11-7 参考書籍は多分カ○ジ
ゲームセンターを出ると、我々はプチプラでハンバーガーが食べられるファーストフードの代名詞的なお店へやってきた。
対決の結末が有耶無耶になっちゃったから、有瀬くんが真央さんからもらった軍資金内で収まるところに行こうって話になったんだよね。
有瀬くんが出して見せたお金は思ったより残ってたけど、食べ盛りの男子三人がお腹を満たすとなるとここしか選択肢がなかったというわけだ。
「ふぁぁ……良かったぁ。今度の今度こそ真央さんに尻子玉もろとも命刈り取られるかと思ったよぉぉ……」
安堵の息を深々と吐いて、私は失われた酸素と一緒にシェイクを吸った。
「父は魔王の他に、死神も兼業するようになったのか。出張刈り取りサービスでも始めてくれねぇかな……そしたらいつでものんびりお菓子が食えるのに」
三個目のソフトクリームをスプーンですくいながら、有瀬くんも溜息をつく。
「有瀬先生に出張刈り取りサービスなんて始められたら、命がいくつあっても足りねぇよ……てかお菓子お菓子って、有瀬はほんとそればっかだよな。そんなもんばっか食ってないでちっとは栄養取れっての。見てるこっちが具合悪くなんだろが」
最安値のハンバーガーセットとワンコインメニュー全種を完食した八重樫くんがうんざりと口元を歪める。でも、言ってる内容は優しいんだよなぁ。
「それもそうか。追加でアップルパイ買ってくる」
「バカか、お前! アップルパイもお菓子だろ! おいちょっと待て、ポテトくらいなら奢ってやっから!」
すたすたとカウンターに向かった有瀬くんを追いかけて、八重樫くんもバタバタと席を立った。
八重樫くんって、アホでチョロいけどほんと優しい子よね……。こんないい子に育ててくれたご両親の深い愛情を思うと、涙が出そう……。
「…………那由多ちゃん」
ほんのり涙ぐみほろ泣きしていたら、十個のハンバーガーを黙々と食べていた久月くんに呼ばれた。
「うわ、全部空になってる。前から思ってたけど久月くん、どこにこんなに入るの? 何で太ましくならないの? 食べても太らない体を叶える秘訣が知りたい!」
「そりゃやっぱり、筋肉量を上げて基礎代謝を高めることが基本かな……って、その話はまた今度ね。それより、あのパンチングマシンのことなんだけど」
「あー、ビックリしたよねー。危うく皆で目張りされたワゴンに乗せられて、地下帝国で強制労働させられるとこだったよ。弁償にならなくて本当に良かったね」
「いや、ないから! たとえ弁償になったって、そんな借金で身を持ち崩した者が辿る最悪の末路を描いた漫画みたいなことにはならないから! 那由多ちゃん、ゲーセンの経営者のこと何だと思ってるの!? って、そうじゃなくて!」
久月くんは辺りを窺ってから、急に声を潜めた。
「……あれ壊したの、留佳だよ。監視カメラじゃわからなかったみたいし、本人も理解してなさそうだけど」
「あー……やっぱそっか。じゃないかと思ってたんだよねぇ」
私は肩をすくめて空を仰いだ。
「……那由多ちゃん、気付いてたの?」
「だって有瀬くん、超がつくほど雑だしバカ力だし、マシン破壊なんて余裕でやりかねないじゃん」
私の返答を聞くと、久月くんはぐっと眉を寄せた。
「那由多ちゃん、わかってる? 雑とかバカ力とか、そんなレベルじゃないだろ。あんなでかいマシンを余裕でぶっ壊すんだよ? おかしいと思わないの?」
久月くんに気圧されて、私も真顔になった。
言われてみれば、確かに……おかしい、ね? 何十人ものパンチを受けてきたマシンを、一発で壊すなんて。
「小さい頃のあいつ、加減とか制御とか、そういうのがほとんどできなかったんだ。今は大分マシになったけど、ふとした時に今日みたいなことを起こすんだよ。八重樫はあの通り能天気だから気にも留めてないみたいだけど……那由多ちゃんには言っとかなきゃ、と思って」
久月くんの真っ直ぐな眼差しに目を逸らすこともできず、私は曖昧に笑って尋ねた。
「えーと、それはやっぱり恋人だから?」
「そう、恋人だから」
久月くんは即答した。
「名目上でも恋人は恋人でしょ? 恋人が暴走しそうになったら、恋人として止めてよ。那由多ちゃんには、いざという時には盾となってでも留佳を守ってほしいんだ。あいつに誰も何も、傷付けさせないように」
有瀬くんを、守る?
大して力もなければ頭も回らない私なんかに、そんな大それたことできる?
戸惑って黙り込んだ私の顔を見て、久月くんは自嘲的に笑った。
「監視カメラの留佳、那由多ちゃんも見たよね。子どもの頃とおんなじ表情してた。マシになったといっても根本はやっぱり変わらないんだって、改めて思ったよ」
ゾッとするほど綺麗な顔立ちをした、人形のような死体のような少年の姿が脳裏に蘇る。
カメラに映る有瀬くんは、久月くんの言う通り、あらゆる感情も生気も失ったような綺麗で無垢で、残酷なほど無機質な顔で、一切の躊躇いなく拳を叩き込んでいた。
あれが、有瀬くんの根本……? あれこそが、本当の有瀬くん……だと?
「明日香ちゃんの事件の時も、今日と同じように日常動作みたいに殴ったよ。留佳にとっては、相手が人でも機械でも関係ないんだ。でも今はあの頃より体も大きくなったし、力も強くなった。おまけに格闘技も齧ってるから、余計に危険だろうね。幼稚園の時は歯の三本で済んだけど、今なら人一人くらい、簡単に殺せるんじゃないかな」
そんな相手を、止めろ、と?
いざとなったら盾となって、あのパンチングマシンみたいにベゴッとへし折られろ、と……?
いやいやいや、無理無理無理無理無理!
こっっっわ! 想像だけで震える、想像だけで泣ける、想像だけで死ねる! あまりにもあっさり殺られたもんだから、もう死んでることに気付かず浮遊霊になって永久に彷徨う未来まで見えたじゃないの!
恐ろし泣きで、涙がどばどば噴出した。浮遊霊は嫌だ……浮遊霊にだけはなりとうない……。
「今日のことは、留佳を焚き付けた僕が悪かったんだ。怖い思いさせて、本当にごめん」
ぼやぼやに歪んだ視界に、頭を下げた久月くんが映る。でも、何も言えなかった。
「…………留佳の恋人、やめたくなったら僕に相談して。何とかして明日香ちゃんを説得するから」
目玉の大洪水に見舞われてる私にハンカチを差し出し、久月くんは静かにそう告げた。
その顔が何だか悲しげに見えたのは、気のせい……じゃない気がして、さらに泣けた。




