19-13 くっさいウンチは選ばれない
「あの、城咲さん……もしや八重樫くんが、知らないと思ってた? 城咲さんが、有瀬くんを追い続けてるって」
「し、知るわけないでしょ!? ウソ、どうして!? ええ……ど、どうしよう? どうしたら……やだもう、そんなのわかるわけないじゃない!? だってついこの前、私のことが好きだって知ったばかりなのよ!?」
焦り狂った様子の城咲さんを見て、私は枕に顔を埋めた。
どうしてじゃないよ。そして、どうしようって何だよ?
知ったばかりって、むしろどうしてこんなに長い間、気付かなかったんだ? どうしてバレてないと思っていたんだ? と問い詰め倒したいよ!
「え、じゃあ八重樫くんは……私が留佳のことを好きだと知りながら、恋人であることを許容していたの? キスした時も、それを許してくれた今も……私が他の人を想ってるって、そう思いながら受け入れてる、ってこと……?」
「そうだよ。どうして、なんて聞かないでね」
呆れすぎて投げやりに答えると、城咲さんはもじもじと私のお古のスウェットに包んだ身を捩らせてこちらに躙り寄ってきた。
「ご、ごめんなさい、柊さん……でも、私にはわからないの。申し訳ないけれど、教えてくれない……?」
この人は、ほんっとーーにもぉぉぉぉ!!
「城咲さんが誰を想ってようが、自分のことなんか見てないってわかってようが、それでも好きだからでしょうが! 自分だって同じことしてるでしょ!? 有瀬くんのことが好きなのに、他の奴に恋人させてるでしょ!? 立場は違えど同じことだよ!」
体を折って顔を寄せて怒鳴ると、城咲さんの大きな瞳が揺れるように煌めいた。
やば、言い過ぎたかも!
慌てて私はベッドを降りて城咲さんの隣に座り、艷やかな髪をナデナデした。
同じシャンプー使ってるのに、この違いは何なんだろう? そりゃ皆、この人を好きになるよね。
外見なんか関係ないってよく言うし、私もそう思いたい。だけど見た目だって、その人の個性の一つなんだ。
道に落ちてるくっさいウンチが実はものすごく性格が良くても見向きもされないだろうし、それに比べたら、そこそこまともな性格したちゃんとした人間の方が好きになってもらえる可能性は高いよね。
くっさいウンチを選ぶ稀有な人が全くいないとは限らないにしても、だ。
「そう……同じ、なのね。でも、私は許容できなくなって、柊さんに八つ当たりしたわ。八重樫くんだっていつかきっと、耐えられなくなる時が来る。私にできるのは、その時に八重樫くんを受け止めることだけ……なのかしら」
やれやれ、と私は肩を落とした。
鈍感なくせに頭が良いと、こんなややこしい考えになっちゃうんだね。
「安心して。八重樫くんは城咲さんにだけは当たらない。城咲さんだって、有瀬くんには当たらなかったでしょ? それに、八重樫くんと城咲さんは同じことしてても大きな違いがあるんだよ」
城咲さんの沈んだ瞳がゆるゆると私を見る。
「城咲さんは後から辛くなるってわかってなかったけど、八重樫くんはちゃんとわかってる。わかってて、城咲さんを受け入れたんだよ。八重樫くんは他の人が好きでもいいから、城咲さんのそばにいたかったの。そこだけはわかってあげてほしいな」
「だったら八重樫くんは、辛くなったらどうするの……? 私に当たることもしないで、全部一人で抱え込むしかないの……?」
城咲さんが、掠れ声で問う。待ってました、と私は笑顔を浮かべた。
「そこで我々、友達の出番ですよ! 大丈夫、私も久月くんも茉絢もいる。皆で泣き喚く八重樫伊吹を全力で慰めるよ。だから城咲さんは何も気にせず、飽きるまでは八重樫くんのそばにいてあげて。それが今の八重樫くんにとって、最高の幸せなんだからさ」
「そ、それでいいの……? 私一人、何もせず甘やかされてるみたいじゃない……」
城咲さんの腕が、私の芋ジャージの袖を掴む。
「いいのいいの、素直に甘えとけばいいんだって。もらった分は、いつか友達が辛い思いしてる時に返せばいいんだよ。友達ってそういうもんじゃん?」
ぽろりと、大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。ダイヤモンドが溢れたのかと思うほど、綺麗な涙だった。
「…………ありがとう、柊さん」
小さく囁かれたお礼の言葉と共に、白い指に掬われたダイヤモンドが液体となって消えていく。
初めて見る城咲さんの泣き顔は、息を飲むほど美しかった。
美人は涙すら輝きのエフェクトになるんだね……ズルいったらないわ。
八重樫くんとの恋人関係についての前提は、ここまで。肝心の問題は、ここからだ。
「城咲さんは……えっとその、やっぱり有瀬くんに知られたくないってことは、あの、初めてのキス、だったんだよね?」
非常に聞きにくい事項ではあるけれども、確認しておかなくては先に進めない。
「そうね。挨拶以外で自分からしたのは初めてね」
「挨拶……? 自分から……?」
事も無げに答えた城咲さんに、私はほぼ単語で疑問を投げかけた。
「私の両親は海外の仕事が多いから、向こうの文化の方が身近なの。初めてのキスは両親よ。生まれたばかりの時に二人で左右からキスしたんですって」
ああ……あの有瀬くんに、平気で頬チューしてましたもんね。あんな恐ろしい真似ができたのも、文化圏の違いのせいでしたか……。
「でも一応は初めて感がある、ってことは特別なキス、ではあったんだよね……?」
「もちろんよ。だから知られたくなくて、留佳にも真央にも志貴にも会いたくなくて、ここに匿ってもらったんじゃない」
城咲さんがギュッとクッションを抱き締めて華奢な身を縮める。
そんな姿もとても美し可愛くて眼福だけれども……んん? 有瀬くんだけじゃないの? どうも私の考えと齟齬がある気がしてきたな?
「ええと、城咲さん。私、ちょっとよくわかんないから、わかりやすく説明してもらえると助かるな」
城咲さんの着たスウェットの肩部分をちょいちょい摘んで、私はお願いしてみた。
すると城咲さんは深々と溜息を吐いた。
「仕方ないわね。恋人相手に鼻チューを提案する柊さんじゃ、わからないのも無理はないわ」
あれ、今もしや、バカにされた?
腕組みすら知らなかったこの人に、恋愛偏差値低いと思われた?
ウソでしょ……信じられない。
誰があなたに恋愛漫画やら恋愛小説やら恋愛ドラマやら貸して、勉強させたと思ってるのよ!? 私だよ!? 私はあなたの師匠なのよ!?




