10-3 幼少期にデスゲームに参加した奴しかいない
八重樫くんが久月くんから教わったという話通り、二人の出会いは、城咲さんが有瀬くんの隣に引っ越してきたのがきっかけだという。
予想した通り、あの大豪邸が城咲さんのお宅だった。たまにご両親が戻ることもあるそうなので、業者さんに管理してもらってるんだって。
あの大豪邸が別宅みたいな扱いになるとは……城咲さん、相当なお嬢様みたい。
そんなお嬢様である城咲さんは、幼いながらも完成された美貌のおかげで周囲に大層可愛がられチヤホヤされ、天狗になっていた。なので新天地でも天下を取って当然、誰であろうと自分の虜になって、どこであろうと自分が女王の王国を築けると信じていた。
しかし大したことのない地方都市と侮っていたそこには、とんでもない魔物が棲息していた。有瀬くんである。
隣家へ挨拶に出かけ、両親に呼ばれて彼が玄関に現れた瞬間――城咲さんは、衝撃のあまり、頭が真っ白になると同時に目の前が真っ暗になって、膝から崩れ落ちた。
生まれて初めて味わったそれは、深い敗北感だった。
「この世に自分より綺麗な子がいるなんて、想像もしてなかったのよね。子どもの頃って、誰しもそういうものでしょう?」
城咲さんに笑いかけられ、私は視線を明後日の方向に流した。
すみません、私にはちょっとわかんないです……自分、物心ついた頃には既に可愛い子を見上げる位置にいたんで。
敗北感に打ち拉がれた城咲さんは、その屈辱を晴らそうと、何と有瀬くんをいじめ始めたそうな。
見栄えを良くするだけなら、メイクでも整形でも他に方法はある。子どもながらにそういったものは知っていた。
けれど、城咲さんは悟ってもいた。そんなものを使ったところで、この魔物には敵わないと。
何より、綺麗になって相手を打ち負かしたかったわけじゃない。
絶対的な自信を持っていた生まれながらの顔貌を蹴散らされたこと、それがどうしても許せなかった。悔しくて悔しくて、しかし努力で変えられるものではないからどうにもできない。
その鬱屈した絶望を、いじめで発散しようとしたらしい。
「幼稚園も同じだったんだけど、留佳の持ち物を隠したり、陰で暴力振るったりしてたんだ。なのに留佳が全然反応しなかったもんだから、近くにいた僕に矛先が向けられるようになったんだよね」
「ご、ごめんってば。あの頃の私は本当に必死だったのよ……」
久月くんが苦笑いすると、城咲さんは顔を赤くして俯いた。
しかし、当の有瀬くんは、そんなことあったっけ? みたいな顔でぽかんとしている。
ほんと、そういうとこよね。
昔からこんな調子だったんなら、そりゃ城咲さんもいじめ甲斐がないよね。暖簾に腕押し、有瀬に腕ひしぎだよ。有瀬くん、関節技食らっても平然としてそうだもん。
仲良しの久月くんをいじめれば、有瀬くんだって黙ってはいないだろう。そう考えて城咲さんは、久月くんに手を出した。
すると、効果はてきめんだった。いや、てきめんすぎた。
「ぶん殴られて、歯を三本折ったのよね……」
遠い目をして、城咲さんが言う。
「え? ぶん……歯……え?」
八重樫くんが、有瀬くんと城咲さんを慌ただしく交互に見る。あちら側からだと超高速ラリーの観戦中みたいに見えてそうだな、と薄ぼんやりと思った。
幼稚園でのこと。
城咲さんはわざと有瀬くんのそばで、久月くんの顔を平手打ちした。
久月くんのことは、ずっと目障りだった。いじめを始めた時に幼稚園で仲間外れにしてやろうと目論んだものの、有瀬くんはとっくに浮いた存在で、既に友達が一人しかいなかった。
そのたった一人の友達が、久月くんだ。
久月くんだけは、いつも有瀬くんと一緒にいた。城咲さんに頭を叩かれた有瀬くんをナデナデしたり、有瀬くんが転ばされて膝に怪我した時も付き添ったり、持ち物をなくしたら自分のものを貸してあげたり。
また自分には及ばないものの、なかなか可愛い顔をしていることも気に入らなかった。
だからそれはもう、思い切りビンタした。
ところが、久月くんが泣き出した瞬間、それは起こった。
これまで何をされようとなすがままだった有瀬くんが、城咲さんの顔面に拳を叩き込んだのである!
