9-3 いよう、アタイのイカれたゴキゲンパンツ見たか〜い!?
改めて有瀬くんを紹介された家族の反応は、概ね想像通りだった。
「嘘やん、那由多……お前の、恋人は魚類だろ? 魚以外、お前なんか相手する奴いねーだろ? いや待ってって。普通の人間でも引くのに、いくら何でもこれは……そ、そうか、金で雇ったレンタル彼氏なんだろ!? そうだ、そうに決まってる!」
「うるさいよ、恒河。そこ邪魔。昼飯食べ終わったんならとっとと部活行けよ。消えろ失せろ出てけ」
「まあまあまあまあ! こんな素敵な人が那由多の恋人だなんて! ママ、てっきり冗談かと……あの時はどう見てもマグロだったし……すぐにパパにも連絡しなくちゃ! ああ、麦茶なんかじゃ失礼だったかしら!? 今すぐとっておきの紅茶出すわ! そうだ、特上のお寿司を取りましょう、そうしましょう!」
「ママも構わないでいいよ。すぐ行くし。知り合いの家で、勉強会するっつったじゃん。お昼もご馳走になるから、何もいらないってば」
類稀なる美貌で家族を騒然とさせた本人は、出された麦茶にちむちむ口を付けながら、いつもの何も考えてなさそうな表情で大して広くもないリビングをあちこち眺めていた。
ママがテーブルの上にお菓子の盛り合わせを用意してくれたんだけど、これじゃ気に入らなくてまだどこかにないか、探してるのかな? でもママがしっかり戸棚にしまってるから、透視でもしない限りは見付けられないと思うよ?
もしかしたら、この辺では珍しい青飴をあげたせいで、ウチがお菓子の家なんじゃないかって期待してたのかも。
でもこれでよくわかっただろう、柊家は普通のお家なのだと。
「那由多の部屋は?」
しばらく沈黙していた有瀬くんが、やっと口を開いた。
あー、やっぱそうくる?
私の希望としては、このままリビングでママに接待されててほしかったんだけどなぁ。
とはいえ彼の部屋にお邪魔したことがある手前、拒絶はできない。
「二階だよ、来る?」
「行く」
待ってる、という言葉を期待したけど即答だった。ソファで長い足を折り畳んで座っていた有瀬くんは、すぐに立ち上がった。
「階段、狭いから気を付けてね」
「うん」
後ろをついてくる有瀬くんに気付かれないように、私はほっと息をついた。
昨日片付けといて、ほんと良かった……あの日ここに訪問されてたら、有瀬くんのSAN値をゴリゴリに削ってたよ。
「適当に座ってて。はいこれ、クッション。暑いよね、すぐエアコン入れるね」
「うん」
が、有瀬くんは座らず立ったまま、クッションを抱き締めて視線を巡らせていた。
私の部屋がお菓子の部屋だって可能性に賭けたのかもしれないけど、残念だったね。普通のお部屋ですよ。一日じゃ掃除が行き届かなくてちょいと汚部屋寄りですけどね。
「これ、俺があげたやつか」
バッグから教科書を出して課題を詰め込んでいたら、有瀬くんの呟きが聞こえた。机の上の品を発見したようだ。
「うん、一応ちゃんと大切に保管してるよ。城咲さんのお土産はケースがまだなんだけどね」
百均で買ったアクリルケースには、お菓子の家なる雑ゴミと握り潰されたスナック菓子のモロゴミと、食玩らしき謎フィギュアが鎮座している。
そしてその両脇には、エッフェル塔……確かに目を引く不思議な光景ではあるよね。
「アルマジロ、こうして飾ってあると綺麗だな」
「えっ!? このフィギュア、アンモナイトじゃなかったの!?」
驚いて私は振り向いた。
「俺の手元にあった時はこんなに綺麗に見えなかった。あのお菓子の家も、那由多が持ってると何でもお宝みたいになるんだな」
有瀬くんが感心したように言う。
アクリルケースに入ってるせいだと思うけどね。でもお宝見えするといっても、もうゴミはいらないかな。頼むからゴミは自分で捨ててください。
「あ」
有瀬くんが小さく声を放つ。
彼の視線の先を見ると――何と! ベッドの上に、洗濯した衣類が置かれてるじゃないの! それも下着を真上にして!
ママめママめママめ! また勝手に部屋に入ったな!?
慌ててベッドの上にバッグを投げ付け、洗濯物を隠して事なきを得た。
「『おなら、ぼぶう。』は、『うんち、むりり。』の仲間か?」
が、有瀬くんの言葉で、私は閻魔ランド突き抜けて地獄の最下層にまで叩き落された。
事なきを得てなかった! 全然事なくなってなかった!
むしろ知りたくなかったことまで知ってしまった!
「ままままさか、あの時、見てたの!? 見たのか、見たんだな!? 何で言わなかった何で言わなかった何で言わなかったあああ!?」
死にたみさえ覚える恥ずかしさで噴き出す汗と涙に塗れながら、私は我を忘れて有瀬くんに掴み掛かった。
「聞かれなかったから」
私にガックガクに揺らされても表情を全く変えず、有瀬くんはさっくりと告げた。
聞け、と?
命の危機にだばだば泣いてたあの状況で、ひたすら笑い転げてる有瀬くんに『いよう、アタイのイカれたゴキゲンパンツ見たか〜い?』って聞け、と?
