17-13 君のためなら、たとえ世界を敵に回そうとも
「はい、那由多」
「うわぁ……まじかぁ……」
戻ったイートインスペースで、有瀬くんに手渡された予約用紙を見るや、私は情けない声を漏らした。
おいおい、三万超えてるじゃん……どいつもこいつも遠慮ってもんがないの? 私はあんた達と同じで、小遣いでやりくりしてる一高校生であって金持ちセレブでも石油王の親族でもないんだよ!
有瀬くんが付いてこようとしたけれど待機を命じて押し留め、私は一人、受付のためにレジに用紙を持っていった。
約束したのは自分だとわかっていても、八つ当たりしそうで嫌だったからね……。有瀬くんだけが悪いんじゃないんだけどね……。
涙目で用紙を渡すと、レジにいた人の良さそうなクルーのおじさんは心配そうに顔を曇らせた。
「結構な金額だけど、大丈夫? 君、高校生だよね?」
優しい声と言葉に、ぼわっと涙が溢れた。
「ちっとも大丈夫じゃないです……でも約束なんで、大丈夫です……」
答えになってるようななってないような返事をすると、おじさんクルーはそっと諭すような口調で言った。
「じゃあ、ここでアルバイトするのはどうかな? 入る日数と時間にもよるけど、一ヶ月もあればこのくらいは余裕で貯まると思うよ」
思わぬ提案に、涙が止まる。
「えっ……い、いいんですか? 私、バイトなんて一回もやったことないし、頭悪いし要領悪いし、ゴミほど役に立ちませんよ?」
「誰でも初めてなんてそんなもんだよ。それに初めてを経験しなきゃ、いつまでも未経験のままだ。ボクはここのオーナーなんだけどね、実は夕勤の子が一人辞めて困ってたんだ。一ヶ月だけでも働いてくれたらこちらとしても助かるよ」
柔らかに笑うおじさんクルーの背後に、後光が見えた。
神だ……神が降臨なされた……!
「ありがとうございますぅぅぅ! あああ、じゃあちょっと待ってください、この小さいケーキやめて、スペシャルフルーツミルフィーユアイスケーキに変更しますぅぅぅ!」
ボロボロ泣きながら、私はバッグからボールペンを取り出して、自分の選んだケーキを手早く書き直した。
「あ……うん。君、なかなかいい根性してるね? 一応面接するから、今週中に履歴書持ってまた来てくれる? 学校に許可証の申請もお願いね」
「はいいいい! ケーキのために頑張りますぅぅぅ!」
地獄に仏、悪魔のち神、降って湧いた僥倖に感謝の涙を流して、私はおじさんクルー――レシートの印字によると門倉さんに深々とお辞儀した。
人生山あり谷あり。笑う門にも泣く門にも福来る。これも何かの縁だよね。うまくいけば、アルバイトするって夢も叶うかも!
レジで受付した証となるレシートの予約票を皆見せて、私の任務は完了。
オーナーの門倉さんにお騒がせしました、また後日伺いますと改めて頭を下げて一人遅れてコンビニを出ると、せっかく久々に集まったんだからとファミレスで小腹を満たす流れになっていた。
流れには逆らわずに乗る、それが平凡サーファーの鉄則だ。
「ええっ、柊さん、あそこでアルバイトするの?」
ワンサカポテトをフォークで口に入れながら、城咲さんが驚きの声を上げる。
こっちのファミレスはやや単価が高い分、量が多い。モリモリイモの1.5倍はありそうだなぁ、グラム当たりの金額を考えたら、こっちの方がお得かも。
「えっへへー、お声掛けいただいちゃった。といってもまだ面接あるし、完全に決定したわけじゃないけどね。微妙に遠いけど交通費も出るっぽいから、本採用になるといいなー」
「レジで話し込んでたのは、売り切れ商品があったからじゃないのか。なら良かった」
有瀬くんが淡々と言って、盛り沢山フルーツピザを齧る。
うわ、すごいな。フルーツ盛り沢山すぎて皿から溢れそうになってるじゃん、私もそれにすれば良かった……って、イケメンサービス量もあるかもしれないのか。
「売り切れ商品はなかったけどさー、次からはもうちょい遠慮してよね。想像の十倍の金額超えてて、私の頑丈な目玉も落ちる寸前だったよ」
あんまりにも有瀬くんが悪びれないもんだから、ほんのり釘を刺しておくことにした。
今回のことは仕方ないと諦めるにしても、今後のことを考えたら少しは戒めとかないと。いきなり三万も使わされるなんて、もう懲り懲りだもん。
「遠慮? 何で? 恋人なのに」
口の端のソースを舐めて、有瀬くんが隣からハテナマーク満載の視線で私を見る。
ええ……この人、恋人なら何の遠慮もいらないと思ってるの? いくら何でも恋人って単語を便利に都合良く使いすぎじゃない?
「何でって」
「恋人なら遠慮しなくていいだろ。那由多の本に書いてあったぞ。恋人は恋人のためなら何でもするって。金も地位も名誉も命すらも捨てるって、何か長ったらしい名前の奴が言ってた」
あー……その言葉から察するに、恐らく『アンチ・ラブレス・オブリージュ』のシエルフィアルス公爵閣下かな?
へー、漫画だけじゃなくて小説も読んでるんだ。有瀬くんの割には頑張ってるじゃん。
「だから那由多も俺に遠慮なんかいらない。俺も何でも捨てるし、何でも買うし、何でもするぞ」
ほう、何でも。
こいつ、言ったな? 閻魔様を恐れずに、言ったな?
「じゃあ私が、エジプトの……あの狛犬のボスみたいなやつ……何だっけ?」
「スフィンクス」
「スフィンクス」
「スフィンクス」
反対隣から城咲さんが、向かいから茉絢と久月くんが同時に答える。左端の八重樫くんは、まだ考え中みたいからほっとこう。
「そうそう、スフィンクス。スフィンクスがほしいっつったら、有瀬くん、どうすんのよ?」
意地悪く言って、私はさらに意地悪く笑ってみせた。
「どうも何も、那由多はクリスマスにそれがほしいのか? なら行って取ってくる」
しかし有瀬くんは顔色一つ変えず、平然と答えた。
「え」
「結構デカいんだったか? あんまりよく知らないけど」
「ギザの大スフィンクスはビルくらいあるけど、小さいのもあるみたいよ」
城咲さんが手を伸ばして有瀬くんにスマホで写真を見せる。
「那由多がほしいのは、このギ……何とかのでっかいス……何とかなのか? ビルサイズか……だったらクリスマスには間に合わないかもしれねぇな……でも必ず持って帰ってくる、待ってろ。じゃあ今から行った方がいいか」
「待て待て待て! 待つのは有瀬くんの方だよ! スフィンクスはものの例えだってば! 行かなくていい! 生まれてこの方、スフィンクスがほしいなんて一度たりとも思ったことないから!」
立ち上がりかけた有瀬くんのジャージを掴んで、私は半泣きになって必死に押し留めた。
え、いらないの? あっちにあるよ? 取ってくるよ? とでも言いたげに不思議そうに長い睫毛瞬かせて綺麗なお目々パチクリさせてるけど……ダメだ、こいつ! 恋愛漫画も恋愛小説も、この上なく雑に鵜呑みにしすぎてる!
本気で遠慮なんかいらないと思ってるし、本気で常識が通用しない!
ヤンデレ殺人鬼どころか、危うくサイコ世界遺産窃盗犯Xが生まれるとこだったよ!




