17-14 Q.イケメンでもレモン汁は目にしみるの?
「留佳、落ち着け。那由多ちゃんは要するに、無茶振りされたらちゃんと断るのも恋人だって言いたかったんだよ」
まだ安心ならないとジャージを掴んだままポテトを食べようとしたところで、久月くんがやっと助け舟を出してくれた。
「三万って、高校生にとっては大金じゃない。留佳に悪気がなかったとしても、那由多ちゃんにとっては大きな負担になるんだよ? そういうところを思いやって無理させないようにするのも、恋人として大事なんじゃないかな?」
久月くん、めちゃくちゃいいこと言ってくれてる……! でもそう思うなら、どうして止めずに乗ったんだと小一時間、否、二十四時間ほど問い詰めたい……!
有瀬くんは苦笑いする久月くんと涙目の私とに交互に視線を送っていたけれど、やがて口を開いた。
「那由多、負担だった? 無理させたか?」
問われたので、素直に頷いた。
もう予約した後だし乗っちゃった皆もいるし、場の空気的にはそんなことないよーって笑って受け流すべきだったんだろうけど、ここでそんな空気読み発言したら有瀬くんはきっとそれも真に受ける。
それこそ潤奈叔母さんが不安視してた、都合の良い金づる女になりかねない。
「……そうか。ごめんなさい、悪かった。俺払う。予約票、もらう」
見るからに落ち込んだ様子で、有瀬くんが手を差し出す。
んああ、何だこの感情……可哀想なのは私だったはずなのに、一気に逆転したわ。
そうだよね、有瀬くんは赤ちゃんなんだもんね。絵本の世界が本物だと信じて、呪文を書いた紙飛行機を飛ばしたら不思議なことが起こるんだって思っちゃうし、人魚姫みたいに足を得るために声も捨てれば王子を救うために命も捨てるよね。
超絶イケメンDKな見た目に惑わされて、子育て代行中だってことを忘れてたわ。
「だ、大丈夫。今回は私が払うよ。はっきり無理だって言わなかった私も悪かったもん」
「やっぱり無理させてたんだな……せめて半分払う……」
「いいっていいって。おかげでバイト先も見つかったし! 高校生になったらバイトするの、夢だったんだよ! 有瀬くんの無茶振りが、私の夢を叶えたんだよ!」
叱られてしょげる子を宥めるように、私は明るく告げて、ついでに俯いた有瀬くんの頭をナデナデした。
「じゃあ……怒ってないか? 嫌いにならないか?」
「うぐっ!」
有瀬くんが小さな声で問う。途端に、私は胸を押さえて前のめりになった。
な、何なの、キュン超えて心臓にギュンってきたぞ……!
くっ、私の中の母性が、この子超可愛いと叫んでいる……!
素敵なウェディングドレス着て結婚式したーいなんて憧れはあったけど、こんなにも早くリアルで子育てしてみたい欲に駆られる日が来るとは思わなかったよ……!
「も……もちろんだよ……! 有瀬くんは、とってもいい子だからね……! ちゃんと言えばわかる、賢くて素直な本当にいい子だからね……!」
ギュン死に瀕して悶絶しながら、私は心の中で詫びた。
閻魔さん、ごめんなさい。やっぱり私、この可愛い可愛い子が愛しいです。嫌いなんて思ったのは、一時的な気の迷いでした。これからはこの溢れる母性を持ってしっかりと育成します。
「なら良かった。ピザ半分やる。お詫び」
有瀬くんはそう言って、私のたらこパスタの上にどべっとフルーツピザを乗せてきた。
だーかーらー、しょっぱいものと甘いものを混ぜるなっつーのよ。でも嬉しそうに口角上げてるのが可愛いから、今だけは許そう。
「わー、ありがとー。じゃー私のも半分あげるねー」
許すついでに親切心を装ってピザのフルーツに塗れたパスタを有瀬くんに押し付け、難を逃れることにも成功した。
そして食事を再開しようとした……のだけれど、皆の視線がこちらに向いているのに気付いて、私はフォークを持つ手を止めた。
「何よ?」
「こ……っ、これが痴話喧嘩ってやつかーって、ほっこりしちゃって……っ」
久月くんが噴き出すのを我慢するように口を押さえて言う。ように、じゃないな。我慢してるね、間違いなく。あ、噴いたわ。我慢できなかったわ。
「有瀬くんが凹む顔なんて初めて見たよ。何だよ何だよ、ナユ達ってばちゃんと恋人してんじゃん? 仲直りまでのプロセスも大変美味しくいただいたわ。おかげで腹いっぱいになったわ」
その隣で茉絢もニヤニヤ笑う。
腹いっぱいも何も、バニラアイスしかオーダーしてないじゃん。とはいえドリンクバーでカフェラテ鬼ほど飲んでるから食べる量減らしても意味なさそうだし、腹いっぱいなのもそのせいだと思うなー。
「へー、空気読めねー代表の有瀬も落ち込むことあるんだなー。え、もしかしてレモン汁も目に染みたりする? やってみていい?」
八重樫くんが唐揚げのレモンを手に取って構える。
いや、普通に染みるでしょ……え、染みるのかな? 本当に? この人外級のイケメンもレモン汁目に食らったら、ぐわってなるの?
やめてよ、私も気になってきたじゃん!
「それより八重樫くん! この際だから教えなさいよ! 好きな人って誰なの!? 答えるまで今日は帰さないわよ!?」
ここで、城咲さんが強引に話を転換した。
八重樫くんはビックリした勢いでレモンを握り潰し、それがまたうまい具合に目に飛んだみたいで、ぐわぁ! と叫んで自爆した。あーあ、見事なまでにアホだなぁ。
「か、帰さないって……ずっと一緒にいてくれるってことか……?」
出たよ、前向きポジティブが。
八重樫くんてばレモン汁の痛みも忘れて、頬赤らめてめちゃ嬉しそうにウキウキ城咲さん見つめてんじゃん。
ここまであからさまなのに、どうして本人には伝わらないんだろうね?
「明日香ちゃん、八重樫の好きな人に興味あるの?」
噴き出し大笑いから回復した久月くんが、滲む涙を指で拭いながら尋ねる。
こちらはウルトラビッグハンバーグセットはとっくに食べ終わり、追加した照り焼きチキンステーキを待ち構えてる状態だ。ほんとよく食べるよね。なのに太らないんだよね。茉絢も憎々しげな視線向けてたし。
「紅くん、もしかして知ってるの? 私にも教えてよ! 私だけ仲間外れにするなんてズルいじゃない!」
煮え切らない八重樫くんから久月くんに標的を変え、城咲さんは二枚目のミックスピザを押し退ける勢いで猛然と詰め寄った。