聞けるわけないでしょー!?
「忘れて! 今すぐ記憶を消して! 3、2、1、はいっ滅却!」
「今見た『おなら、ぼぶう。』か? それとも『うんち、むりり。』の方か?」
「どっちもだよ!!」
私の目からは、あの時よりもだくだくに涙が溢れていたと思う。
この人、本当にどこまでも雑すぎる……! 見たことは仕方ないにしても、言わないでほしかった……胸にしまっておいてほしかった……!
そんな乙女心も理解できないんでしょうね! 雑だから!!
「悪いけど、忘れられそうにねぇな」
ふっと解けたように有瀬くんが笑う。あの日の大爆笑事件と記憶が結び付いちゃって、分離不可能になってるんだろう。
ああ、私の知らないところであのパンツまで笑い者の仲間入りしてたとは……本当に本当に、ほんっとーに! 知りたくなかった!!
支度をして階下に降りると、私は未だ止まらない涙をそのままにママに詰め寄った。
「ママ! 何でまた勝手に部屋に入ったの!?」
「ええ? だってあんたがいつまでも洗濯物持ってかないから……あ、ああ……あー」
娘の全体内の水分を絞り出したような泣き顔を見て、ママはすぐに察したらしい。
「ご、ごめんね? ママ、気遣いが足りなかったわ。あ、あの有瀬くん、誤解しないでね? 那由多はいつもあんな変なパンツ履いてるわけじゃないのよ? たまには可愛いのも履くのよ? だから別れないであげてね?」
「余計なこと言わなくていいよぉぉぉ!」
ママにしがみつき、私は泣き叫んだ。これ以上、砕けた心に塩を塗り込まないでほしい!
「お、落ち着いて、那由多。ほら、水分補給しよ? い、今から外出るんでしょ? このまま行ったら脱水症状になるから……ね?」
ママが慌てて冷蔵庫から取って来た水のペットボトルを寄越す。泣きながら頷き、私はそれを受け取った。
パンツ見られたショックで泣いて倒れるなんて、それこそ恥ずか死待ったなしだ。
500ミリリットルの水を一気飲みすると、排出した水分を取り戻したおかげか、ギャン泣きからしゃくり泣きにまで落ち着いた。
「那由多、まさかもうフラれたんじゃないよね? 有瀬くん、特に変わった様子もなかったし、今も玄関で待っててくれてるし……だ、大丈夫よね?」
ママが耳元でそっと尋ねる。
「わ、笑いのネタにはされたけど、まだフラれてはない……もっとヤバいの見られてるから、大丈夫、だと思う……」
嗚咽混じりに私は答えた。
最上級の『うんち、むりり。』を目にした後も今日まで全く変わらなかったんだから、有瀬くんの方は問題ないだろう。私の方は大問題だけど。
私の返事を聞いて、ママは肩が抜けそうなほど深い吐息を落として安堵していた。自分のせいで娘が彼氏にフラれたとなったら、ママだって心苦しいに決まってるもんね。
まああんなパンツ買ったのは私なんだし、フラれても自業自得でしかないんだけどさ。
「ほんとにごめんね、ゆーちゃん」
玄関で靴を履いていたら、ママが外出用に水のペットボトルを二本、手渡しながら改めて謝ってきた。つい幼い頃の呼び名が出たのは、心から申し訳なく思ってるからだろう。
すると、たちまち罪悪感でいっぱいになった。ママは何にも悪くないのに、八つ当たりみたいな真似しちゃった。私ってほんとダメな子だなぁ。
「うん、もう平気。もう泣き止んだ。お水も洗濯物もありがと、ママ。有瀬くんも気にしてないよ、多分」
「…………ゆーちゃん」
行ってきますを言おうとしたら、有瀬くんがぽつりと呟いた。
「ちっちゃい時のあだ名だよ。今度はゆーちゃんいじりするつもり? そっちの方がマシだからいいけどさ」
「いや……何か、知ってる……ような名前、だったから」
有瀬くんにしては、やけに歯切れの悪い言い方だった。
よくわかんないけど、いじる気はなさそうだからいいや。
「有瀬くん、懲りずにまた遊びに来てね。はいこれ、青飴。好きだって聞いたからお裾分けの追加。今度は可愛いパンツ置いとくわね」
「ちょっとママ! 蒸し返すのはやめて!」
「……ありがとう、ございます」
有瀬くんはママに差し出された紙袋を受け取り、頭を下げた。そして私の方を向く。
「パンツで別れる恋人なんているのか? パンツが可愛いと何かいいことあるのか? 俺には、股を保護するただの布切れとしか思えない。那由多も俺のパンツ見てみるか? 大して可愛くねぇぞ」
「有瀬くんももうパンツネタはやめて! ちょっ……ベルト外してんじゃないよ、見ないってば! ほらとっとと行くよ! 行ってきます、ママ!」
「い、いってらっしゃい……」
有瀬くんを引っ立てるようにして連れ出すと、背後からママの強張った声が届いた。
きっとママにも理解できたことだろう。この人は間違いなくあのマグロと同一人物なのだ、と。
外見こそ美形だけれど、中身はどーしよーもないほど雑極まりない、マグロよりも食えない奴なのだ、と。




