19-6 開戦のゴングは親友の鼻息
私と茉絢は城咲さんと一緒に、その後も両足を素早く動かす八重樫くんに野次に近い声援を送りつつ、楽しく観覧した。
練習が終わるのは、午後四時とのこと。最後まで付き合っても、バイトには余裕で間に合う。
でも結局、ラストランになっても久月くんは戻ってこなかった。要するに、有瀬くんはまだ寝てるってことだ。
ほんとあいつは何しに来たんだ。クソつまんねぇの再確認すらできなかったじゃん。
「し、城咲、来てくれたんだな。ありがとう、差し入れも……超美味しかった。あんなにうまいもの食べたの、初めてだ。も、もしかして、城咲の……て、手作りなのか?」
練習を終えるやチームメイトから離れて、転がりそうになりながら走り寄ってきた八重樫くんが、城咲さんにお礼を言う。
隣にいる私と茉絢は完全にスルーですよ。ま、いいけど。
「ああ、あれはメロリーカイトっていうのよ。知らなかった? コンビニにもスーパーにも売ってるから、気に入ったなら買ってみるといいわ。でも良かった、差し入れなんて初めてだったのよね。手作り……といえば手作りになるのかしら? ちょっと私にもよくわからないわ。柊さん達はどう思う?」
城咲さんに振られた私と茉絢は、二人で向かい合い、手作りの範囲についてあれこれ議論を開始した。
うーん、詰めるのは一応手作業だと思うから、広い意味では手作りと呼んで差し支えないんじゃないかなぁ?
加工食品に関しては原材料の重量が高い産地が優先的に記載されるって茉絢は主張するけど、それだと手を加えた城咲さんの体重が勝って手作り優先になるよね?
というかこの議論、意味あんの? 私達、何の話させられてるの?
「ちょっと伊吹! その人、誰なの!?」
討論の意義に疑問を抱き始めたところで、ついにおいでなすった。荒ぶる遊佐さんの登場だ。
ふとハスハスという謎の呼吸音が聞こえて振り向けば、茉絢が眼鏡を眼光で吹き飛ばさんばかりに目を輝かせている。
え……茉絢ってば、まさかこの人から罵詈雑言を聞くために煽ったの?
もー、以心伝心かと思ってたのに全然違うじゃん! 確かに良い罵詈雑言を吐きそうな逸材っぽくはあるけれども!
「あなたこそ誰よ。気になるなら、わざわざ八重樫くんを介さずに私に直接聞いたら?」
ほう、戦闘民族の脳筋かと思えば城咲明日香、腕力だけでなく口も強そうだ。これは良き舌戦が期待できる……ってバカバカ! 私まで茉絢に毒されてどうするのよ!?
「ああそう、失礼したわね。アタシは遊佐小町。伊吹と同じクラスで同じ陸上部よ。学校では彼といつも一緒にいて、仲良くしてるの。よろしくね」
「私は城咲明日香よ。あなたみたいな失礼な人とよろしくする気は一切ないわ。どうしてもよろしくしたいと言うなら、目障りだからとっとと消えてほしいという願いを叶えてくれるかしら?」
「あら、無理によろしくしてくださらなくても結構よ。初対面でいきなり目障りだとか消えろだとか、怖いこと言うのねぇ。何がそんなに気に入らないのかわからないけど、嫌ならあなたが去ればいいんじゃない?」
「鬱陶しい物言いをするわね。八重樫くんと本当に仲が良いの? あなたみたいに遠回しな言い方してたら、八重樫くんには挨拶も通じないでしょ。知らないようだから教えてあげるけど、八重樫くんはとんでもなくアホなのよ。言いたいことはきちんと言った方がいいと思うわ」
婉曲な嫌味で攻める遊佐。
直接打撃を繰り出す城咲。
今のところ、城咲さんが優勢だよね。どうも嫌味があんまり効いてないっぽいし、何だこの面倒臭い奴ってくらいの認識しかなさそうだもん。
恋人を横取りしようとしてるライバルだと気付いたら、どうなっちゃうんだろ……。
私と茉絢は手を握り合いながら、二人の動向をハラハラと見守った。八重樫くんも私達の手を握って加わろうとしてきたけど、茉絢と左右から膝カックンして追い払った。
お前が参加すべきなのはこっちじゃないだろ! 向こうに行って仲裁しろっての!
「アホとは何よ!? あなた、何様なの!? 伊吹の何を知ってるっていうのよ!?」
「さっき名乗ったでしょ。城咲明日香様よ。アホという以外特に何も知らないけれど、八重樫くんとは中学の同級生で、今は恋人よ」
さらりと事実を告げると、城咲さんは絶句する遊佐さんから八重樫くんの方へと視線を向けた。
「八重樫くんはこの後どうするの? 学校に戻らなきゃならないなら、私は柊さん達と帰るわ。今日はこのくらいでいいでしょ」
「えっ……ああ、うん……いやでも」
「このくらいって何よ?」
城咲さんの言葉尻を鋭く捉え、遊佐さんが目を釣り上げる。
「恋人だとか言いながら、契約でもしてんの? 何も知らないって、もしかしてそういうこと? へえ、あなた、伊吹を利用してるんだ? どういう経緯かは知らないけど、伊吹を都合良く恋人役にしてるだけなんでしょ?」
今度は、城咲さんが眉を寄せる番だった。
「伊吹は優しいから、きっと断れなかったんだよね? 本当は嫌なのに、我慢してるのよね? 何よ、こんな奴。顔が綺麗なだけのとんだクズじゃない。伊吹のこと、何だと思ってるのよ? 自分勝手に人を利用して、何が恋人よ!? あんたなんか恋人でも何でもないわ! 本当の恋人なら」
「うるせえんだよ!」
さすがに黙ってられない、と口を開きかけたその時、怒鳴り声が轟いた。
茉絢と抱き合って飛び上がると、遊佐さんと城咲さんの間を隔てるように長身の人物が割って入る。八重樫くんだ。
え、まさか……今の怒声、八重樫くんなの!?
「城咲は俺を利用なんてしねぇよ! したとしても、俺は喜んで受け入れる! 城咲が喜ぶなら、俺は何でもするし何されても構わねえんだよ! いちいち口出しするんじゃねえ! お前こそ何様なんだよ!」
剣幕に押されて、私と茉絢はお互いの体を掴み合ったまま固まってしまった。遊佐さんも、凍り付いている。
唯一、城咲さんだけが動いた。
「八重樫くん、ちょっとこっち向いて」
「え、何」
素直に城咲さんの方へと顔を向けた八重樫くんに、城咲さんは軽く爪先立ちをして――自分の唇で、彼の唇に触れた。
…………何が起こったのか、咄嗟に理解できなかった。




