6-2 白き闇に魅入られし者よ
「んんー……」
漫画、どれもこれも面白そう。
「うむー……」
小説、これもどれも面白そう。
「ふぬー……」
ファッション雑誌、付録豪華すぎん? ムック本、こんなに種類あんの?
うわうわ、文房具も可愛い。雑貨も一番くじも気になる。ゲームは今ハードが壊れてるから置いとくとして……あっ、あの映画、レンタル開始したんだ。ふわー、あのドラマ懐かしい。久々に最初から観たいなぁ。
おっおっ、コミックレンタルという手もありますか。しかし全巻借りるとなると大荷物になっちゃうなぁ。それに片付けたばっかのとこにこんなにたくさんのコミック持ち帰ったら、ママにまた怒られちゃうよね。どうしたものか。
誘惑の波に飲まれかかって、私ははっと我に返った。そして、肩を落として溜息をつく。
思い出したのだ――所持金五百円ちょいである現実を。
そう、私は今とても金欠……お弁当を作れなくて何回も買って済ませたし、茉絢達と帰りに買い食いしたりファミレス行ったりしたし、そうでなくても高校生ライフに浮かれてコスメ買ったりお洋服買ったりしてた。そりゃ入学祝いに多めにお小遣いもらったといっても瞬殺ですわよ。
ふんだ。お金がなくたってあちこち見て回ってるだけで楽しいし、あれこれ立ち読みもできるもん。本屋は金欠な私も拒絶せず受け入れてくれる、優しい場所だもん。
「ん? 何?」
「あ、やべ。見つかっちゃったか」
せっかくだからあまり立ち寄らないコーナーにも行ってみようと思い立ち、専門誌がずらりと並ぶ区画を歩いていたら――本棚の隙間にソレはいた。
「じゃあ君が選ばれし一名だね。はい、サインするよ。どこに書けばいい?」
「あの?」
「でも君、中学生かな? うーん、十五歳未満だとちょっと問題あるなぁ」
「いえ、高校生です」
「そっか、なら問題ないね。サインしよう」
本棚と本棚の狭い空間で、壁と同化するように真っ白なシーツを被ったその人がこちらにぬぬっと寄ってくる。
うわあ、目の部分にだけ穴が空いているせいでうっかり気付いちゃったけど、気付いちゃダメなやつだったかも。変な人かな。うん、変な人だな。
「ごめんなさい。知らない人から何ももらっちゃダメって、ママに言われてるので」
下手に刺激して激昂させないよう静かに告げて、私はすすっと後退った。
「あれぇ? 情報を聞いて探しに来たファンかと思ったら違ったか」
するりとシーツを脱いで素顔を見せたその人は、控えめに言ってイケメンだった。
乱雑にハーフアップにした少し長めの髪は無造作感がイケてるし、少し垂れた目尻は可愛さに色っぽ感がマリアージュしてイケてるし、シュッと高らかに存在を誇示する鼻もイケてるし、常に微笑んでいるように見える赤みを帯びた唇もイケてる。イケメンもイケメン、超イケメン……ではあるけれども。
「ええと、ファンも何も、あなたのこと存じてなくて……モデルさんか女優さん、ですかね?」
「へえ、私が女だってわかったんだ。君、人を見る目あるね」
イケメンなレディさんが肩を竦めて笑う。175センチはありそうな高身長だし、低めのハスキーボイスだから初見では確かに判別しにくいかもしれない。
でも! 私に人を見る目があるわけじゃないの!
さっきシーツを脱いだ時に! この人のおっぱいが! チラ見えしちゃったのよ!
シーツ被るから服はいいやーってのは百歩譲って置いとくとしても! せめて下着くらい着てくださいよ! まさかパンツも履いてないんじゃなかろうな!? ううん、この人ならあり得る!!
「あっあっ、ちょっ君、何すんの」
「あの、瀬里さん、ですよね……?」
余計なお世話だとは思いつつ、イケメンレディの体にシーツの余り部分を巻き付けてとにかく大事な部分を優先的にカバーしていたら――一人の男性が現れた。ふぅ、梱包が間に合って良かった!
「僕、瀬里先生の作品の大ファンなんです。SNSで先着一名のシークレットサイン会やるって知って、片っ端から本屋を巡って探してました。サイン、まだ間に合いますか?」
「あー、ごめんねえ。この子が先だったんだ。悪いけど今回は諦めて」
が、ファンだという男性に、瀬里さんと呼ばれたイケメンレディはさっくりとお断りの言葉を放った。
「そんなあ。ゴールデンウィークに入ってからずっと探してたのに……」
がっくりと膝をついた男性が、恨みがましい目を私に向ける。
えぇ……逆恨みはやめてほしい。とはいえ、気持ちは理解できるよ。はいはい、そんなに睨まなくてもわかってますよ。
「あの、私は結構ですから、サインはファンの方にしてあげてください。私はあなたの作品も知らないし、本当にたまたま偶然発見したというだけなので。誰が先かってことより、作品の大ファンだって言ってくれる人の気持ちを大切にすべきだと思います」
私が辞退を表明すると、ファン男はぱっと笑顔になって立ち上がった。
わぁー、わかりやすー。まぁ気持ちは理解できるけど。
「ふふ、君、とてもいい子だね。それに比べて」
瀬里さんは私の頭を軽くポンポンして微笑んでから、ファン男に向き直った。
うん? 声音も表情もガラッと変わった……ような?
「ねえ、私の大ファンとやらさん。せっかく出会った縁だ、良かったらこの子に私の作品をオススメしてあげてくれないかなあ? 私も聞きたいねえ、自分の作品のどこが良くてどこを推してくれているか。ついでに最新話の感想も教えてほしいなあ。大ファンを自称するなら、一時間は余裕でプレゼンできるよねええええ?」
ような、じゃない! 瀬里さん、めちゃくちゃキレてる! 笑顔でガチギレしてる!
え、なんでなんでなんで!? スイッチどこ!? はやくオフにしなきゃ!
「えっ……あの、いや、自分はその……」
瀬里さんがさっきまで埋まっていた狭い壁にまで追い詰められ、逃げ場を失ったファン男さんはしどろもどろになった。
「言えないの、そう。よーくわかったよ。思った通りだね、君は私のファンじゃない。私の本物のファンには、いたいけな女の子を睨み付けてサインを横取りするなんて非道な真似をする奴はいないからね。あーあーあー、いい大人が何やってんだよ。みっともねえなぁぁあああ!?」
クレッシェンドで吐き捨てると同時に、瀬里さんはファン男さんの顔の真横に拳を叩き付けた。
俗に言う壁ドン……だけど全然羨ましくない。むしろ自分でなくて良かったって薄情なことを思ってしまう。そのくらい、瀬里さんの発する殺意の波動はヤバかった。
「貴様の顔は知ってるぞ、クソ転売ヤー。知り合いの漫画家さんがてめえの似顔絵描いて、界隈全域に拡散して注意喚起してくれたおかげでな。漫画家の画力と記憶力、なめてんじゃねぇぞ。ファンだなんて白々しい嘘つきやがって、おまけに未成年の女の子に対して大人げないことしやがって、胸糞悪いんだよ。次に会ったらただじゃおかねえからな。わかったら二度と面見せんじゃねえぞ。てことでー、さよーならっ!」
最後の言葉だけは明るく告げ、瀬里さんは私の手を取って走り出した。




