を上げた。
隣の恒河は、まだ爆睡中だ。家を出てすぐに寝てくれて良かったよ。起きてたらどうせケンカになるもん。
お盆に入ると、私達は家族でママの実家に行くのが恒例だ。有瀬くんが青飴の名産地と呼ぶその地は、車でおよそ三時間ほどのところにある。
何があるかと聞かれたら、特に何もない。特製味噌を推してるみたいけど、何故味噌なのかもよくわからない。つまり半端な田舎ってことだ。
半端でも田舎でも、私は結構この地が好きだった。
狭いアスファルトに入り組んだ路地、畑の向こうには緑に包まれた自然公園が青々と広がっている。海はないけど、ここに来て開放的な景色を見てると、ああ、夏だなぁって感じて心地良いんだよね。小さい時から夏だけ訪れてるから、夏といえばママの実家! って意識に植え付けられてるせいだろうなぁ。
ちなみにパパの実家は、老朽化のために私が生まれてすぐくらいに取り壊してしまったらしい。おじいちゃんとおばあちゃんはまだ元気にしてるけど、家を出てから何回か団地を引っ越してるせいで、パパサイドではあんまりノスタルジー感に浸ることはないんだよね。
「京香ちゃん! 孝匡くん! いらっしゃーい!」
細い道を入ったところに佇むチョコレート色の建物の隣に車を停め、ちょっと錆びた門の横にちょこんと付いたインターフォンを押すと、元気な声に出迎えられた。
ママの妹の潤奈さんだ。
「きゃー! ゆーちゃあん、久しぶりー! 高校生になって垢抜けたわねー。相変わらず可愛いねぇ可愛いねぇ可愛いねぇ。がーくんも、すっかり背が伸びてカッコよくなっちゃってえ。伯母さん、鼻が高いわー。とか言ってこの通り、つんつるてんに低いけどねっ!」
恒河が、早くもうんざりと空を仰ぐ。
中二の反抗期真っ盛りの男子には、このテンションでグイグイ来る叔母さんってキツいものがあるよね。直前まで家で留守番するっつって聞かなかったもんね。ちょっとだけ同情しなくもない。
何故ならこの叔母、潤奈さんは私と恒河がとにかく可愛くて仕方ないらしいから。自分に子どもがいないっていうのもあるのかもしれないけど、性別が同じの私はそれこそ目に入れても痛くないってレベルで猫可愛がりされてた。
いや、過去形じゃない。今もされてる。で、猫繋がりで思い出した。
「潤奈さん、とんじる、元気してる? こないだふと思い出して、会いたくなっちゃった」
おやつを横取りしては私を泣かせた、とんじると名付けられた俺様気質な元野良猫――の飼い主である潤奈さんは、ぱっと笑顔になった。
「もちろん元気よー! 今は旦那があちらの実家に連れてってるけど、戻ったらいつでも会いに来て! 同じ市内に住んでるのに、ゆーちゃん、中学生になってから全然来てくれなくて寂しかったんだからぁ」
甘えるように乞われ、私は苦笑いした。
ママより五つ年下だけれど、相変わらず実年齢より若々しくて所作にもそれが表れ出る。それが妙に気まずい。
何というのか、ママとは違って女女してる感が強くて、最近は何だか腰が引けるんだよね……。ちょっと前までは憧れの対象だったのに、この感覚は成長期の葛藤ってやつかな?
いずれ自分が成る姿を見せられて、いつまでも子どもでいたい気持ちと大人にならなきゃいけない現実の狭間で藻掻いてる状況を否が応でも考えさせられる、みたいな……うまくいえないけど。
「俺、眠いから寝る。夕飯になったら起きるからほっといて」
いつものように、流れ弾を食らう前に恒河はさっさと別室に逃亡した。
まだ寝るのか。寝てるばっかなのに、何でわざわざヘアセットしてきたんだか。触るだけでキレるお高いワックスもセットする時間も無駄じゃん。とっととハゲちまえばいいよ。
「潤ちゃん、数威兄達は?」
荷物を置いて戻ってきたママが、ダイニングで麦茶をコップに注ぎながら尋ねる。
ママの実家といっても、おじいちゃんとおばあちゃんはもういない。私が小学校低学年の時に立て続けに亡くなったからだ。仲の良い夫婦だったからね、と誰かが呟いた言葉が、今も頭に残っている。
「ほんとだ、智有希ちゃんもいないね。どこ行ったの?」
思い出すと泣きそうになったので、私もママと一緒になって、従姉の智有希ちゃんについて聞いた。
現在この家には、ママのお兄さんで私の伯父さん、そのお嫁さんの弥生さん、現在大学生の娘の智有希ちゃんの三人が暮らしている。なのに三人揃って姿がない。いつもは誰か一人はいるんだけどな?
「数威兄と弥生さんは、夕飯の買い出しに行ったわ。智有希ちゃんは彼氏と旅行ですって。それであたし一人でお留守番してたところに、ゆーちゃん達がやってきたってわけ」
潤奈さんには子どもはいないけれど、旦那様はいる。しかし二人は、お盆になると別行動を取るのが決まりとなっていた。余程のことがない限り、お互いの実家には行かないらしい。
かといって仲が悪いわけではなく、ウチの両親よりもラブラブだ。
ママから聞いたところによると、いまだにお風呂も一緒に入ってるんだとか。
いろいろ訳ありっぽいけど、私みたいな子どもが聞いたところで何の役にも立たないし、何より聞くのが面倒そうなので知らん顔している。
パパと一緒にダイニングのテーブル席に座ってママから麦茶を受け取ると、私ははぁ、と溜息をついた。
「えー、智有希ちゃん、いないんだ。いらない服があったらおすそ分けしてもらおうと思ったのに。ラインだけしとこ……って、彼氏と一緒なんだっけ。お邪魔になっちゃうな、また今度にしよ」
ラインは断念したけど、せっかくスマホを取り出したんだし動画でも漁るかと親指をフリックさせてロック解除したところで、その手ががっしりと掴まれた。
「そ、れ、よ、り、も! ゆーちゃん、彼氏できたんだってぇ〜?」
驚いて頭を上げれば、潤奈さんの嬉々とした表情が迎え撃つ。
思わず、スマホをテーブルに落としてしまった。
「えっ……ちょ、ちょっとママ! 潤奈さんに言ったの!? 何で言うの!」
「秘密にすることでもないじゃない。潤ちゃんも近くはないけど同じ市内に住んでるんだから、どっかで遭遇するかもしれないし、その時に問い詰められる方が面倒でしょうが」
それはそうだけれども!
救いを求めて隣を見れば、パパまで目をキラキラさせてる。
そうだよね、何を聞かれても別にいーじゃん、関係ないじゃんでスルーし続けたもんね……この際だから潤奈さんと一緒にあれこれ聞いてやろうって顔してるね……。
最っ悪なんですけど! 私も恒河と一緒に逃亡すればよかった!
とはいえ……潤奈さんを無碍にはできない。だって唯一の頼りは、この人だけなんだもの!




