11-3 魔王召喚に成功するも安全は保証されていなかった
「うぇぇ、超あっつい……干涸らびちゃう……溶けちゃう……伊吹、跡形もなく消えちゃう……」
「るさいなー、案内料としてコンビニで水買ってあげたでしょ。大した距離じゃないじゃん、陸上部のくせに根性ないなー」
「何だよ何だよ、自分だけ日傘で涼みやがって。俺も入れてくれたっていいだろー?」
「イヤだよ、相合い傘にはもううんざりしてんだよ。ろくなことになりゃしないんだもん」
「え? お前、まさか有瀬とあの傘で相合い傘したの!? あの傘の役割を一切果たさない、ズブ濡れ必至の傘という名の棒きれで……ファー! ヒャー! ウケるまじやべぇ死ぬ腹痛え!」
人目も憚らず、ぎゃーっはっはっはっとバカ笑いする八重樫くんと他人のフリして歩くこと十五分。我々はついに目的の場所に到着した。
「ここがあのサラチューかー!」
正門に掲げられた『更科中等学校』の学校銘板を見て、私は歓喜の声を上げた。
卒業写真で四人が映っていたあの場所に今、自分がいる。そう思うと、感慨深いものがあった。
「涙ぐむほどのもんかぁ? 中学なんてどこも大体似たようなもんじゃん」
「はあ? 全然違うよ。じゃあ同じ女子高生ってくくりなんだから、私と城咲さんも大して変わらないってことになりますけど?」
「すまん、俺が悪かった。うん、全然違うよな」
秒で謝られて、掌返して翻された。意見は通ったけど、これはこれでムカつくなー。
「中に入れないかなぁ。皆の思い出の場所、見てみたいなぁ」
校舎奥にあると思われるグラウンドと体育館から、部活動中らしき生徒達の元気な声が聞こえる。校門の隙間から内部を窺いながら、私は率直な願望を口にした。
「いくらなんでもそれは無理だろ。卒業生でも許可なしじゃ入れないんですよー? 不法侵入で警察のお世話になってもいいのかーい?」
しかし八重樫くんに、真っ当な正論で却下される。
「だよねぇ……」
溜息を落としたところで、ふと思い付いた。
「ねえ、真央さんならいるんじゃないかな? 先生は学生が夏休みでも出勤しなきゃなんないらしいし」
「いるとは思うけどさー、俺、会いたくねぇよ? それにどうやって呼び出すんだよ? こっから大声出して呼ぶのはナシな? それこそ不審者にしかならねぇし、出てきても殺される未来しかないじゃん。何より俺、会いたくねぇよ?」
八重樫くんが心底嫌そうに眉をひそめる。
「連絡先も知らないしやっぱ無理かぁ……でもまぁ一応、召喚魔法だけ唱えてみようかな」
私はさささっと、昔ハマった陰陽師が主役の映画で覚えた九字切りをした。
「我、今ここに八重樫伊吹の命と魂と舌と尻子玉を捧げる……いでよ、大魔王、有瀬真央!」
なんてね、と舌を出して、隣に立つ八重樫くんを見上げる。が、ちっとも笑ってくれてない。むしろ、固まってる。
あ、あれ、スベったかな?
いや待って、顔面蒼白になってない?
熱中症にでもなったんじゃ……と声をかけようとしたところで、がしりと、背後から頭を鷲掴みにされた。
「那由多……てめぇ、本当にいい度胸してやがるな。誰が魔王だ? 何しに来やがった? 夏休み気分に浮かれて、不法侵入でもしようとしてたか? 警察に突き出す前に、病院送りにしてやってもいいんだぞ、ああ?」
腹腔に重く響く声音が、背筋を凍らせる。
「ま、真央さん……こんにちはっす……」
捻じ曲げるように首を回されると、紺色のジャージが赤く染まって見えるほど強い怒りのオーラを纏った大魔王、有瀬真央が私を睨み下ろしていた。
どうやら召喚は成功したらしい。
しかしこの召喚呪文、術者の安全は保証されていないようだ。
「ったく、中学校の前でくだらねぇことしやがって。発見したのが俺だったから良かったものの、別の教師なら通報案件だ。穏便に済ませてやった俺に感謝しろ」
「はい、ありがとうございます。お礼に八重樫くんの命と魂と舌と尻子玉を捧げます」
「はい、先生。俺は被害者です。俺は止めようとしてました。悪いのは人を犠牲にしてまで目的を達成しようとした柊ただ一人です」
「那由多、お前はいい加減に尻子玉は河童だと覚えろ。八重樫、結果的に止められなかったならお前も同罪だ。そんなに俺に会いたくなかったか? 俺はお前にとても会いたかったけどなぁ?」
バックミラー越しに睨まれると、それだけで後部座席の八重樫くんはシュッと縮んだ。魔王、すごい。やっぱ魔力持ってんのかなぁ。
現在、我々は真央さんの車に乗って有瀬家に向かっている。
真央さんはちょうど仕事を終えたところで、帰る前に校舎の見回りをしてたんだって。その際に、校門前で遊んでた二匹の不審者を発見したというわけだ。
そこで失礼な発言諸々を見逃す代わりに、いつも家でゴロゴロしてばかりの息子を遊びに連れ出せと命令し、私達を車に引きずり込んだという次第である。
私が有瀬家で大事故を起こしたのはゴールデンウィーク中だったから、訪問はおよそ三ヶ月ぶりになる。
時が過ぎるのは本当に早い。八重樫くんは春休み以来だというから、私より久しぶりらしい。
真央さんに玄関で下ろしてもらうと、私はむわりと襲い来る真夏の空気から逃れるようにアプローチを駆けて、扉を開けた
「あーりせくーん、あーそーぼー!」
召喚魔法代わりに声をかけると、有瀬くんはすぐに降臨した。てっきり二階の自室で寝てるもんだと思ってたのに、リビングにいたらしい。
「那由多、どうして」
ドブネズミ色のスウェットは、ドドメ色の半袖とハーフパンツのセットアップに変化していた。でも相変わらず胸元にはデカデカと『息子専用』って書いてある。
それより……有瀬くん、何か焦ってるっぽくない?
