19-7 慰謝料でデパコスのチーク買うとこまで想像して耐えた
「で? 本当の恋人なら……続きは何て言いたかったの? 証拠を見せて? それとも、アホ扱いするなんておかしい? ああ、もしかしたら、自分の方が相応しい、とでも言いたかったのかしら?」
遊佐さんに冷ややかな視線を突き刺し、城咲さんはさらに氷の刃みたいな声で切り刻むように冷酷に言葉を吐いた。
「それを決めるのは、あなたじゃない。八重樫くんよ。そして八重樫くんが選んだのは、私なのよ。よくわかったでしょう? くだらない難癖をつけて、どうしても事実から目を逸らしたいようだから、わざわざ教えてあげたのよ。この通り、私と八重樫くんは本物の恋人同士よってね。なぁに? まだ理解できない? だったらもう一度、お見せしてあげましょうか?」
「ししし城咲……も、もういいって……お、俺が保ちません……」
遊佐さんより先にギブアップしたのは、八重樫くんだった。さっきまでの勢いはどこへやら、蹲って小さくまとまっている。
「アホな上にヘタレなのね。ほら立って。学校に戻るの? それとも帰るの?」
「か、帰る……帰ります……送ります……」
「そうしてちょうだい。じゃあ柊さん、吉良さん、私はこのヘタレと先に帰るから、留佳達にも伝えておいてね」
「あ……はい……」
「了解っす……」
抱き合っていた姿勢から腰が砕けたせいでバラバラに崩れ落ちた状態で、私と茉絢は引きつる喉を駆使して何とか答えた。
そして城咲さんは腰が抜けかけた八重樫くんを引っ立てて、さっさと行ってしまった。
…………キス、した。
…………城咲さん、八重樫くんに、キスした。
でも、キスって、そんなに簡単にしていいものじゃなくて。
考え方が違うと言われたらそれまでなんだけど、でもやっぱりこんなのおかしいって、間違ってるって、思わずにはいられなくて。
「…………柊さん、だったわよね」
取り残されて佇んでいた遊佐さんが、低く声を発する。
尻餅をついたような体勢でへたり込んでいた私は、慌ててそちらに顔を向け――るより先に、コートの胸元を引っ掴まれて、無理矢理上向かされた。
「あなた、知ってたの? 伊吹に恋人がいるって。知ってて言わなかったの?」
「え、あの二人が付き合い始めたのは遊佐さんと会った後だし……言うも何も、遊佐さん、そんなこと聞かなかったじゃない」
「はあ? 聞かれなくたって言うべきことでしょ! アタシがダブルデートを提案した時、あなた、全く反対しなかったじゃない! ヘラヘラ笑ってるばっかりで……さては知っててアタシのこと、笑ってたんでしょ!? そうよ、そうに決まってるわ!」
ひええ、これこそ難癖にも程があるでしょ!
この人、自分でどんだけ無茶苦茶なこと言ってるか、理解してんのかな? してないよね?
いやいや、ライバルにフルボッコにされて完敗したからって、手近にいたほんのり顔見知りの平凡女子に八つ当たりしたところで意味ないでしょーが!
「ちょっとやめなよ。ナユをいじめたところで、八重樫くんがあんたを見直すわけないじゃん。ナユだって八重樫くんの友達なんだし、それに八重樫くんは中学からずっと城咲さん一筋だったんだから。そんなみっともない真似するくらいなら、また新しい男探す労力に使いなよ」
腰抜け仲間の茉絢が、冷淡に諌める。
あーこれ、一気に白けた感じだな。さっきまでの口撃戦が白熱していただけに、この支離滅裂な逆ギレは茉絢じゃなくても興醒めするよね。
「何よ、八重樫くん、あんな顔だけの女がずっと好きだったの!? だったらどうしてあの時に教えてくれなかったのよ!? あんな趣味悪い奴をずっと追っかけてたなんて、時間を無駄にしたじゃない!」
胸倉を掴んで喚き立てる遊佐さんに、泣き寝入り上等事なかれ主義な私もイラッとしてきた。
「何で私があんたなんかに八重樫くんの個人情報を教えなきゃいけないのよ? 八重樫くん、見るからに嫌がってたのに、気付きもしないで馴れ馴れしくしてたくせに。私は友達を守っただけだよ。そっちこそ八重樫くんに付き纏って嫌な思いさせてたんでしょ? 頼んでもないのに好きで勝手に追っかけ回してたんだから、時間を無駄にしたなんて文句言われる筋合いないよ」
私にしては、キツいこと言ってるなーと思った。だけど腹が立ったんだから仕方ない。
だって失恋したら、悲しむもんじゃん。恨むことはあっても、先に悲しいって気持ちが湧くもんじゃん。
なのに遊佐さんからは、悲しさなんて一つも感じなかった。ただ怒ってるだけで、失恋したのも全部誰かのせいにして自分は悪くないって自己弁護しようとしてるだけみたいに見えた。
八重樫くんのことも好きだというより、ちょっと素敵な彼氏がほしかっただけなんじゃないかとすら思った。
だから、こんなにあっさり好きだった人を見切ってしまえるんだ。私なら、そんなことできない。
恋にはいろんな形があるけど……人それぞれだとはわかってるけど……私はこの人を、自分と同じ恋する乙女だなんて認めない!
「嫌がってた、ですって!? 少し会った程度で、あんたみたいなバカ女に何がわかるっていうのよ!? なめてんじゃないわよ!」
遊佐さんが片手を離し、振り被る。殴るつもりだとわかっても、私は毅然と構えていた。
来るなら来い!
場所時間状況を茉絢に把握してもらって、きっちり慰謝料請求してやるからね!
とはいえ、やっぱり痛いのは怖いので、咄嗟に目を閉じてしまった。が、いつまで経っても衝撃がやって来ない。
「あ、有瀬くん……」
茉絢の小さく漏らした声で、私は慌ててギュッ閉じしていた瞼を開いた。
すると視界に、固まる遊佐さんの隣に立つ見慣れた長身のイケメンが映る。
「お、おはよう……有瀬くん……」
間抜けな挨拶をすると、有瀬くんは寝起きのせいか、いつもよりぼんやりした顔でこちらを見た。
「おはよう、那由多。これ、何だ? 起きたら那由多が殴られそうになってたから来たけど、那由多は殴られるようなことしたのか?」
「いや、身に覚えはないね……」
「そうか。じゃあこいつが悪いんだな」
「いった……!」
遊佐さんが鋭く悲鳴をあげる。
よく見れば有瀬くんは、遊佐さんの腕を掴んでいた。多分、私を殴ろうと振り上げた方の手だろう。
あれ? 何かものすごく不穏な空気が漂ってる気が……。




