7-3 有瀬くんの傘が死んでいる
城咲さんに押し切られた形とはいえ、人生初の男の子との相合傘に心躍らなかったわけじゃない。
私だって夢見る乙女だもん。
相合傘をきっかけに、物理から心の距離も近付く……なんてシーンを見るたび、リアルではどんな感じなんだろうって夢想してた。
自分より背の高い男の子と並んで入るとしたら、傘の高さや傾き、位置が重要になるよね? 頑張ってもどっちかは濡れちゃうんじゃないかな? 前後ろに位置を取った方が効率的かな? となると彼の胸に包まれる感じか、彼の背中にぎゅってしがみつく感じになるよね?
傘の生地を叩く雨音の中、密室じゃないのに世界から隔離されたような空間で、ちょっと籠もったお互いの声……いつもと違って聞こえるから、普段は恥ずかしくて言えないこともつい言っちゃって…………なんて想像するだけでときめいてた。
しかし――実際に体験しても、私の夢想は夢想のままだった。相合傘に関する疑問の数々は、何一つとして解答を得られなかった。
辺りは降りしきる雨で煙り、見慣れたはずの風景も水に溶け、鈍色に染まって重苦しい様相となっている。しとしと降りだった雨は、私達が外に出て暫くもすると風景をかき消すほどのどしゃ降りになった。
「……有瀬くん、傘買い替えた方がいいんじゃないかな?」
「買ってもどうせ壊れる。これでいい」
「だったらいっそ雨合羽にしたらどうです?」
「しまうのが面倒臭い。これでいい」
そうよね……雑だもんね。
どばどばに濡れた有瀬くんを見上げていた私は、容赦なく目の中にまで落ちる雨粒から逃れるために俯いた。彼と同じく、どっばどばに濡れながら。
彼が雑なのは、わかっていたつもりだった。
でも違った。私はまだその片鱗に微かに触れただけ。その程度で、彼のことを知ったつもりになっていた。本当にバカだったと思う。
私はバカだ。そこは認める。
でも……だからって、いくらなんでもこの傘はひどすぎん!?
傘布、ほぼないんだよ!? ちっとも雨を凌げないんだよ!? 親骨もあちこち折れてへろへろしてるし、中棒も歪んでぐねぐねになってるし……もうこんなの傘じゃないよ! ただの骨組みの成れの果てだよ!
有瀬くんの傘がどうしてこんな惨状になっているのか? 理由は簡単、彼が雑だからだ。
中学の時に一度買い替えたそうだけど、傘をさしたまま近道の狭い抜け穴に潜ってハマったり、傘をバット代わりにして野球したり、傘に乗って階段の手すりを滑り降りたり、開いた傘の上でトランポリンごっこしたり、またある時は逆さまに開いた傘をボートにして水遊びしたりと、実にわんぱくなエピソードが飛び出してきた。
わんぱくでもいい、おかげで逞しく育ったんだから。
問題は!
数々のわんぱく行為で大破したそれを!
今も尚、傘として使い続けてるってことよ!!
有瀬くん、傘って雨を防ぐためのグッズだって知らないのかな? 聞けば傘持っててもいつもびしょ濡れになるらしいけど、じゃあ何のために持っているんだろうって疑問に思わないのかな?
あの城咲さんでさえ、有瀬くんの傘では相合傘したことないんだって。でしょうねー!
「有瀬くん、次は私の傘に入れてあげるよ……きっと傘の概念が変わるよ……」
「概念が変わるのか。那由多の傘は面白そうだな。どうした? また泣いてるのか?」
「泣いてないよ……雨だよ、雨……」
そう、これは雨よ……。相合傘に夢破れて流した涙なんかじゃないのよ……。
「ねえねえ城咲さん、お願いお願いお願い。『この泥棒猫!』か『醜いメスブタめ!』か『エブリディエブリバディ開脚可の股割れアバズレ女が!』か、どれか言ってみせて。城咲さんみたいな人から聞くの、憧れだったの!」
「ええ? 吉良さんは変な憧れを持ってるのね。じゃあ……エブリディエブリバディ開脚可の股割れアバズレ女が!! これでいい?」
「ひょえぇ、耳福耳福……ありがとうっ! いやぁ、やっぱり本家は迫力が違いますなあ。城咲さんみたいな美声だと、言葉の重みが増してさらに罵倒パワーが上がるね!」
「そ、そんなに褒められると照れるわね。他にもリクエストがあれば、喜んでお応えするわよ?」
後ろを歩く茉絢と城咲さんは、滝行の真っ最中みたいな私達など気にも留めず仲良くやってるみたいだ。
にしてもあの三択から、敢えて一番謎い台詞を選ぶんだね、城咲さん。そして超ノリノリだったね、城咲さん。
城咲さんって、本当に変な人だなぁ。といっても、有瀬くんの雑さにはまだまだ及ばないけど。
まあいいや。
こんだけ濡れたら、彼が雑だろうが傘が粗大ゴミレベルだろうが嘆いても仕方ない。開き直ってお喋りでもして気を紛らわそう。
「ねえ、有瀬くんは将来の進路決めてる? 私、方向性すら全然定まってないんだよねぇ」
びたびたと頬に貼り付く横髪を指で払いながら、私は有瀬くんに質問してみた。
梨奈ちゃんが知りたがってたっていうのもあるけど、私も気になってたんだよね。
「進路というか、やりたいことはずっと昔から決まってる」
「えっ、そうなの? すごいじゃん。聞いてもいい?」
ざばざば降る雨にも負けず、ワクワクした眼差しを向けると、有瀬くんは頷いた。
「寝てお菓子を食べて稼げる仕事に就きたい」
急速に自分の目からワクワクの光が失せるのを感じた。
ほらね。こうなると思ってたんだ。あーあ、聞くんじゃなかったなー……。




