17-16 羊羹味のレモンか、レモン味の羊羹か
「聞いてよ、留佳! 八重樫くんったら、中学の時から留佳のことが好きだったんですって! 私の目を盗んで横恋慕しようとしてたのよ!」
城咲さんが有瀬くんに掴み掛かる。
「羊羹レモン? レモン羊羹じゃなくて?」
有瀬くんが首を傾げる。
「だから違うっつってんだろぉぉぉ!?」
「つまり、留佳の恋人の座を狙ってたってことよ! 八重樫くんは留佳と恋人になりたかったのよ! いいえ、今もなりたいのよ!」
八重樫くんの悲痛な叫びを無視して、城咲さんは掴んだ有瀬くんの襟首をガクガク揺らした。
ねえ、間に私も挟まってんだけど? 私も一緒に揺らされてんだけど?
「八重樫、悪いけど無理だ。那由多がいなくても無理だ。お前とだけは無理だ。恋人にならないと世界が滅ぶと言われても無理だ。とにかく無理だ。どうしても無理だ。何があっても無理だ。無理なものは無理だ」
すると有瀬くんは、眉を寄せて一気に言葉を吐いた。
すげー……あの有瀬くんが全力拒否したよ。
雑由来の面倒臭がり性で、なるべく短文で返答しがちな有瀬くんが! お腹減ったら草でも石でも食べる有瀬くんが! 着るとこなくなったボロ布以下でも着る有瀬くんが! 雨露一切凌げない骨組みの成れの果てを傘と言い張って使い続ける有瀬くんが!
「有瀬ぇぇぇ、てめぇまじふざけんなよぉぉぉ!? 何で告ってもねぇのに俺がフラれる結末になってんだよ!? 何より俺が好きなのはお前なんかじゃねぇんだよぉぉぉ!」
八重樫くんが泣き叫ぶ。
そろそろ周りの迷惑になるから、ボリューム落としてほしいな。
「だって明日香が」
と、有瀬くん。
「だって紅くんが」
と、城咲さん。
「だって八重樫が」
と、久月くん。
「だってじゃねぇよ、久月! 俺は有瀬が好きだなんて一度たりとも言ったことねぇぞ!? お前だって知ってんだろ、俺が好きなのは城咲だって! 俺は城咲が好きなんだよ! どこをどう勘違いしたら有瀬に……え?」
はい、八重樫くん、アウトー。あーあ、言っちゃった……。
久月くん、誘導成功して悪い笑み浮かべてるなぁ。隣の茉絢も負けてないけどね。
何なの、あの二人。そこだけ魔界みたいになってるよ。
って、それどころじゃない!
今一番重要なのは、城咲さんの反応よ!!
「城咲って、もしかして私? 八重樫くん、私のことが好きだったの?」
手を離して有瀬くんと私を解放し、城咲さんはどストレートのど直球で八重樫くんに問い質した。
「えぅ……その……はい……そうです……」
もう言い逃れはできない。下手に言い繕えば、さらにおかしな誤解をされてしまう。
アホなりにそこは理解できたようで、八重樫くんはか細い声で肯定すると、真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。
「そうだったの。意外ね。どこが良かったの?」
が、城咲さんは冷めかけたピザを口に運びながら、他人事みたいに尋ねた。
「えっ!? ど、どこって……全部いいんだけど……」
激しく動揺する八重樫くんを見てると、私もハラハラしてきた。
そんな緊張感の中で有瀬くんや、私の体をあちこちぱしぱし叩くのはやめておくれ。叩いてもお菓子はもう出てこないよ。隠し持ってたとしても、ポケットのビスケットが増える歌じゃないんだから、叩いたって変わらないよ。
それにあの歌、そんな不思議なポケットがほしいってオチだからね。
「顔が好みとか?」
城咲さんが具体例を挙げる。
八重樫くんは慌てたように首を横に振って、あわあわした。私まであわあわした。
ところで、おい有瀬。叩いても何も出て来なかったからって人の襟首掴んで揺らすな。さっき一緒に揺らされた時も何も出て来なかったでしょ!? もう何も持ってないっつってんだろうが!
「や、も、もちろん顔も良いんだけど……その、それより性格っていうか……好きなことに一生懸命なとことか……興味持ったら全力なとことか。実はちょっと抜けてるとことか……感覚が微妙にズレてるとことか……いっぱい……あります……っ!」
「ふーん……」
城咲さんは値踏みするように、赤く染まった八重樫くんを睨め倒してから、吐息と共に告げた。
「いいわ。じゃあ私が恋人になってあげる」
――――その時、皆の時間が止まった。
な、ん、で、す、と…………?
「え? え、え?」
一番訳がわからなくなっていたのは、当の八重樫くんだろう。泣き笑いの顔で、赤くなったり青くなったりしている。
「何よ、不満なの? 八重樫くん、私のことが好きなんでしょ? 嬉しくないの? 微妙な反応して、腹立つわね」
「いや、俺は嬉しいけど……死ぬほど嬉しいけど……嬉しすぎて死にたくないってくらい嬉しいけど……でも城咲はいいのか? だって、その」
「いいのよ」
ふっと大人びた笑みを浮かべてから、城咲さんはキラリと大きな目を輝かせた。
「モブ女子として以上に、私自身が成長した方がいいと思うのよね! 恋愛の何たるかを知って学んだ方がいいって、柊さんも言ってくれたもの! この機会に私も勉強するわ、恋人というものを!」
随分前にそんなようなことを言ったような気がしなくもないなぁ……城咲さん、よく覚えてたね。さすが才女だわ。
って、感心してる場合か!
「あ、有瀬くん、いいの? 城咲さんが八重樫くんの恋人になっちゃうよ?」
縋り付くように、私は有瀬くんに向き直った。
「もう取り込み中は終わったのか? パフェ注文していいか?」
けれど有瀬くんはいつもの調子で、いつもの何も考えてなさそうな顔で、いつものようにさっくりとズレにズレた返答をするのみだった。
いまだ恋愛の概念が芽生えていないせいで、二人の会話が理解できなかったのか。それとも閻魔さんを恐れて、思うところがあっても言えなかったのか。
有瀬くんの様子からは全く窺えず、私には判断しかねた。




