9-10 投稿ボタンを押すのは物理ではない、倫理だ!
「ふーん、心霊系のユーチューブってそんなに盛り上がってるのね。全然知らなかったわ」
「城咲はSNSやってないの? 結構情報流れてくるぞ?」
「やってないわ。やる意味を見出だせないから」
「えー、もったいねぇよー。SNSは情報収集に便利よー? フェイクとかやらせも多いっちゃ多いけどさー」
「そういうことは八重樫くんに任せるわ。良さげなユーチューバーさんとかチャンネルとか、発掘したらまた教えて」
「任せてくださいっ! では連絡先を」
「教えないって言ってるでしょ、しつこいわね。紅くんに伝えてくれればいいわ」
和室に戻ると、八重樫くんと城咲さんが楽しげ……とはいかないまでも、あれこれ語り合っていた。
この二人、少しだけ距離が近付いたみたい。エーセン呼びから苗字呼びに変わってるし、ちゃんと意思疎通した会話ができるようになってるもん。
なるほどな、と私は溜息をついた。
茉絢から届いたメッセージによると、一人で先に帰ったのは二人に気を利かせたためらしい。私を探しに駅まで行った時も、八重樫くんと城咲さんは隣り合って離れずにずっと仲良く動画の話をしてたんだってさ。
親友にGJのスタンプを送り、ついでに久月くんの電話番号とメールアドレス、また皆で集まろうっていう提案についてもお知らせしておく。
せっかく仲良くなれたのに、今日で終わりなんて寂しいもんね。きっと茉絢も同じ気持ちだと思う。
スマホを閉じて、しばしの時を過ごした室内を見やって感傷的な気持ちに浸りながら、久月くんの淹れてくれたコーヒーを飲んでいたら。
「シャワー空いた。八重樫も浴びる?」
まだシャワーの真っ最中なのでは? と聞きたくなるほどどばどばに濡れた有瀬くんが和室に入って――来ようとしたところを、慌てて飛び出した久月くんに体当たりで止められた。
「留佳、お前バカなの!? そんな状態で入ってくるな! 畳が傷むだろうが! ちゃんと拭いてこいよっ! あーもー、廊下もビシャビシャじゃないかー、ほら来い! 僕が髪乾かしてやるから!」
「頼むー」
「じゃあ私が体を拭くわ!」
「明日香ちゃんはそこでウェイト! 八重樫っ、明日香ちゃんの手を煩わせたくないならお前も手伝え!」
「えー、はぁい……しゃーねーなー」
男子が全員出ていったので、広い和室には私と城咲さんの二人だけが取り残された。
どばどばに濡れた有瀬くんは雨の日に嫌というほど見たから、特に感動は覚えなかったよね。まぁちょっといいもの見られたな程度かな。
「そういえば、柊さんはユーチューブ観ないの?」
スマホを眺めていた城咲さんに不意に尋ねられ、私は若干後退った。
だって、聞こえてくる音声でまだ怖いの見てるってわかったもん! 一緒に観ようって言われたら困るもん!
「心霊系だったら、ユーチューブだろうと地上波だろうと、映画館だろうとDVDだろうと絶対観ないねー」
なので私は、お誘いいただいてもそれは観たくありませんよ、という意思表示をした。
「あら、紅くんと同じで心霊系は苦手なのね。残念だわ、柊さんからも教わろうと思ったのに。じゃあどんなのを観ているの?」
「うーん、お気に入りのユーチューバーさんは、美容系とゲーム系とシンガーさんが多いかなぁ。Vは適度に嗜んでる程度だね、ハマると沼るってわかってるから。他は好きな芸能人とかアーティストさんの公式チャンネルとか……あとはバズったやつとか友達に教えてもらったやつとか、オススメのとこで気になった動画とか、そのくらいだよ」
「へえ、ユーチューブにもいろいろあるのね。アプリはこのスマホに最初から入ってたんだけど、開いたのは今日が初めてなの。でもいろいろありすぎて、どこから手を付けたらいいかわからないのよね」
城咲さんが心霊系動画からトップ画面に戻したようなので、私は隣に寄った。
せっかくだし面白そうな動画をオススメしてみようと思ったのだけれど――とあるタイトルに、目が引き寄せられた。
こ、これ、これよ……! 私が探していたもの……!
