5-1 1/40の等価交換
千極高校に入学して、早くも二週間経った。
毎日が初めて尽くしだったせいで、あっという間に過ぎたように思える。
歳を重ねると時の流れが早く感じるって聞くけど、私も大人になったってことなのかな? この調子で心身共に成長していったら、高校卒業する頃には都会の町を颯爽と歩いてるようなばいんばいんの素敵レディになっちゃってるかも!
フッフゥゥゥ、オトナユタに期待!
……するのはやめとこ。ベースがこんな平凡ちゃんなんだから、大人になったって平凡さんに決まってる。無駄な期待を背負わせて、未来の私の重荷にはなりたくないよ。せめて自分だけは自分を大切にしたい。
肝心の新入生テストの結果は…………うん、デスヨネーって溜息出るくらいの惨状だった。
でも心強いことに、同レベルの仲間がいたの。誰って、梨奈ちゃんよ。あの子ってば、私よりテストの平均点が悪かったんだ。何でもできますわよって顔立ちしてるし、何でもそつなくこなしそうな雰囲気醸し出してるのにね。
茉絢はもちろん学年上位トップテン入りでしたよ。復習用に追加で出された課題を三人の中で一人だけ逃れちゃって、裏切り者めー。
そして――入学式から開始した有瀬くんの恋人役は、まだ継続している。
サポート役を自称する城咲さんも含め、いまだに掴めないところだらけで疲れることも多いけど、二週間も続けてきたおかげで良い意味でも悪い意味でも慣れてきた……ような気がしなくもない。
本日も小春日和。
木々に埋もれるようにひっそりとコの字型のベンチが置かれただけの中庭には、私達以外誰もいない。校舎から少し離れているせいだろう。無駄に移動時間がかかることを考えれば、生徒達にとってここはランチをするには不向きな立地だ。
人目につかないから、こっそり告白するにも猛牛化してマイムマイムするにも適した場所……ではあるんだけどね。
私達が出会ったあの因縁の地が、今では三人でランチする定番の席となっていた。テラス席を毎回確保するのは大変だし、何より食堂でも教室でも目立ちすぎる二人のせいで周りの視線が痛いから、私がここでのランチを提案したんだ。
まだほんのり冷たい風が、真向かいにいる有瀬くんの黒髪を緩やかに揺らす。艶がしっかりと主張するせいで硬そうに見えるけれど、意外と髪質は柔らかいらしい。今日も寝癖がいいアクセントを醸し出してます。
俯き加減の目元には、綺麗な二重と長い睫毛が仄かな陰を落とす。そうしてるとちょっと色っぽい――のに、顔を上げて真っ直ぐこちらを向くと、吊り気味の目尻の鋭さが勝って、目付きがたちまち悪く見える。
というより、敵意を込めて睨んでるね、間違いなく。
「何だ、那由多。さては俺の特製ランチが羨ましいのか? なら素直に欲しいと言え。欲しいと言ってもやらねぇぞ」
作り物みたいに整った唇からイケボで冷ややかに言葉を吐くと、有瀬くんは弁当箱ごとそっぽを向いた。高く凛々しく通った鼻筋と美しい曲線を描く輪郭が目に映る。
今日も顔が良い。何度見ても、現実に存在することが信じられないほど端正端麗美麗なお姿でいらっしゃる。
けれども、私の口から出たのは溜息だけだった。彼の類まれなる美貌を賛美して、ではなくアホみたいな発言に脱力して、だ。
いらないよ、イチゴグミと麦チョコと刻んだ魚肉ソーセージのミックス盛りなんて。今日のランチも摩訶不思議で何よりですわ。ちなみに昨日はオレンジグミと甘納豆と胡瓜の組み合わせだったよね。どっちにしても超羨ましくないし、超絶欲しくない。
「ええ、留佳の言う通り、確かに今の柊さんは物欲しそうな顔してたわね……はっ!? も、もしかしてキス……? 留佳が食事しているところを見て、キスを想像してしまったというの……!? いいわねいいわね、恋人としての自覚がやっと芽生えてきた感じね。でもこんな場所では色気がないわ。私が最高のシチュエーション考えてあげるから、それまで我慢するのよ! わかった!?」
ここで、さらに面倒臭い奴が口を挟んできた。隣に座っていた城咲さんだ。こちらも、有瀬くんに負けず劣らず本日も超絶美人である。
はいはい、美人なのはわかったから、両肩を掴んでぐわんぐわんと揺らさないでね。
いきなりキスとか言い出したのはきっと、昨日発売された雑誌で貸した漫画の最新話を読んだせいだろうな。
私も読んだけどさぁ、やっとお互いの想いを伝え合えたとこなのに早くもキスってちょっと展開が急すぎて気持ちが追い付かなかったんだよね。個人的には、二人の気持ちが高まるエピをもっと積み重ねてほしかったよ。
