18-1 ポケットティッシュまるっと食べた
ついに今年最後の月、十二月になった。
肌に当たる空気は刃物みたいに冷たく痛く、木枯らしはその名の通り木の葉を根こそぎ噴き落として景色をより寒々しくすると、満足して去っていった。
あーやだやだ、ここまでくると魂枯らしよね。はあ、あの灼熱の夏が恋しいよ……夏はこの季節が待ち遠しかったのにね。人間って、ほんとワガママな生き物だわ。
期末試験が終わると、私はいよいよ本格的に活動開始した。
何って、コンビニのアルバイトですよ! 無事、本採用になったの!
門倉オーナーにそれを告げられた瞬間、喜びのあまり泣きながらハカを踊ったよね! 中学の体育祭で踊った以来だから、うろ覚えだったけど!
門倉さんにお願いして、二十三日までは毎日シフトを入れてもらった。平日は午後六時から午後九時まで、土日は午前九時から午後六時まで。
これならケーキ分に加えて、新しいコートも買えちゃうよ!
ちょっと大人っぽいのが欲しいと思ってたんだよねー。だって周りの子達の冬の装い、何だか皆素敵なんだもん。
茉絢の白いショートダッフルはめちゃくちゃ可愛いし、梨奈ちゃんのファー付きのミリタリーコートはカッコイイし、城咲さんのお高そうなピーコートはシルエットが美しすぎるしマフラーとのコーデが毎日センス抜群で見惚れちゃうし、何より有瀬くんよ。
タケノコばりに育ったせいで新調したっていうチェスターコート姿がまたイカすんだわ。
ただでさえイケメンだというのに、コート着た有瀬くんのいる場所だけ映画のワンシーンみたいになるんだよね。やばいよね。
なのにぼけーっとした顔でもそもそお菓子食ってるから、台無しなんだよね。ちょっとは控えて、まともに眼福を与えてくれよって思うよね。
「何だ、那由多。いくら恋人でもこれはやらねーぞ。那由多だってただではくれなかっただろ。引き換えの品があるなら、四十分の一は考慮してやってもいい」
私の白けた視線に気付いたようで、有瀬くんは切れ上がる眦をさらに鋭くつり上げて、手にしたビニール袋をさっと反対側に避けた。念願叶って手に入れた購買のチョココロネが、余程嬉しいらしい。
いらないっての。
あの超面倒臭がりでぐうたらまっしぐらな有瀬くんが、わざわざ昼の混雑した購買まで出向いて買いに行って、あの本能の赴くままに何でも食らい尽くす有瀬くんが、放課後まで取っとくほど楽しみにしてた品を奪うほど命知らずじゃないよ。
お腹空いたっつってティッシュ食べ始めた時は、ドン引きしすぎて地底に沈んだ心地になったわ。高級ティッシュは甘いんだってさ。
知らんわどうでもいいわ、イケメン無駄遣いすんな。ティッシュ食うイケメンなんか、二度と見たくないよ。
バイトが始まってから、私は毎日有瀬くんと下校するようになった。
バイト先まで送ってもらっている……というより有瀬くんの帰り道と被るから、ついでに一緒に電車に乗って移動してるというだけだ。
「じゃあまた来る」
コンビニに到着すると、有瀬くんはそれだけ告げて、すたすたと長い足で家のある方向へ歩いていった。
来なくていいんだけどなぁ……むしろ来てほしくないんだけどなぁ……。
溜息を飲み込み、私は入店して挨拶して制服に着替えて出勤登録すると、本日の勤務に就いた。
「柊さん、もうほぼ完璧だよね。覚えが早くて助かるよー。やっぱ若いっていいよね、羨ましいなぁ」
夕方のラッシュを終えたところで、坂口さんが眩しい笑顔で褒めてくれた。
坂口さんは日中は医療事務、終わったらこのコンビニで働くっていうダブルワークしてるんだって。
それが、来年に控えた結婚資金のためだっていうじゃない。
