18-4 私は地縛霊になりたい
有瀬くんも、ずっと正体不明のモヤモヤを感じていたのかもしれない。未知の感覚に、内心藻掻いていたのかもしれない。
認めたくなくて、逃げ続けてた私と同じように。
諦めたように吐いた息が、すぐ目の前にある有瀬くんの姿を霞ませる。そのまま消えてしまうんじゃないかと怯えて、だけど消えてくれたらいいのにとも小さく思った。
そうだよね……いつまでも立ち止まってちゃいけない。
どれだけ居心地が良くても、ここは偽りの場所だ。与えられるばかりの立場に、甘んじていてはいけない。
抜け出せない迷宮の終わりを、袋小路を、きちんと見極めなきゃ。
せめて浮遊霊から地縛霊になりたい。浮遊霊はたださ迷うしかできないけれど、地縛霊には居場所があるから。たとえそれが茨の中でも。
「……八重樫くんは有瀬くんも聞いた通り、城咲さんが好きなんだよ。好きっていうのは、恋人になりたいってことね。だけど城咲さんは、八重樫くんのこと好きってわけじゃないじゃん。私が複雑に感じるのは、そこなの。城咲さんは八重樫くんの恋人になりたかったわけじゃないのに、恋人になったんだよ。城咲さんの気持ちは、ずっと一番近くにいる有瀬くんならよくわかるでしょ?」
諭すように言っても、有瀬くんの表情は変わらなかった。
ああもう、ちっとも理解してなさそう。本当に赤ちゃんだな!
「うーん……今はわかんなくても、いつかその内わかるよ。でも、これだけは言えるかな」
説明はもう投げることにして、有瀬くんのポケットからそっと手を抜いた。
凍える空気に晒した右手から、悲しいほど急速にあたたかな体温の残滓が消えていく。その手を伸ばして、私は有瀬くんの頭を撫でた。
「有瀬くんはきっと幸せになる。今よりずっと、幸せになるよ。だから何の心配もいらない。怖くなっても不安になっても、私がずっとそばについてるよ。何があっても、私は有瀬くんの味方だからね」
呆然とこちらを見る有瀬くんの背後で、彼を飾るように幾千の星が輝いている。
手が届きそうなほど明るく輝いて見えても、星との距離が縮まるわけじゃない。目の前の一等星は、どんな星より遠い。
近付くほど、遥かな隔たりを思い知るだけだ。
「…………よくわからないけど、那由多はずっとそばにいて、俺は幸せになるんだな。ならいい」
有瀬くんがやっと声を発すると、私は掴まれたままの肩をがっくり落とした。
えらいざっくりまとめよったわね。いくら何でも雑すぎるでしょ……。
「俺は那由多が好きだからな」
が、次にさらりと告げられた言葉に、項垂れた肩が大きく揺らいだ。
「……何て?」
「俺は那由多のことがちゃんと好きだって言ったんだ。那由多は違うのか?」
有瀬くんが繰り返して問い返す。
ああ……何なの、これ。
やばい、もう何もかもが意味不明すぎる。いろんなものが一気に溢れてきて……無理、無理無理無理! こんなの、我慢できない……!
「ぶふぉああっ! な、何でこの流れ!? 今言うことじゃなくない!? 何もかもおかしいじゃん!」
盛大に噴き出すや、私はゲラゲラ笑った。笑って笑って、もう止まらない。
へー、泣きに突出した私にもゲラ要素あったんだ……って己の隠された一面を知って感心してる場合じゃないって! 腹筋死ぬ死ぬ!
「むしろ今言うことだろ。明日香と八重樫が好き同士じゃないから心配してたんだろ? 俺と那由多は心配いらない。好き同士だから。俺はこの流れで笑う那由多の方がおかしいと思う。笑うとこどこにあった? それより、那由多も俺のこと好きなんだよな? 体育祭の時に言ってたし、無理させたけど嫌いにならないって言ったし、大丈夫だよな?」
生真面目な顔で言うなっての! ますます笑いに拍車がかかるでしょーが!
でも……うん、言いたいことはわかった。有瀬くんがいきなり好きだなんてぶっ放した理由も。
そうだよね。恋人を安心させるのも、恋人の役目なんだもんね。
「ご、ごめん……唐突すぎて頭から腹筋に直で響いたらしい……っ、う、うん、私も有瀬くんが好きだよ……っぐふぁっ!」
自分の言葉でまた噴いて、今度は涙も噴いて、もうほんと何が何だかな状態になってる私に、有瀬くんは手を伸べた。
「そうか、じゃあ問題ないな。複雑も解決だ」
雑すぎる結論に、また笑った。
手を掴まれて無理矢理ポケットに捩じ込まれても、それがちゃんとポケット手繋ぎになってたこともおかしくておかしくて、私は笑った。涙を流して笑い続けた。
たとえ自分の求める好きじゃないとしても、好きな人に好きって言ってもらえたことが嬉しくて。
だけど私達の好きには大きな違いがあって、全然通じ合ってないんだと伝わらないことが悲しくて。
ひたすら笑って、ひたすら泣いた。
あーあ、これが私の人生初の告白かぁ……。
間違いなく黒歴史確定、早くも現在堂々一位にランクインだよ。
それでも、言えたことに満足してる自分もいる。
こんなふうに冗談っぽく笑って流せる状況を力技で作らなきゃ、きっと一生言えなかっただろうから。




