9-4 美少女♂が作るのは男飯
「へええ、ここが久月くんのお宅なんだ。おっきいねー!」
「おっきいだろ」
「かくれんぼできそうだねー!」
「かくれんぼしてよく遊んだ。勉強はやめて、かくれんぼ会に変更」
「しないよ。何しに来たんだよ。勉強するんだよ。ほら、さっさと案内して。蒸し焼きになっちゃうじゃん!」
電車に乗って三十分。日陰を選んで歩くこと十五分。紆余曲折を経て、我々は漸く目的地に到着した。
久月くんのお家は古めかしさが老練した味わいを醸し出す、とても立派な日本家屋だった。
とにかく敷地面積が広いの何の。かくれんぼ会を開催したくなる有瀬くんの気持ちがよくわかる。
でも、忘れちゃいけない。今日の目的は勉強と、久月くんの手料理なのよ!
有瀬くんは門のインターホンをスルーし、勝手知ったる足取りで玄関に進んでいった。
まあ、お庭もお美しいわ! うわ、ジャリジャリがくるくる輪っか描いてるやつ、人の家で初めて見た。枯山水とかいうんだっけ?
あれ、どうやって作るんだろ? 爪先立ちでも足跡ついちゃうよね? やっぱ空中に浮いて作業するのかな? 異能力者じゃなきゃ無理じゃない?
「紅、来たー」
アホなことを考えながら飛び石を渡り歩いていたら、旅館の入口みたいに広々とした玄関に出迎えられた。有瀬くんは一声かけると、返事も待たずにぱっぱとスニーカーを脱いで中に入っていったではないか。
もうっ! 靴くらい並べなよ! ほんっと雑なんだから!
溜息をついて、有瀬くんの脱ぎ捨てたスニーカーを揃える。
この行為、本日二回目ですよ……。
ウチでもスポーンと脱いでピョーンと家の中に飛び込んでったからなぁ。リビングでランチしてたママも恒河も、突然のイケメンの襲撃にビビって啜ってた冷やし中華を盛大に噴き出してたよね。前もって伝えとけば良かったんだろうけど、伝えても同じ反応だっただろうなぁ。
「那由多ちゃん、いらっしゃい。暑かったでしょ? 早く入ってきなよ。エアコンガン効かせにしてるから」
一人出遅れた私をお迎えに、久月くんが奥から出てきてくれた。もしかしたら迷ってるか、金目のものを漁ってるか、はたまた怪し気な御札を貼り歩いてるんじゃないかと心配したのかもしれない。
が、玄関で有瀬くんの靴並べに勤しんでいる私を見て、苦笑いする。
「あーいいよいいよ、留佳の靴なんて捨て置いといて。いつものことだから」
「もう慣れたんで、大丈夫っす……」
私も虚ろに笑い返す。
「それよりお腹空いたでしょ? 皆集まってるから、お昼ご飯にしよう!」
その言葉で私は一気に元気になって、ぱっぱと靴を脱いで廊下に飛び込み……かけて、慌てて靴を揃えた。
「どんどん食べてねー。ほい、追加いくよー!」
「うはーきたきた! できたてうっめえ! 久月の飯なら無限に食えるな!」
「食ってみろよ。無限に食ってみせろよ」
「はあ? 言われなくても食うし!? てめえ、俺が無限に食ったら有瀬から無瀬に改名しろよ!?」
「わかった、父に掛け合ってみる。八重樫がそうしろって命令したって」
「おま、有瀬先生の名前出すのはズルいだろ! 有瀬先生に言うのだけはやめてえええええ!」
大広間と呼んでも差し支えない広々とした和室は、久月くんの言った通り、電気代を惜しむことなく寒いくらいのエアコンで冷えていた。
宴会ができそうなほど大きな黒壇のテーブルで、キッチン側に陣取った男子達は仲良く和気あいあいと楽しそうにお食事している。
私達女子メンバーはというと、若干引き気味だ。
本日のメニューは、大量に炊いたご飯にどでかい中華鍋でキロ単位で作る肉野菜炒め、以上。