こんなにも輝いて見えるのは、内側溢れる幸せパワーのせいだったのかーって納得したよね。
「そんなことないですよ。私なんかまだまだですって、今日もチケ販売で手間取っちゃったし。私こそ坂口さんが羨ましいですよ……綺麗だしスタイル良いし、メイクもバッチリキマってるし。私が坂口さんみたいな輝くレディになれる未来なんて、きっと永久に来やしませんよ……」
謙遜しつつ、嘘偽りない本音が漏れた。
私みたいな平凡ちゃんのどこをどう磨いたらこんな大人レディになれるのか、教えてほしい。なれなくても近付けるようになりたいもんだよ。
「柊さーん、お疲れ様ー」
お客様が途切れたので坂口さんはウォークインに在庫整理、そして私はレジを見ながら品出しやら前陳やらに勤しんでいたところ、入店音と共に澄んだ声に名前を呼ばれた。
「わあ、城咲さん、いらっしゃいませー。八重樫くんもしゃーせー」
前半は明るく、後半はやる気皆無で挨拶を返す。
「おい、何か城咲と俺とで落差なかったか? あったよな? ひどくない!? 俺差別だ!」
「言いがかりはやめてくださーい。何も買わないならお客様じゃないので、速やかに立ち去ってくださーい」
食って掛かろうとした八重樫くんをシッシッと手の甲であしらうと、私は改めて城咲さんに視線を向けた。今日もレジ横で、ホットドリンクを選んでいる。
「ねえ、このジャスミンハニーティーって新商品?」
「昨日なかったからそうなんじゃないかな。結構人気あるみたいよ。私がレジ入ってからも何人か買ってったし」
お客様のご要望にお応えし、拙いながらも私は説明した。おお、コンビニクルーっぽくなってきたかも!
「気になるわね、今日はこれにしようかしら。八重樫くんはいつものでいいの? たまには違うの買ったら?」
「えっ、うーん、じゃあ今日は城咲と同じのにしてみよう、かな……」
背後に立つ八重樫くんの返事を受けて、城咲さんはたおやかな手に二つのミニペットボトルを取った。
「柊さん、レジお願い。アメリカンドッグも二つね」
「はーい」
「ま、待ってくれ! 今日こそ俺が出す! いつも買ってもらってばっかで悪いし!」
スマホで決済しようとした城咲さんを遮るようにして、八重樫くんが横入りしてくる。すると城咲さんの美し麗しい顔が、一気に闇堕ちした。
「はあ? 私が買ってやるって言ってるでしょ? あなた、金欠だって言ってたじゃない。私の親切を無碍にする気? そんなことしたらどうなるか、わかってるんでしょうね?」
その目は、とても彼氏を見るものじゃなかった。その声は、とても彼氏にかけるものじゃなかった。
殺意すら滲ませた表情に、レジにいた私も凍った。
「は、はいっ! ありがたくちょうだいいたしますっ!」
殺意の槍に突き刺されて半泣きになりながらも、八重樫くんは元気良く答えた。
無事に支払いを終えると城咲さんの闇化は解かれ、二人は店を出て行った。
城咲さんの後をすごすごついていく八重樫くんを見送り、私は溜息をついた。
何か姫と従者みたいになってるよね……あちらの疑似恋人同士もコレジャナイ感満載だなぁ。
とはいえ、八重樫くんは部活の後に会う時間を作ってるし、城咲さんは学校が終わったらバンコー近くのカフェで彼が来るまで待ってるらしい。コンビニを出た後は、近くの公園で語らうんだとか。
どれもこれも城咲さんからの提案だっていうけど……少女漫画を参考に恋人らしいことしようと頑張ってるのはわかる。わかるんだけど……でもどうにもこうにも恋人っぽくならないのはそちらも同じみたいね。
有瀬くんと城咲さん、本当に似た者同士だなぁ。