「ね、ねえ、城咲さん。有瀬くんの夢、知ってる?」
勢い込んで聞くと、城咲さんは綺麗な二重に彩られた大きな瞳を軽く瞬かせた。
「もちろん知ってるわよ。寝てお菓子を食べて稼げる仕事に就くことでしょ?」
「これ見て!」
私はタップして出てきた動画を、城咲さんに突き付けるようにして見せた。
「『オヤスミ中のイケメン男子に悪戯してみた』……これがどうしたの? 何よ、こいつに比べたら留佳の方が……あ、ああっ!」
さすがは城咲さん、私が何を閃いたか察してくれたようだ。
「なるほど! 私がユーチューバーになって、留佳の寝込みを襲う動画を撮影して投稿すればいいのね!?」
「バカバカ、違うったら違うったら違うったら違うよ! そんなもん投稿したら、間違いなく規約違反で即アカウント削除になるでしょ!? コンプラ意識してよ! 有瀬くんの未来のためにやろうとしてることで、逆に二度と日の下を歩けない身の上にしてどうすんのよ!?」
「パンツは脱がさないわよ!?」
「そういう問題じゃない! チソチソとたまたまを出さなきゃいいってもんじゃないの!」
「……もー、じゃー、どーするのよー?」
城咲さん、あっさり投げたね。
有瀬くんほどじゃないにしても、この人も大概大雑把だよなぁ。
「……有瀬くんの寝てる姿を撮影するんだよ」
声を潜め、私は城咲さんに告げた。
「ええ? そんなのでいいの?」
城咲さんはあからさまにガッカリした顔をする。
おいおい、寝込みを襲って本当に何しようとしてたのよ、あなた。
「そんなのでいいの。有瀬くんなら、大したことしなくても閲覧数は取れるはずだよ。寝乱れて服がチラッと捲れるだけで、視聴者がドバーッと押し寄せるって。イマイチ振るわなかったら、また考えよ。パジャマをセクシーランジェリーに変えるとか、パン一で寝てもらってM字開脚させるとか、寝言でドエロい言葉を言わせるとか。いきなりハードに責めるより、ソフト路線から徐々に過激にして煽った方が視聴者は燃える。そういうものだよ」
「ふむふむ、取り敢えず留佳の寝姿を隠し撮りすればいいのね?」
この人は、ほんっとーにもう……!
「ちゃんと本人の了承を得てからに決まってんでしょ! 盗撮映像なんか投稿できるかっ!」
「できるわよ。この投稿ボタンからポンと」
「物理の話してんじゃないよ! 倫理の話だよ! ちゃんと了承もらって、本人にチャンネル主になってもらうの! でなきゃ、寝てお菓子を食べて稼げる仕事にならないでしょーが! わかった!?」
「わかった」
あら素直、とほっと息をついたところで気付いた。返事の声音が大きく異なることに。
固まって動きたくないと喚く首をギコギコと上げれば、すっかり乾いた有瀬くんがいつもの無表情でこちらを見下ろしている。
「あ、有瀬、くん……いつから……」
「明日香が俺の寝込みを襲う話をしてたところくらいから」
あらまー、大分最初から聞いてたんだねー!
聞いてたんなら止めてよ! 私一人じゃとても制御できないよ、こんな美猛牛!
「女子って怖ぇな……いつもこんな話してんのか? チソチソとかたまたまとか」
有瀬くんの後ろから、八重樫くんが真っ青な顔で言う。
誤解ー! 誤った解釈と書いて誤解ー!
というか私より城咲さんの方がひどいこと言ってたでしょ!? どうして私にばかり化物を見るみたいな目を向けるの!? 好きな人贔屓にも程がある!
「ぶふっ……い、いいんじゃない……? 留佳のドエロい寝言……僕も聞いてみたいな……っく、あっはっはっはっ! やばー、那由多ちゃん、まじやばー! 何言わせるの、ねえ何言わせるの!?」
久月くんはもうすっかりツボにハマったみたいで、笑い転げて止まらない。
何を言わせるかだぁ? んなもん、私が知るわけないでしょ!
有瀬くんの寝ぼけ声なら、何言ったってどうせドエロいよ! 無限に好きなお菓子の名前でも言わせときゃいいのよ!