微エロ綺麗カッコ美しクールな目を軽く瞠ってるし、慌てて出てきた感じするし。
「那由多ちゃん、こんにちはー」
続いて久月くんがちょこんと顔を出して、私はその理由を察した。
何だ、二人で遊んでたとこだったのね。そいつは大変お邪魔しました。
「ごめんごめん、ラインしとけば良かったね。ちょうど八重樫くんと真央さんに遭遇してさ、有瀬くんが暇してるらしいって聞いたから来たんだけど、全然暇してなかったね」
気まずいやら申し訳ないやらで苦笑いして、大変失礼しましたと詫びて、とっとと立ち去るつもりだったのだけれど。
「えー、現在進行系でめちゃくちゃ暇してるよー。今、二人でゲームやってたんだけど、留佳がザコすぎて超つまんなくてさ。暇を持て余して死にそうになってたんだよね」
間髪入れず、久月くんがフォローを入れてくれる。
この暑い中にわざわざやって来た私を骨折り損にしないよう気を遣ってくれてるんだね……何て優しい子や……!
「うん、暇。那由多、遊ぼう」
有瀬くんも大きく頷いて、突撃お宅訪問をやらかしたお邪魔虫を受け入れてくれた。
お、ザッツ雑なのに珍しく思いやり見せたじゃない。気遣い上手の久月くんのおかげだね。
「ゲームの弱さなら、有瀬くんに負けない自信あるよ。対戦ゲームだったら、選択したキャラが一発食らっただけで自分が殴られたと錯覚して泣くからね!」
「もはやゲームにならねぇだろ、それ」
背後からさっくりと突っ込みが入る。
「八重樫もいたのか。いつの間に」
有瀬くんが驚いたように仰け反る。
この反応、本当に今の今まで気付いてなかったらしい。視界まで雑ときたか。
「いたよ!? ずっといたよ!? 俺は確かにここに存在しているよ!? 夏の陽炎じゃないんだからね!?」
八重樫くんが半泣きで有瀬くんに縋り付こうとしたところで、その肩を掴んで押し留める者がいた。
「おい……うるせぇぞ……志貴が寝てんだ、静かにしろ」
溢れる憤怒を限界まで抑えたような恐ろしきことこの上ない声で告げ、真央さんは皆を射殺すような目で睨み倒した。
真央さんが言うに、志貴さんは昨日まで三日三晩寝ずに原稿やってたんだって。
ノリに乗るとそういうことがよくあるそうで、今朝になって一段落ついたみたいで、そのままぱたーんと倒れるように寝ちゃったらしい。
「紅と留佳の二人だけなら大して騒がしくねぇから許容できるが、四人となると話は別だ。間違いなくうるさくなる。とっとと出てけ。ゲームがしたいならゲーセンにでも行け。ほら、軍資金だ。ついでに飯も食ってこい。俺も疲れてるから、たまには家事を休みたい」
一気にまくし立てられて、私達は真央さんにぽいと家から放り出された。
あ、有瀬くんだけは着替える時間をもらってたよ。さすがに我が子をあの自作ロゴ入り寝間着で放り出すのは可哀想だと、真央さんも慈悲の心を抱いたんだろうね。
制限時間の一分で、白抜きで『バカっていう奴がバカっていう奴がバカっていう奴がバカ』って無限に書かれてて、見てると頭がどうにかなりそうな謎い黒のTシャツに着替えてきたよ。下はドドメ色のハーフパンツのまんまだったけど。




