9-9 イエイとイエイで通じ合う、そういう仲になりたいわ
「…………驚いた。まさか、那由多ちゃんに怒られるとは思ってなかったよ」
久月くんが吐息混じりに言う。
「私だって、泣くばっかじゃないんだからね! 調子こいてなめてたら、真央さんみたいに痛い目見るよ!」
いまだ冷めやらぬ怒りに任せ、私は怒鳴り返した。
「そうだったね。那由多ちゃんは、各務真央を倒した猛者なんだった。僕としたことが、本当に失礼だったよ。那由多ちゃんにも、留佳にも明日香ちゃんにも」
ふっと脱力するように久月くんは笑った。
釣られて毒気を抜かれ、私も大きく息をついて再び畳に腰を下ろす。
「久月くん、怒鳴っちゃってごめん。私、冷静さを失ってた。私こそ失礼だったよね」
「いいよ。怒ってくれて、嬉しかった。すごく」
久月くんはポンポンと私の頭を軽く叩いてから、視線を空に向けた。
「一応訂正しとくと、腐れ縁だから仕方なく一緒にいるわけじゃないよ。あの二人のことは、心から大切に思ってる。那由多ちゃんと同じで、面倒に感じる時はあるけど一緒にいると楽しいし……何よりやっぱりほっとけないんだよね。だから幼馴染の座は奪わないでほしいな」
「はい、ごめんなさい……奪いません……」
「謝らなくていいってば。僕が那由多ちゃんを侮ってたのが一番悪いんだよ。どうせ、留佳の顔に釣られただけなんだろうって。だったら幻滅する前に立ち去ってもらおうって、そんなことを考えてあんな言い方したんだ。那由多ちゃんも留佳も、傷付けたくなかったから」
「有瀬くんも城咲さんも、初対面からクソほど雑だったし引くほど変だったから、今更幻滅するとこなんて探してもないと思う」
何だか久月くんがひどくつらそうに見えて、私はフォローすべく素直なお気持ちを表明した。
「そうなんだ? ほんとにあいつら、何やってんだよ……」
頭を抱えながらも、久月くんは笑っていた。苦笑いでも、笑顔は笑顔だ。さっきみたいに、悲壮な表情してるよりは全然いい。
「おかげで明日香ちゃんが那由多ちゃんに留佳を任せた理由、やっとわかったよ」
「その心は?」
禅問答は苦手なので、私は手早く答えを求めた。
「那由多ちゃん、全然留佳の顔について触れないじゃない。だから明日香ちゃんは、安心したんだと思うな。この子なら、留佳の顔にのぼせ上がって我を忘れることはないって。留佳といったら、まずあの整いすぎた顔だからね。誰だってあいつの話になったら、第一声で美形だイケメンだって顔のこと言うでしょ?」
「有瀬くんの顔がいいのは、ちゃんと認めてるよ。言うまでもないことだから言わなかっただけ。でも有瀬くんといったら、第一に雑でしょ。マイノリティ意見でも、これは譲れない」
「そういうとこだよね。アルバム見ても、幼さに感激して泣いてるばっかりだったし。顔について言ったのも、表情についてだけだったし」
「ああ……幼稚園の頃なんて、表情筋完全に死んでたよね。人形か死体かと思って、実はちょっと怖かった」
率直な感想を述べると、久月くんの顔が強張った。
あ、これは失言だったかも。大切な幼馴染を死体呼ばわりされたら、誰だっていい気はしないよね。
「うん……そう、見えるよね。今もほぼ活動休止中みたいな感じだけど、あれでも昔に比べたらマシになったんだ。僕という素晴らしい幼馴染のおかげでね」
謝る前に、久月くんは冗談混じりに私の失言を濁してくれた。
「やっぱり、真央さんの遺伝子が強すぎたんじゃないかなぁ。あの人も表情筋に動力行き渡ってなさそうじゃん。久月くんのおかげもあるけど、有瀬くんの表情筋の中であの夫婦が戦いを繰り広げてて、現在になって志貴さんの遺伝子が徐々に勢力を伸ばしてきたってのもあるんじゃない?」
私も真央さんネタで返す。
きちんと謝った方がいいかとも思ったけど、思いやりで受け流してくれたのにほじくり返すのは野暮ってもんだ。今回は甘えとこう。
久月くんも真央さん志貴さんの表情筋内夫婦喧嘩を想像しちゃったのか、ゲラゲラ笑ってくれてることだし。
「那由多も紅も、こんなとこにいたのか」
それから久月くんと二人で、有瀬くんと城咲さんの中学と高校でのエピソードを交代で話してたら、ひょっこりと話題の片割れが現れた。
「あ、もう怖いやつ終わった?」
「とっくに終わってる。帰ったかと思って駅まで探しに行ったのに」
有瀬くんが、畳に足を投げ出すようにして腰を下ろす。
いやいや、荷物も靴も置きっぱなしだったでしょーが。いくら私だって、オバケが怖いからってこのクソ暑い最中、灼熱のアスファルトを裸足で逃げ帰ったりしないよ……。
「暑い中ごくろーさん!」
笑いながら、久月くんが有瀬くんに言う。
「ごくろーさんじゃねぇよ。おかげで汗だくだ。二人で何してたんだ?」
「那由多ちゃんと内緒話ー。ねー?」
「そう、内緒話だよー。ねー?」
顔を見合わせて、同じ方向に首を傾げ合う。
「面白そう、俺も混ぜてくれ」
「えー、どうしよっかなー?」
スライディングするように正座で滑り込んできた有瀬くんを、久月くんはさっと体を躱して逃れた。
人差し指を唇に当てるポーズがこんなにも似合う男子は、久月くん以外いないと思うの!
久月くん、やっぱり可愛すぎん? 有瀬くんと二人で並ぶと、城咲さんとはまた違ったお似合い感があるわ。
もう、お前ら付き合っちゃえよ!
「うわ、髪まで濡れてるじゃん。どれだけ汗かいたんだよ。シャワー浴びてくる? パンツとジャージいつものとこに置いてるから、シャツは洗濯機に放り込んどいて。後で洗っとく」
久月くんが全体的にしっとりしんなりした有瀬くんを見て、てきぱき指示する。
いや既に付き合ってたわ、結婚秒読みの同棲カップルだわ、これ。
「……那由多は?」
「は!?」
こちらに話を振られて、私は尻から飛び上がった。
ままままさか、恋人だから一緒にシャワーしないかーいって誘ってんの!?
「まだ帰らないのか? エクソシストは駅に着いてそのまま帰ったから。那由多も帰るなら、シャワーは駅まで送った後にする」
「あっ……そ、そう、そういうことね! だったらシャワー終わるまで待ってるよ! イエイ!」
「わかった、イエイ」
私の謎掛け声にご丁寧に相槌を打って、有瀬くんは部屋を出ていった。
やめろやぁ……言葉足りなさすぎだろぉ……心臓に悪いわぁ……。
畳に倒れ込んで心臓を押さえてヒーヒーになってる私を見て、久月くんもヒーヒーになって大笑いしていた。




