19-9 未来の私「どうしてあなたはゴミをちゃんとゴミ箱に捨てるの?」
遅刻はギリギリ免れ、新しいコートも赤にしようかなーなどと考えながら浮足立つ気持ちでバイトしていたら、珍しいお客様が現れた。
「いらっしゃませー……っと、茉絢じゃん。ジム帰り?」
競技場で会った時と同じ、グレーのジャージに淡いピンクのダウンコートを着込んだ親友は、固い表情のまま、私のいるレジに真っ直ぐ向かってきた。
「ねえ、城咲さん来てない?」
「来てないよ。どした、何かあった? 城咲さんなら八重樫くんと先に帰ったよね?」
「八重樫くんとは駅で別れたんだって。そこから連絡つかなくなったらしいの。家にも帰ってないみたい。今有瀬くんの家の人と一緒に探してるんだけど、どこにもいないんだよ」
茉絢の不安げな声音を聞くや、私の顔からもバイト用の接客スマイルが失せ消えた。
真央さんは三十分ほど前に来店して、いつもと同じようにガッチョンプリンを四個買って行った。
ということは――城咲さんが本格的に行方不明だと発覚したのは、本当についさっきらしい。
「わ、わかった。こっちに来たら連絡する。久月くんと八重樫くんも、探してるんだよね? 有瀬くんは?」
「有瀬くんも……一応、探してくれてる、けど」
茉絢が言い淀む。
何よ、あの雑。探し方が雑すぎて、アホほど使えないとか?
ありうるなぁ、絶対そんなとこにいないよって場所を漁ってそう。排水溝の中とか、自販機の小銭返却口とか。
「有瀬くんは多分……いつもの時間にここに来ると思うから、ナユもバイト終わったら一緒に探して。それまでに見付かることを祈ってるけど……」
「う、うん……わかった」
歯切れの悪い口調で言葉を紡ぐ茉絢に、私はとにかく頷いた。
「……ナユ、有瀬くんが怖くないの?」
「え?」
問い返して目をやれば、茉絢の眼鏡の向こうの瞳は、暗く揺らいでいた。
「……わたし、怖かったよ。あの時の有瀬くん、何だか人じゃないモノみたいに見えて……人に取り憑いた怪物に遭遇したみたいな感じがして、動けなくなった。久月くんが助けに来てくれたけど、わたしと同じで、何もできなくて。だから、二人で逃げちゃった。ナユを置いて。最低のことしてるってわかってたけど、久月くんがナユなら大丈夫って言うから……でも心配で、でも怖くて」
私はレジから出て、どんどん垂れていく親友の頭をナデナデした。
「あ、あれは寝起きでぼんやりしてただけだったんだよ。ほら、有瀬くんってバカ力じゃん? だから寝ぼけてて加減できなくなってたの、ほんとそれだけ。怖いことなんかないない、気のせい気のせい。大丈夫、思いっ切り噛み付いたら起きたよ。遊佐さんも無事逃がしたし……あーでも、後から文句言われるかも。それはさておき、今の奴の急所は左首だよ! 食い千切る勢いで噛み付いてやったから、軽くチョップ入れるだけで誰でも余裕で倒せるよ!」
本当は大したダメージは与えられていないんだけど、嘘じゃなくて盛っただけだから大丈夫……と自身に向けても必死に弁明すると、茉絢はゆるゆると顔を上げた。
瞳に滞っていた恐怖心は綺麗に消えていて、代わりにいつもの明るい笑顔が迎え撃つ。
「ナユはやっぱ強いね。うん、ナユがいるならわたしも安心だ。おっけー、左首な。抜き身のポン刀でいったるわ」
「首落ちる首落ちる。何だそれ、ただの処刑じゃん」
私も笑って、また捜索に戻るという茉絢を見送った。
そっか……あの時の有瀬くん、茉絢が珍しく涙目になってビビるほど怖かったんだ。
私も怖くなかったわけじゃないけど、でも何とかしなきゃって気持ちの方が勝ってた。怖がってる暇なんかなかったし、怖さより有瀬くんが心配で無我夢中だった。
真央さんの精神鍛錬の成果かなぁ?
まさか有瀬くんの雑に慣れてきて、感覚が麻痺し始めてるせいじゃなかろうな?
だとしたらヤバいじゃん!
いつか本物の恋人ができたとしても、『どうしてこの人はヤバかりし行為でビビらせてこないんだろう?』とか『どうしてこの人はゴミをプレゼントにくれないんだろう?』とか『どうしてこの人の持ち物はずっと本来の形を保っていられるんだろう?』とか、意味不明な疑問を抱いて、ラブラブするどころじゃなくなるかもしれない!
ああ、まだ見ぬ自分の未来が早くも不安だ……。