「子どもって加減知らずなとこあるもんねぇ。私もパパ方の従兄と遊んでて、腕へし折られたことあるよ」
「お、ナユも? わたしもクラスメイトに階段から突き落とされたわ。今思うと死ななくて良かったよねー」
茉絢と二人で、ねーと首を傾げ合っていたら、
「……お前ら、どこの世紀末に生きてんの? 殺し合って生き残らなきゃ人として認められない系のデスゲーム的な世界観なの?」
――八重樫くんの質問はスルーしておくことにした。
息子の暴挙に、真央さんは大層怒った。このことは有瀬くんも覚えてたようで、
「怒鳴られすぎて耳がおかしくなって、何言ってんのかさっぱりわからなかった」
と、非常に雑な振り返りのお言葉をくれた。
それでも、有瀬くんは城咲さんに謝らなかった。怒られようが諭されようが、断固拒否した。
悪いのは向こうで、やったことを返してやっただけだと主張して譲らなかった。
が、志貴さんにお菓子禁止を言い渡されると、あっさり折れた。実に有瀬くんらしいエピソードだ。
「喧嘩両成敗だからって私も謝ったんだけど、それから園で孤立しちゃったのよね。皆ビビっちゃって、誰も寄ってこなくなったの。こんなこと初めてで、毎日寂しくて寂しくてつらかったわ。自業自得なんだけれどね」
当時の気持ちに思い出したんだろう、城咲さんは悲しげに微笑んだ。
しかし、その寂しさを救ったのが有瀬くんと久月くんだった。
誰にも遊んでもらえず、園庭の片隅で泣いていた城咲さんに、まず久月くんが近付き、ヨシヨシと頭を撫でてあげた。
「でも明日香ちゃん、全然泣き止んでくれなくて。それどころかもっと泣いちゃって、オロオロして僕まで泣いちゃったんだよね」
その時の城咲さんの気持ち、めちゃくちゃわかる……!
つらい時に誰かが寄り添ってくれると、嬉しさと申し訳なさに加えて、こんなに慰められるほど自分はつらい立場にいるんだって思い知らされて、余計に泣けるんだよね……!
頑張っても泣き止んでくれなくて、こっちまで泣きたくなるのもすっごいわかる!
慰めてる内に、どんどん感情移入しちゃうんだよね……! 涙って、空気感染するよね……!
思わずもらい泣きした涙を、隣から茉絢が拭いてくれた。反対隣の八重樫くんが、どこに泣ける要素が? とでも言いたげな顔をしてたけど、それもスルーした。
「二人で泣いてたら留佳が駆け寄ってきて、キャンディをくれたの。これ食べたら、痛いのも痛くなくなるって言って」
でも、と幼い城咲さんは思った。
どうして自分にまでキャンディをくれたんだろう? あんなにひどいことをして、全力でぶん殴るほど嫌っていた相手なのに。
『わたしのこと、きらいじゃないの? ひどいこと、たくさんしたんだよ?』
疑問をそのまま口に出して聞くと、
『べつにきらいじゃない。なんともおもってない』
有瀬くんは平然と答えて、城咲さんの唇にキャンディを押し込んだ。
口の中に甘味が広がった瞬間――城咲さんは初めての恋に落ちた。
……以上が、有瀬くんと城咲さんの馴れ初め話でした。




