19-4 束の間の幸せはマグロに食べられてしまいました
ところが一時間後――私は泣いていた。
じわりじわりと己を苛み始めた苦痛の中、ありがた迷惑という言葉を噛み締めてひたすら泣いていた。
「え、那由多ちゃん、何してんの?」
「うぇぇぇん……久月くぅん、助けて……! も、もう足が痺れて限界……!」
待ち焦がれた救世主、久月くんの到来に、私は苦し嬉し泣きで頬を濡らした。
マグロの時よりマシとはいえ、腿の感覚は既にない。あのマグロがトラウマすぎて、このまままた朝まで放置されるんじゃないかって恐怖を覚え始めてたんだよ……もうほんとマグロは嫌だ、マグロは怖い、マグロだけは勘弁してほしい。
どれだけ美しくたって、重量的にはスイカ乗せてるのと変わらないもん。外見関係なく、重いもんは重いの!
「そんなもん、さっさと蹴り落として放置しとけば良かったのに。どうせ地面に叩き付けられたって起きないよ」
久月くんは苦笑いしながら、有瀬くんの頭を無造作に持ち上げて私を解放してくれた。
「イヤだよ! 打ちどころ悪くて死んだら大変じゃん! それに置いてったら、誰かにイタズラされたり誘拐されたりするかもしれないでしょ!」
「あー……まぁね。顔に落書きくらいはされてるかもね。それはそれで面白いと思うけど」
「そうじゃなくてさぁ……」
ベンチを横にズレて、痺れた腿の感覚が戻るのを待ちながら、私は深々と溜息をついた。
イタズラって、そんな子どもじみたことばっかりじゃないでしょ……度が過ぎた悪ふざけとか、性的なのとかもあるじゃん? 久月くんも有瀬くん達と同じで、そういう系には疎いのかな?
「なぁに、那由多ちゃん。留佳が寝てる隙に変なことしようとしてたの?」
久月くんがニヤニヤ顔で久月くんが問う。
前言撤回、こいつ疎くない。むしろ鋭い。アホっぽい発言したのもわざとだった!
「し、しないよ! するわけないじゃん!」
「やれば良かったのに。寝てたって、刺激すれば立つよ?」
「何の話してんの!? 清純な女子高生にいかがわしいこと言わないでくれる!?」
「何だ、いかがわしい話だってわかってるんじゃない。今からでもやってみる? 僕、向こうに戻ろうか?」
久月くんはもう半分笑い声、私はほぼ泣き声だ。
ああ……ダメだ。どんどん墓穴を掘っていく。このまま久月くんと話してたら、埋め立てられて墓標まで立てられそう!
「戻らなくていい! 私が交代で行くから、久月くんはそこで有瀬くんのオヤスミ番しといて!」
「はいはーい、任された。ここ真っ直ぐ行ったとこにいる赤いジャケの男の人に一声かけて。あれ、バンコーの先生だから」
「わかった、ありがとう……っと、ちょい待って」
痺れの収まった腿で立ち上がる前に、私はスクバから学校で使ってる膝掛けを取り出した。
「これ、枕代わりに有瀬くんの頭の下に敷いといてあげて。さすがに頭部ベンチ直起きは可哀想だから」
久月くんは膝掛けを受け取ると、ふふっと淡く笑みを零した。
「那由多ちゃんは優しいね。ありがとう、留佳の頭がこれ以上悪くならないように保護しとくよ」
「久月くんが膝枕してくれるともっといいんだけどなー」
「留佳にしたくない行為トップテン入りするね。絶対やりません」
期待を込めて言ってみたけど、あっさり却下された。
絵になると思うんだけどなー。撮影してスマホの待ち受けにしたかったのに……そんな気持ちまで読まれてるのかもしれない。
久月くん、本当に何でもお見通しだからなぁ。千里眼の持ち主なんじゃないかって、時々怖くなるわ。