……すごいよね、久月くん。そこらのアイドルよりも可愛い顔して、振る舞うのはガッツリ男飯なんだもの。しかも、食べながら作ってるの。おまけに、八重樫くんと有瀬くんより食べてるの。
あんなに食べて、どうして太らないんだろう? 羨ましい体質だわ。
味付けも焼肉のタレをドバドバ投入するのみという豪快さ。ここまで猛々しいと、爽快感すら覚えるよね。
「ねえ、久月くんの手料理っていつもこんななの?」
三度目のおかわりをしたところで、私は黙々と箸を動かしている城咲さんに尋ねてみた。
「まあ大体そうね。明日は、ぶっかけ特盛り素麺か大皿ナポリタンあたりじゃないかしら?」
「あの笑顔でオススメされると断れなくて、つい限界超えて食べちゃったよ……ダイエットの敵、ここにもいたわ……勉強会の間は夕飯減らさなきゃ……」
ギブアップした茉絢が、膨れたお腹を擦り擦り項垂れる。
「明日香ちゃん、おかわりは?」
「もちろん食べるわ。大盛りでお願い」
おたま片手に顔を出した久月くんに、城咲さんが涼しい顔で器を差し出す。
ちょっとー、あなた五杯目よー? こちらの美少女も大食いなんですけどー。
そういえば、と思い出す。
私は城咲さんが固形栄養補助食品を食べてるところしか見たことがない。普通の食事をしている姿って、今初めて目にしてるんだ。
「うひひ」
「何よ、柊さん。変な笑い方して」
盛り盛りのご飯が詰まった器を手に、城咲さんが不審そうに睨む。
「これまで知らなかった城咲さんの新たな一面を知れたなーって、嬉しくて」
我ながらキモい笑みを浮かべているのであろうな、と思ったけど、ニヤニヤが止まらなかった。
旧友と親しげに戯れる様子に勝手に距離を感じてたけど、私にはこうして新しい城咲さん達を知る楽しみがある。知らない分、これからもっともっとたくさん、未知なる世界を知ることができるってことだ。
それって、とっても素敵なことじゃない?
「そ、そういうことは、恋人に言いなさいよねっ」
城咲さんはそう言って俯くと、食事を再開した。でもさっきより箸の速度が上がってるし、何より頬が赤い。照れてるんだとわかると、ますますニヤニヤしてしまった。
えっへへー、ツンデレられちゃった。また城咲さんの新しい顔、見せてもらえたよ!
「ああっもうっ、ジロジロ見られてたら食べにくいったらないわ! ちょっと留佳、柊さんのお宅訪問はどうだったのよ!?」
しかし、照れ隠しに有瀬くんを召喚されると、浮き立った心はズドーンと急速落下した。
やめてよ……敢えて言わなかったのに、わざわざ聞いてくれるな……。
「パンツ見たし見せようとした」
ぁぁあ有瀬ぇぇえ!!
何でよりにもよって、忘れたいメモリアルコレクションにとっとと封印してほしいその件をピンポイントで抜粋すんの!? アホほど雑なくせして、どうしてこういう時に嫌な感じで要点を抑えてくるかなあ!? いらんとこで要約能力発揮するなし!
「あと……那由多の部屋に、俺のプレゼントと明日香のお土産が並べて飾ってあった。大切に保管してるって」
「えっ……あっ……そ、そう。大切に……そう、そうなの」
私の怒りはすぐ冷めた。目の前の城咲さんが、ますます赤くなったからだ。
何だよ何だよ、有瀬くんたら、たまにはいいことも言ってくれるんじゃーん? 城咲さんてば、近寄りがたすぎる超美人のくせしてこんなに可愛いとこも隠し持ってるとか反則じゃーん?
みんなー、城咲さんにこんな可愛い表情させてるのはこの私なんですよーって、声を大にして叫びたいっ!
と、ニヤニヤ顔のままご飯を食べようとしたら、八重樫くんと目が合った。涙目で唇噛み締めてた。
あっ……なんか、ごめんね?
付き合いの長い人を差し置いて、抜け駆けしちゃったかも……。




