9-6 私は実質世界王者
「ねえねえ、皆。いいもの見付けたんだー」
ジュースで乾杯してしばらく経った頃、久月くんが大量の書籍らしきものを抱えて部屋に戻ってきた。
「何何? いいものってなぁになぁに?」
八重樫くんが、真っ先に駆け寄っていく。
軽薄な口調ながら、ちゃんと久月くんを手伝って半分持ってあげてるところが憎めない。
「じゃじゃーん、アルバムだよ! 勉強会始める前日に留佳と掃除した時に発掘したんだ。中学の時のもあるから、皆で見よう!」
久月くんの提案を受け、皆一斉に彼のそばに集まる。
「すごい量……わあ、写真一枚一枚にメモまで付けてある。久月くんのご両親、素敵だねぇ。久月くんのこと、心から大切に思ってるの、すっごいわかる」
開かれたページを見た茉絢が、感心の声を漏らした。
私も身を乗り出してみると、産まれたばかりの久月くんの写真が目に映る。
生まれた日時に天気、そして身長と体重、さらには『ずっと会えるのを楽しみにしていたよ。元気に生まれてきてくれてありがとう!』の文字が……くっ、早くも涙腺崩壊しそう。
でも、我慢しなきゃ。
まだ一ページ目だよ? アルバムはぱっと見ただけでも十冊以上あるんだよ?
こんなところで決壊起こしてたら、どれだけ水分があっても足りない。水道の蛇口にホース繋いでもらって、咥えたまま見るしかなくなる。
「二人揃ってカメラ好きの写真好きってだけだよ。明日香ちゃんも一緒によく撮影されたから覚えてるよね?」
「まあね……ああ、これ、懐かしいわね。幼稚園のお遊戯会。留佳と出会ったばかりの頃ね」
城咲さんが優美に目を細めたのは、『年中さんのお遊戯会』とタイトルが付けられた一枚だった。
ゾッとするほど綺麗な顔立ちをした男の子を真ん中にして、左から早くも超絶美人の原型が固まっている女の子が抱き着き、右側には控え目に微笑んだこれまた可愛い女の子……じゃなくて、久月くんと思われる男の子という三人が、写真の中に収められている。
「うわあ、これ、有瀬くんと城咲さんと久月くん? 三人共……うぅっ、ちっちゃくて可愛いねぇ、可愛いねぇ……っ」
我慢しようとしたけど、ダメだった。
こんなにちっちゃかった子達が、元気に大きく育って今ここにいる。私と共に生きている。その事実の何と尊いことか。
もうホースでも何でも咥えてやるから、泣かせて……生きて出会える奇跡の素晴らしさを、噛み締めさせて……。
「し、城咲の、園児時代……眼福眼福、神様仏様久月様、このような素晴らしき御姿を拝見させていただき、本当にありがとうございます……」
感極まって涙する私に続き、八重樫くんも手を合わせて拝みながら嬉し泣きしていた。
やっぱり八重樫くんって、私と同じで涙腺ゆるゆる仲間なのかな? 結構涙目になってること多いし、見てるといたたまれない気持ちになるんだよね……。
「那由多、水分摂れ。脱水症状になる」
「おごっ!?」
ぼけーっと八重樫くんを眺めてたら、有瀬くんにいきなり口に梨を突っ込まれた。
気持ちはありがたいんだけど、もっと丁寧にお願いしたい。突然息できなくなったから、ついに泣き死ぬのかと思ったじゃないの!
有瀬くんに水分補給のお手伝いをしてもらいつつ、ボロボロ泣きながら写真を追っていく内に、アルバムは小学生へと移り変わった。
「えっ!? 久月くんと有瀬くん、格闘技やってたの!?」
茉絢が驚きに眼鏡の奥の目を見開く。
私もちょっとビックリした。
ちょっとというのは、有瀬くんのパパの真央さんが格闘家だったと知っていたからで、ビックリしたのは息子の有瀬くんはともかく、こんなに可愛い久月くんが幼い頃とはいえ格闘技の世界に身を置いていたなんて信じられなかったからだ。
しかし『格闘ジム入会記念撮影』と銘打たれた集合写真には、ジムと思われる場所で、皆とお揃いのロゴ入りTシャツを着た無表情の美少年と固い笑みを浮かべた美少女……のような美少年の二人がしっかり写っている。
「キッズMMA、総合格闘技だね。僕は小学校卒業してからクラスを移動して、中学卒業するまで続けてたよ」
ひぇぇ、ついこないだまで現役だったってことかい。人は見かけによらなすぎるなぁ。
「有瀬くんも最近まで続けてたの?」
何の気なしに、私は隣の水分補給係に聞いてみた。
「すぐにやめさせられた。父に向いてないって言われて」
何の気なしに、聞いてみたことを即後悔した。
バカバカ、私のバカ!
