7-2 親友は悪魔に唆され肥える
入学して初の中間テストが終わった。
少なくとも、新入生テストよりはマシだった……と思う。一応、そこはかとなくだけど順位も上がってたし。
それよりも進路だよねぇ。
高校二年生の文理選択について夏休み前に希望調査するらしいから、ある程度は絞っておかなくちゃ。とはいえ、やりたいことなんて特にないんだよね。私にできそうなことも見当たらないし。
せめて茉絢みたいに頭が良ければなぁ。選択肢の幅が広がって、進むべき道が見付けられるかもしれないのに。
「ねえ、梨奈ちゃんは進路決めたぁ?」
六月の重だるい空気に押し負けるように、腕を伸ばしてぐでーっと机に俯せたまま、私は隣の梨奈ちゃんに尋ねてみた。
「あたしの方こそあんたに聞きたいわー。どーすんのよー?」
同じ格好でぐでっていた梨奈ちゃんが言う。
「なーんも見付かんないから聞いてんじゃんかー」
「那由多の進路じゃねーよ。有瀬くんのだよ」
思わぬ返答に、私は梨奈ちゃんの方に顔だけ向けた。
「あたしは有瀬くんと同じ道に進むの。どこまでも追いかけるの。この高校だって、E判定から伸し上がって入学したんだからね」
梨奈ちゃんが不敵に笑う。が、ぐでポーズじゃ今一つキマらない。
「まじか。えらい執念っすね。でも有瀬くん、結構頭良いじゃん? 超難関大学受験するってなったらどうすんのよ?」
「近くの大学を見繕う。ダメそうなら近くの専門学校探す」
「あー、その手があるかー。じゃあ一応進路は決まってる感じね」
「有瀬くんの進路、わかったら早めに教えてよ、那由多。あたしの未来がかかってんだから」
「そういや有瀬くん、アマゾン探検隊になりたいって言ってたかもー?」
「ワレいてまうぞ。バレバレの嘘つくなし」
「う、嘘じゃないもん! ももも盛っただけだもん!」
私がビビって椅子から転げ落ちたのは、梨奈ちゃんに睨まれたからじゃない。嘘というワードにやたら敏感になったせいだ。
ああもう、困った体質になっちゃったなぁ。
「二人共、お待たせー」
先生に教材の片付けを頼まれて、居残り作業をしていた茉絢が教室に戻ってきた。
「ナユ、何やってんの? だっさいパンツ見えてるよ? いくら何でも前面に『ムダ毛処理中!』は擁護不可能だわー。見せられる方が可哀想だから、早く隠しなよ。あー、リナリナ、また髪爆発してるじゃん。直してあげるから、起きて起きて」
茉絢に指摘され、私は慌ててスカートを押さえて立ち上がった。親友にまでパンツを否定されてしまった……つらい。
私が落ち込んでいる間に、梨奈ちゃんは茉絢にボサついた髪を丁寧に梳かれ、手早くゆるふわなシニヨンにまとめ上げられていた。
うーん、毎度ながら何という手際の良さ。
おかげでこの湿気でムシムシする中でも、梨奈ちゃんのメデューサ化が最小限に収まるようになったんだよね。スタイリスト吉良茉絢様様だわ。
ちなみに茉絢は中学の時から英語の勉強がしたいと言ってて、早くも大学まで絞り込んでいる。
通訳のお仕事をしているお姉さんの影響だと本人から聞いたけど、私だったら影響を受けても憧れ止まりだよ。行動しようと思えるだけですごいし、実際に行動してるから尚すごい。
あーあ、早くも親友との差に打ちのめされるなぁ。茉絢なら、パンツもきっと可愛いの履いてるんだろうなぁ。私もパンツくらいは可愛いの履こうかなぁ。可愛いパンツ履いたら、進路も決められるかもしれないし。
スマホで可愛いパンツを検索しつつ、茉絢と梨奈ちゃんと三人で喋りながら昇降口に向かっていたら。
「あら、柊さん?」
階段の方から名前を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、長い黒髪を優雅に揺らす美少女――城咲さんがちょうど降りてくるところだった。
「ごめんあたし用事思い出した急いで帰る!」
超早口で言うや、梨奈ちゃんは全速力で逃亡した。
あの処刑宣告がよほどトラウマだったんだね……でも実は来世まで処刑確定されてるからね……速やかに逃げた方がいいよ。
「あら? 絶許佐川もいたような気がしたんだけど?」
「気のせいっすよー。茉絢と見間違えたんじゃないすかー?」
きょろきょろする城咲さんを適当に誤魔化し、私は茉絢に目で合図した。それだけで茉絢は察して頷いてくれた。
「そっすよー。わたし、湿気で背と髪が伸びたり縮んだりするんでー。それより城咲さん、久しぶり。しばらく委員の仕事も被らなかったもんね。『恋生き』の今月の最新話、読んだ?」
茉絢もアバウトがすぎる言い訳をし、さらには別の話題を振って意識を逸らすという高等手段まで駆使してくれた。
さすがは茉絢、頭脳戦にも長けておる!
