9-2 ペリカン『ギコギコ(訳:迎えに行く)』
「ふっふふー。これでまた『ブレロマ』信者が増えたなー。ナユのおかげで2が出るかもしんないよ! 続編制作は、売り上げ次第ってとこもあるからねぇ」
茉絢が鼻歌混じりにスキップしながら隣を歩く。
「私もプレイしてみようかなぁ。梨奈ちゃん、貸してよ」
「やーよ。インテレク様の顔と声を有瀬くんに脳内で変換しながら、全エンディングのリプレイ見て寝落ちするのが習慣になってるんだから。はぁ、インテレク様な有瀬くん、本当に尊いのよね」
梨奈ちゃんにお願いしてみたけど、あっさり突っ撥ねられた。ちぇっ、ケチ。
「それよりナユ、もっと悲劇のヒロインぶらなきゃダメじゃん。あんな淡々と対応してたら、相手のポテンシャルを引き出せないでしょ! 今日のナユは0点だよ!」
「トイレ我慢してたからね。正直早く済ませたかった」
茉絢のダメ出しに、私はそれこそ淡々と応じた。
せめてトイレの後に絡んでくれれば、私だってもっといい演技ができたのに……って演技力磨いて茉絢の得点上げてどうするんだ。散々だった期末テストの点数が増えるわけでもなし。
「あたしはどうだった?」
梨奈ちゃんがウキウキ声とワクワク顔で聞く。
「梨奈ちゃんは三十点てとこかな。罵倒のバリエは少なかったけど、取って返すやり方は評価できる」
「やったね! 次はもっと頑張って、完璧な悪役になってみせるわ!」
梨奈ちゃん……喜んでるけど、ここで点数稼いでも何のプラスにもならないからね? 現実にどこかから悪役のオファーがあるわけでもないし、期末の赤点が消えるわけでもないからね?
「にしても、今日の子達も微妙だったね。はぁーあ、どいつもこいつも、涙腺ゆるゆるのナユに涙一つ流させることもできないなんて、ダメダメすぎるよ。やっぱこないだまで中学生だった一年生じゃ、罵りのバリエが貧相なのも仕方ないかぁ。先輩方に期待するしかなさそうだねぇ」
茉絢も最初は『嫉妬に狂った女子達の罵詈雑言を見たい聞きたい触れたい感じたい!』と言って、有瀬くんネタで私にちょっかいをかけてくる女子達を心待ちにしていた。
しかし現実は、物語のようにドラマチックじゃない。
私も漫画やドラマの世界みたいに、イケメン彼ピッピが原因でいじめに発展なんてことが起きちゃうかも……って、怖い想像をほんのり抱いていた。
でも実際、そんなことは全然なかった。
あっても、今日みたいな脅しとお願いの中間みたいな半端な言動くらい。
ウチの高校は結構常識人揃いのようで、いじめなんかで自分の評価と評判を落としたくないって人ばかりなんだよね。
そりゃそうだ、私をいじめで再起不能にして無理矢理別れさせることに成功したって、有瀬くんと付き合える確証はないんだもん。だったら将来を棒に振る危険を冒してまで、わざわざいじめなんて犯罪行為に走る必要はないよね。
漫画なんかじゃ、理事長の娘とかPTAに顔が利く重役の子とかが黒幕だったりするけど、ここは公立だし、黒幕になれそうな権力を持った子なんてリアルじゃ滅多にいない。
で、夢と現実の差に落胆した茉絢は、私に突っかかる女子達に難癖をつけ返して、推しの乙女ゲーの続編制作を叶えるべく、購入意欲を煽って沼に沈めているというわけだ。
おかげで私のクラスを始め、女子達の間で悪役のアクとクセが強い乙女ゲームが大流行している。とても平和だ。
「柊さーん、イカす悪口マスターしたらまた挑むから待っててねー!」
「あっ吉良さん、こないだの乙女ゲーすごく良かったよ! ねえねえ、柊さん、これクリアしたら、覚えた悪役の台詞、試しに浴びせさせて。泣き顔、楽しみにしてる!」
「オッホホホホ、この下賤な小娘が! ね、どうだった、柊さん? ちょっとは心動いたかな? 罵り上手になれたかな?」
トイレから教室に戻る道すがら、いろんな子達に声をかけられ、私はその度に頬の引き攣りを抑えるのに苦労した。
ねえ皆、当初の目的はどこいったの? もはや有瀬くんの件なんかすっかり忘れて、乙女ゲームのプレイついでに私を罵倒する言葉遊びに夢中になってない?