キスはもっと大事に扱うべきだと思うの。漫画でも現実でも。
「あのさー、キスなんて想像も妄想もしてないしー、余計なプランニングもプロデュースもいらないからー、はーなーしーてー。私の食べる時間がなくなっちゃうー」
揺らされながらも投げやりに言って何とか城咲さんのライオットから逃れると、私はランチ用の小さめなトートバッグから本日のランチを取り出した。
「お、おい……那由多、それは何だ?」
震え声で問いながら、有瀬くんが私の手元を指差す。
「何って、購買のチョココロネだよ。今日の四時間目の移動、購買部の近くだったから運良く買えたの。いいでしょー?」
噂によると、食堂のテラス席と同じくらい毎日争奪戦の人気商品らしい。丁寧にビニールの梱包を解いて、いざ実食――しようとしたら、チョココロネを持つ手をがっしりと掴まれた。
恐る恐る首を上げてみると、有瀬くんが目の前に立って私を見下ろしている。
「俺の弁当と交換しよう」
「絶対イヤ」
秒でお断りする以外の選択肢がない。相手がイケメンだろうと、チョココロネは譲りません。自分、眼福欲より食欲優先なので。
「じゃあ、はんぶんこしよう。お前が俺の恋人なら交換すべきだ。恋人とはそういうものなんだよな、明日香」
話を振られた城咲さんは、ぐっと唇を噛み締めている。
「る、留佳のお手製のお弁当と交換ですって……? そんなこと、私もしたことないのにズルいわ! どんな高級料理だって及ばない国宝級の逸品じゃない! それをチョココロネ如きと交換だなんて、不公平にも程がある! 恋人だからって、ここまでの優遇は許されないわ!」
あなたの有瀬留佳至上主義はよくわかったから、私の腿をべちべち叩くのはやめろください。
白魚のような華奢なおててしてらっしゃいますけど、あなた、有瀬くんと渡り合えるだけあってとんでもないバカ力なのよ。普通にとても痛いのよ。文句なら、ご本尊様に仰ってくださいまし。
「城咲さんも、恋人だからってお弁当交換するのは違うって言ってるよ。諦めて」
同じく仲間のバカ力野郎に掴まれてる腕が痺れてきたので、私はチョココロネを落とす前に反対の手に持ち替えて告げた。
「は、半分くれ……ください」
しかし有瀬くん、諦めない。チョココロネを持った反対側の手もしっかり掴んで離さない。
こいつ、どんだけチョココロネ食いたいんだよ。
「イヤ」
とはいえ、当然ながら私の答えは変わらない。
「……じゃあ四分の一、いや十分の一、いや四十分の一だ」
眉間に皺を寄せて、有瀬くんが必死に譲歩してくる。
この人、頭大丈夫なのかな。チョココロネが四十分の一になったら、チョコ部分かパン部分かしか選べないじゃん。そんなのチョココロネじゃないじゃん。
なんかもう可哀想になってきた……くっ、涙まで出てきたじゃないの。
「わかったよ……四十分の一でいいなら……交換するよ……」
涙で目を潤ませながら、私はついに頷いた。
「ちょ、ちょっと! 私は認めないわよ!? 留佳、そんな不利な交換条件に乗ってはダメ! あなたの手作りお弁当は世界文化遺産に指定されてもおかしくないほどの価値があるのよ!?」
城咲さんの抗議など無視して、有瀬くんはチョココロネから雑に一欠片を毟り取った。
えぇー!? まさかのパンの先っちょぉー!?
「有瀬くん、ほんとにそんなとこでいいの!? ただのパンじゃん! チョコ成分皆無だよ!? もうちょっとあげるから、今度はチョコのとこにしなよ!」
私の親切心もさっくりと無視して、有瀬くんは一欠片のパンを口に放り込んだ。
「何言ってんだ、お前。チョココロネは端っこまでチョココロネだろ。何だ、もうちょっとくれるのか? ならもらう」
そう言って彼は、またもやコロネの先端部分を長い指で摘んで引っこ抜いた。
私は肩から脱力した。そうだったね、この人、とてつもなく雑なんだったね……。
結構です結構ですと必死に遠慮し倒したけれど、交換品として、有瀬くんはイチゴグミ二つと麦チョコ五粒と魚肉ソーセージ三欠片くれた。それぞれ別々に食べたら普通に美味しかった。でもせっかくだし混ぜて食べてみよう! とはやっぱりちっとも全く一つも思えなかった。
私が有瀬くんとの物々交換品をもぐもぐしている間、城咲さんは横からこちらを睨み付けながら、グギィーと唸ってハンカチを噛み締めていた。悔しい時にハンカチ噛む人って、リアルで存在したんだね。初めて見たよ。
この二週間でかなりいろんな経験をしたけれど、これからまだまだたくさんの初めてに出会いそうだ。