「何だ、吉良さんを見間違えただけだったのね。吉良さん、お久しぶり。この前は親身に相談まで乗ってくれて、本当にありがとう。お借りした雑誌なんだけど、まだ感想をまとめてる途中なの。十万字以内には収めたいのだけれど、迸る感情が先走ってうまくいかなくて。返却が遅くなってしまった件については、心から申し訳なく思っているわ。でも必ずこの胸の内を的確に表現した文書をお届けするから、もう少しだけ待っていただける?」
「うん……はい……いつでも大丈夫だよ……」
茉絢が引き攣り笑いで答える。
だから言ったじゃん、変な人だって。こんな調子で話しかけられたんじゃ、そりゃ茉絢も変な勧誘かと思って警戒心を抱くよね。
あと今ちょっとわかったけど、この人、意外と騙されやすい。
「……那由多」
耳に心地良いイケボが降ってきて、私はそちらを仰いだ。
いつの間にか城咲さんの後ろに、有瀬くんがいる。
「有瀬くんも今帰り? いつも城咲さんと一緒に帰ってるの? 出遅れたのはまたパンくずでも探してたからかな?」
堪えきれず、にへらっと笑みが零れる。
うんうん、長袖の夏服って超短期限定だけど、私、大好きなんだよねぇ。
特に有瀬くんみたいな超絶イケメンが袖捲って裾出してネクタイ緩めて着崩してると、何ともエロ悪クールで、退廃的な官能美があるわ。見てるだけで目玉が歓喜に震えるわ。
ランチに続き、二度目の眼福タイムをありがとう! 愛しの長袖夏服エロ悪クールスタイル!
「パンくずは探してない。忘れ物して取りに戻ってただけだ。明日香に気付かれたら自分もついてくるってうるさそうだから、こっそりひっそり忍び足で」
「悪魔……悪魔がパンを食らえと唆す……わ、わたしはもう騙されないわよ! 近くに美味しいパン屋さんがあるけど、絶対に寄らないんだからっ!」
有瀬くんの存在を知覚するや、茉絢は牙を剥く勢いで威嚇した。
んもー、だから体重がリバウンドしたのは有瀬くんのせいじゃないし、今だってパン食えなんて言ってないでしょーが……。
「熊はいなそうだしパンも落ちてなさそうだけど、雨は降ってきたみたいぞ」
「えっ!?」
私は慌てて窓の外を見た。
うわー、まじだ……しとしと地味に嫌な感じに雨粒が落ちてきてる。降水確率60%だっていうから残りの40%に賭けて傘持って来なかったのに。
「ナユ、わたしの傘に入ってく? 折り畳みだから小さいけど」
茉絢の取り出したピンクの折り畳み傘が、光り輝くお宝のように見えた。
「ありがとー! さすまー! じゃあついでに茉絢ん家の近くのパン屋寄ってこーよ。特製あんぱん奢っちゃう!」
思わず親友を抱き締め、謝礼についても申し出たけれど。
「寄らねーよ。おまけに特製あんぱんの名を出すとは……貴様も悪魔の手先に成り果てたか?」
茉絢は私の手をぺっと振り払い、眼鏡の向こうから冷ややかな目を向けた。
つれないなぁ、茉絢があのパン屋を思い出させたせいで久々に行きたくなったのに。
「はいはい、じゃあダイエット成功記念式典まで保留にしとくね。そうだ、有瀬くんと城咲さんは傘持ってるの?」
これ以上パンの話題を続けると茉絢に置いてかれて傘っぱぐれそうだったので、私は二人に向き直って尋ねてみた。
「俺は持ってきてる」
「私は……」
城咲さんはここで言い淀んでから、大きな瞳を見開いた。
あ、嫌な予感……。
「いいことを思い付いたわ! 恋人といったら相合傘、相合傘といったら恋人よね! 留佳と柊さん、あなた達二人が相合傘をしたらいいのよ!」
「わあ、いいじゃん! 相合傘カッポー生中継! じゃ城咲さんはわたしの傘に入って、一緒に面白おかしく眺めよっ」
茉絢もはしゃいで乗っかる。
「那由多の家まで送ればいいのか? 俺の家まで来るのか? それともさっき言ってた美味しいパン屋に行くのか?」
有瀬くんまでさくっと流されてんじゃん!
いちいち城咲さんに物申すのが面倒だからって、本当にこういうとこも雑だよね!
あと、今だけはあなたの口からパン屋という単語を出してはならん! 茉絢の目付きが、悪魔よりヤバくなってるから!