まぁうん、それでも平和だ……平和、なんだよね?
授業が終わると、梨奈ちゃんはダッシュで帰っていった。
夏の間だけ海の家でアルバイトすることが決まって、今日が初日なんだって。いいなぁ、私も誘ってほしかったよ。
アルバイトには興味あるけど、また次の機会でいいや。だってもし今バイトしてたら、勉強会に参加できなかったかもしれないもんね。
本日は、久月くん宅で初の勉強会が開催される。
茉絢と私も急ぎ足で昇降口に向かい、靴を履き替えた。しかし外に出ようとしたところで見知った顔に出会い、足を止める。
「有瀬くんと城咲さんじゃん。何してんの? 外暑いから、日が暮れるまで待ってんの? それとも帰り道がわかんなくなった?」
「どっちも違うわよ! 見ればわかるでしょうが!」
ツンとそっぽを向く美少女の姿に、私の心はほっこり綻んだ。
ああ、これでこそ城咲さんだ。私のよく知る城咲さんだ。
「見てもわかんないから聞いたんだけど、じゃあ何してたの?」
「那由多達を待ってた」
私の質問に、有瀬くんが答える。
「紅の家まで案内しなきゃならないから」
「あ、なるほどね。そういうことは前もって教えてよ。二人でヘングレごっこでもしてるのかと思ったよ」
「ラインしたぞ」
確かに、有瀬くんからラインは来た。
でもやたらリアルなペリカンがギコギコって鳴く音声付きのスタンプで、何をどう推し量れというのか? 考えるな感じろ方式も通用しないじゃん……。
有瀬くんは、相変わらず雑だ。でもそこが安心する。
安心するのが悔しいけど、何が悔しいのかわからないから素直に安心しとくことにする。
「とにかく行きましょ。吉良さんの家の方が学校から近いんだっけ?」
「うん……うーん……」
城咲さんが私達を促すと、茉絢は少しの間思案して、ぱっと顔を上げた。
「そうだ、城咲さん。わたしの家にある乙女ゲーム貸そうか? ハード持ってないなら、使ってないやつ一緒に持ってっていいよ」
「いいの? だけど」
「感想のことなら気にしなくていいよ。面白かったかそうじゃなかったかだけ、伝えてくれれば十分。たくさんあるし、わたしがオススメする中からゆっくりじっくり選んで。てことでナユ、わたしは城咲さんと二人で行くから、現地集合ね!」
「えっ!? 茉絢!?」
すると城咲さんも何か閃いたようで、はっとしたように手を打つ。
「なるほど、そういえば柊さんは留佳をまだ自宅に招き入れてなかったものね。お宅訪問は恋人として大切なイベントだわ。報告、楽しみにしているわよ。留佳、柊さん、また後でね」
あっ……そう、そういうことぉー!?
茉絢は悪魔と認識してる有瀬くんに家を知られたくない、城咲さんは私達に恋人っぽいイベントをさせたい、二人の利害が一致した結果、手を組むことにした……ってわけか。
「うん、またな。明日香とエクソシスト。那由多行こう。早くお家に行こう」
有瀬くんに急かされ、私は渋々熱気に満ちた屋外に出て、我が家へと向かうことにした。
そっかぁ、茉絢って有瀬くんにとってはエクソシスト扱いなんだ……そうなるのも無理ないよね、いつも悪魔呼ばわりされてるもん。
私としては早く二人に、人と人しての関係性を築いてほしいんだけどなぁ。




