18-3 冬の夜空より綺麗で遠くて
「那由多、いちいち電車乗って帰るの面倒臭くないか? 家に泊まってけばいいのに」
電車に乗ると、有瀬くんが隣の席からこちらを軽く見下ろして言った。
伏し目がちの物憂げな眼差し、やっぱいいよね。エロ憂い、略してエレい……ってそれより近くで見れば見るほどやばいな、このモッズコート。どこの最前線で爆撃受けてきたんだよ。
きっといろいろやらかしたんだろうけど、聞きたくないし知りたくないからスルーしとこ。
「イヤだよ、泊まらないよ。マグロの下敷きになるなんてもう懲り懲りだよ。あの絶望感をまた味わうくらいなら、交通機関が麻痺しようと這ってでも帰るよ」
モッズコートに突っ込む代わりに、私は先の申し出をきっぱりとお断りさせていただいた。
有瀬家にリトライ宿泊なんてとんでもない。泣くわ泣かされるわ、嘘つくことになるわ踏まれるわ陥れられるわで、散々だったもん。
いくら私がバカでも、あれだけ痛い目に遭えば学ぶわ。火に触れば火傷する、有瀬家に泊まるとろくでもないことになるってね。
「今度は起こされたら起きる……かもしれない……と思わなくもなくもない」
「不透明に濁して閻魔さんセキュリティかけてんじゃないよ。泊まらないっつってんでしょ。有瀬くんの方こそ面倒臭いと思うなら、わざわざ家まで送らなくていいんだよ? 恋人の使命で送るにしたって、駅までで十分じゃん」
そう、何故か有瀬くんは駅までじゃなくてしっかり家まで送ってくれるのである。
定期があるから電車賃の負担はないといっても、ここでも時間を無駄に使うことになる。これが週一くらいならわかるけど、毎日だよ、毎日。
うーん、恋人は家まで送らなきゃならないみたいな漫画、貸したっけ?
送迎シーンがあるやつだと、八割ほどのヒロインが家まで送ってもらってたような気がするけど、あんまり意識したことなかったな。今度読み返して、統計取ってみよ。
そんなどうでも良いことを考えていたら、有瀬くんはさも心外と言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「面倒臭いなんて思ってない。俺は面倒臭がりじゃないからな」
!?
…………驚きすぎて、心まで声を失うって初めて経験したかも。
「えっ……あ、うん、そうかな……そうなのかもね……? あ、もう着くよ」
曖昧に誤魔化し、私は有瀬くんを促して電車を降りた。
まじかぁ……雑の自覚もなければ、面倒臭がりの自覚もないのかぁ。あんなに面倒臭い面倒臭い連発してるのに、意識してなかったかぁ……。
「那由多、手」
駅を出たところで、有瀬くんが短く告げる。
渋々、私は有瀬くんの何とか燃焼だけは免れましたといったレベルのモッズコートのポケットに手を入れた。どうやら最近、ポケット手繋ぎというやつを覚えたようで、バイトの帰り道に試したがるんだよね。
でも、私が知ってるのとは大分違うんだ……。
ポケット手繋ぎって、主に彼氏のポケットに二人で繋いだ手を入れる行為よね? なのに有瀬くん、何をどう勘違いしたのか、お互いのポケットに手を突っ込み合わせるんだよ。
何なんだろうね、これ。歩きにくいし、絵面が意味不明だし、手繋ぎ要素どこにもないし、これなら自分のポケットに手を入れて歩く方がマシじゃない? 腕組みを盛大に間違ってた城咲さんと同レベルよね。
城咲さん、か……。
「ねえ、有瀬くん」
「何だ、那由多」
「城咲さんのこと、本当にいいの? 八重樫くんと恋人になっちゃったけど、有瀬くんは何とも思わないの?」
あの時、ちゃんと有瀬くんの気持ちを聞けなかったから、私はもう一度、改めて尋ねてみた。
「那由多は嫌なのか?」
「ちょっと、聞いてるのは私なんだけど。質問に質問を返すのはルール違反だよ。質問したいなら、答えてから質問するんだね」
早口で諌めると、有瀬くんは冬の冷えた夜気に冴え冴えと映える美貌を、白い吐息で彩りながら答えた。
「俺は何とも思わない。明日香がいいならいいんじゃないか」
「……そっか」
素っ気ない返事からは、やっぱり有瀬くんの心は見えない。
溜息をマフラーに吸い込ませて、私は夜空を仰いだ。
冬の星は本当に綺麗だ。怖いくらいに澄んだ輝きに、吸い込まれそうになる。
寒いと光がよく届くから、みたいな話を聞いたことがある。それでも、今隣にいる存在には及ばないんじゃないかと思った。
外見以上に、自分の心持ち的に。
「で、那由多は嫌なのか?」
質問が戻ってくる。
てっきり受け流し目的で適当に口にしただけだと思ってたのに、答えなきゃなんないのか。
「どうだろ……複雑だなぁ。八重樫くんを応援したい気持ちはあるんだけどね」
微妙な胸中を吐き出すと、有瀬くんは急に立ち止まり、ぐるりと体ごとこちらを向いた。
「ちょちょちょ、肘関節が肘関節が肘関節が! ポケットに手ぇ入れてんだから、いきなり方向転換しないで! いくら存在感が薄いっつっても、今だけは私の手と腕の存在を忘れないでほしいな!?」
「何で那由多が複雑になるんだ。八重樫は明日香の恋人、明日香の恋人は八重樫、何も複雑じゃねぇだろ」
こちらの非難をまるっと無視して、有瀬くんは私のポケットから手を引っこ抜いて両肩を掴み、不快感を剥き出しにして凄んできた。
ちょっとちょっと、私の回答の何が気に入らなかったっていうの!?
……と抗議しかけて、はっとした。
もしや私の言葉が、有瀬くんの本心を刺激してしまった、のかも。