聞かれたら嫌でも答えなきゃなんないでしょ!? 本人が言うまで黙って待つっていう思いやりくらい持ちなさいよ!
有瀬くんのこと雑だなんて言っといて、自分こそ雑じゃないの!
「何でそんな顔するんだ? 別にやりたくてやってたわけじゃないし、続けたいとも思ってなかったから逆に良かった。父に隠れてお菓子食べられる時間も増えたし。それより」
よっぽど己を責め殺しそうな表情をしていたんだろう、有瀬くんがぺちんぺちんと私の頭を叩き続けながら言う。
ヨシヨシのつもりなのかな、これ。普通に痛いんだけど?
「那由多こそ、格闘技やったらいいんじゃないか? とんでもない才能があると思う。今からでも遅くない」
「へ? 私? 大して体力も運動神経ないし、根性もゴミレベルだよ?」
私のどこに才能を感じたのか、不思議に思って尋ね返すと。
「だって総合格闘技四階級制覇した伝説の世界王者を、初見でぶっ倒したじゃ……ぶはっ!」
皆まで言えず、有瀬くんは噴き出して笑い転げ始めた。
え、えぇ……? ま、まさか、伝説の世界王者って……。
「お、おい、柊……お前、有瀬先生を、倒したのか……?」
恐ろしいものを見るような目で、八重樫くんが問う。
やっぱりそうかー! まじかー! あの時の私、冗談抜きで本当に命の危機だったんだなー!
「嘘だろ……ジュニア二階級制覇した僕でも一発すら入れられなかった、あの各務真央を……」
久月くんも顔面蒼白だ。
って、さらっとすごいこと言ったね?
あなた、二階級制覇してんの!? か弱そうに見せかけて鬼強じゃない!
各務真央ならテレビで格闘技の特集組まれてる時に私も見たり聞いたりしたことくらいはあるけど……は!?
真央さん、もしかして婿養子だったの!?
真央さんの旧姓が各務なら……そ、そういや、テレビでチラッと見た各務真央もあんな感じの怖い顔だった気が……あ、あれ?
各務真央って真央さんと同一人物なの!?
いやもうまじで、今ここに生きて存在できてるのが信じられないくらいアンビリバボー案件なんですけど!?
「でかしたわ、柊さん! 真央を成敗してくれたのね! あの野郎、部屋を片付けろとか使ったものは元の位置に戻せとか、留佳の私物を盗むなとか留佳の部屋を盗聴するなとか留佳の風呂を覗くなとか口うるさくて辟易してたのよ! おかげでスカッとしたわ!」
城咲さんは、晴れ晴れとした綺羅びやかな笑顔で手を取る。
いや……真央さん、真っ当なことしか言ってないよ。辟易してる場合じゃないよ。他はともかく、覗きだけはやめたげて。
「よくわかんないけど、ナユは偉業を成し遂げたんだね! ねねね、どんな罵倒を浴びせ合ったの? 有瀬くんのパパだからイケボよね? うわー、聞きたかったなー! 再試合の予定はある!? 推しうちわ作って応援行くよ!」
茉絢も眼鏡の奥の瞳をキラキラに輝かせて私に抱き着いてくる。
罵倒浴びせ合う暇も余裕もなかったよ……。イケボだろうとイケメンだろうと、何があっても二度と再試合なんかしたくないよ……。
推しうちわって、命と魂と舌と尻子玉の死守戦をライブのノリで見るんじゃないよ……。
安心したのか、逆に不安を煽られたのか、自分でもわけがわからないままどぼどぼ涙は流れるし、有瀬くんは畳をコロコロ転がって思い出し笑いで死にそうになってるし、八重樫くんは何故か般若心経を唱え始めるし、久月くんは落ち込んで蹲って己の世界に籠もるし、城咲さんは歓喜のあまり踊り出すし、茉絢はスマホで推しうちわの図案検索に夢中になるしで、久月家の大広間は、私のやらかしのせいでカオスになった。




