10-2 夢潰えて、夏
「どうだった? 夢は叶いそうか?」
有瀬くんの問いかけに、私は項垂れた。どうもこうもないよ……。
「どうしてマグロの寝袋なんかで寝てるのよ!? あれじゃ留佳が台無しじゃない! アンなところとかヤンなところとか、何にも見えないじゃない! チラ見えモロ見えガン見え、諸々の留佳見えを楽しみにしてたのに!」
「寝心地いい。父が叩き起こしにきても少し時間稼ぎできる。四十秒ほど多く寝れる」
隣から城咲さんに涙目で怒鳴られても、本人はどこ噴く風だ。
怒られてる内容すら気に留めてなさそうだけど、結構過激なこと言われてますよー。
「有瀬、あんなんで寝て暑くねーのか? 息苦しくなんね? ちっとも動かねぇから、もしかしたら死んでんじゃねぇかって、見ててハラハラしたぞ……いや今ここにいるんだから、たとえ死んでても蘇生は成功したってことだろうけど」
「エアコン付いてるから暑くないし、意外と通気性も悪くない。タオルケット代わりにいいぞ。だから大丈夫、死ぬことはない」
八重樫くんが安心したように胸を撫で下ろす。
この子、優しすぎない? でも突っ込むとこ、そこじゃなくない?
「うーん、全体的に動きがなさすぎて退屈だったね。マグロが見たい人は、水族館の動画とか釣り動画とかに走るでしょ。中には死んだマグロを延々と眺めたいっていう少数派もいるかもしれないけど、腐敗の進行が見られないんじゃ置物と変わらないね。評価できるのは、最後のお姉さんだけかな。良い声してたよねぇ……あんな普通の台詞じゃなくて、罵りの言葉が聞きたいわ! そうだ、あのお姉さんに罵倒オンリーチャンネルやってもらうっていうのはどう!? あの声なら理論攻め系も憤怒任せ系も小バカ蔑み系もイケるわ! 絶対バズる!」
「俺はマグロじゃないし、死んでもない。家族に頼ったら、すねかじりのままで俺の職にならない。却下だ」
茉絢なら冷静に批評してくれるかと思ったけれど、こっちもいろいろダメだった。
本当のメインは死したマグロじゃなくて、寝てるイケメンだったのよ……。あと志貴さんに盛り上がりすぎだって。有瀬くんが珍しく正論吐いてるじゃん。
「これは……ナシだね……。留佳、ユーチューバーは諦めた方がいいよ……」
「うん……私もそう思う……」
久月くんに続き、私も不可の判定を下した。
残酷かもしれないけれど、しっかり伝えてあげなきゃね……マグロの置物動画じゃ、とても食べていけないって。
「そうか……残念だ。せっかく那由多が見付けてくれたのに……」
有瀬くんががっくり肩を落とす。わぁ、結構落ち込んでる……。
「だ、大丈夫だって。またどっかにいい職が転がってるよ。私も継続して探すから、そんなめげないめげない。大体私なんて、まだ夢すら見付かってないんだよ? なのに有瀬くんは長年の夢を追い続けて、挑戦までしたんだよ? これってすごいことなんだよ? もっと誇っていいんだよ、ね?」
テーブルの向かいにある重力に任せて落ちた肩を叩いて、私は無理矢理捻り出した言葉で励ましを試みた。
「……うん、また挑戦する。ありがとう、那由多」
その甲斐あって、有瀬くんはやっと顔を上げてくれた。
まだしょんぼり感は漂ってるけど、取り敢えずは立ち直ったようだ。
「さて、一段落ついたところで、私と留佳の出会いの話だったわね!」
久月くんが冷えた緑茶を運んできたところで、城咲さんが意気揚々と言う。
「あ、まだ覚えてたんだ。留佳のクソ動画で記憶ごと流されたかと思ってたよ」
「覚えてるわよ! それにクソ動画って何よ、紅くん! マグロに包まれていても留佳は可愛いでしょ!?」
「包まれてなくても可愛くねぇけどな……」
「聞こえてるわよ、八重樫くん! あんたは即刻追放処分よ、とっととここから出て行きなさい!」
「八重樫、かき氷でも食いに行くか? 那由多とエクソシストも暇だろ、一緒に行こう」
「留佳! どうしてあなたまで出て行くつもりになってるの! 大体聞いてきたのは柊さんよ!? あなたが連れて行ったら、誰に私達の感動の出会い秘話を聞かせるのよ!?」
「じゃあ僕も行くー」
「紅くんまで!? ひどい! 皆して、私一人で留守番してろっていうの!?」
四人のやり取りに、私と茉絢は顔を見合わせて笑った。
気心の知れた友人関係って、傍から見るとこんなに楽しいんだね。私と茉絢も、四人の視点だとこんな感じに映るのかなぁ。
城咲さんの話を聞くために、私を真ん中にして茉絢と八重樫くん、テーブルを挟んで向かいは城咲さんを真ん中にして有瀬くんと久月くんと配置換えをした。
「二人の馴れ初め、八重樫くんも聞いたことないの?」
不安とも期待ともつかない表情でソワソワしてる様子の八重樫くんに、私はそっと聞いてみた。
「久月から、引っ越してきた城咲がお隣さんの有瀬を見初めたって程度は教えてもらってる。でも城咲サイドから聞くのは初めてで、ドキドキしてんだ……有瀬はあんなんだから論外な。わざわざ聞いたこともねぇわ」
「餡ナンって何だ、八重樫。うまいのか? どこに売ってるんだ?」
八重樫くんの声を耳聡く聞きつけ、有瀬くんが尋ねる。確かにあんなんじゃねぇ……と、私は溜息をついた。




