17-12 DV男の定番凶器を並べて事なきを得た
一番安くて小さいケーキを選ぶと、私は皆が集まるイートインスペースから離れてコンビニの中を亡霊のように彷徨った。
ああ、ほんとどうしよう?
皆のあの勢いじゃ三万いっちゃうよ。そんなお金ないよ。支払いは受取時になるっていうけど、ママにお願いしてお小遣いとお年玉前借りするか、それまでに死んで保険金で賄うかしか思い付かないよ。ほしいものたくさんあったのに、前借りなんかしたら本も服もコスメも食べ物も全部諦めなきゃなくなるよ。
私のささやかな夢が、皆の胃にはかなく消えるなんて辛すぎるよ……そして何より、まだ死にたくないよ……。
とっとと帰って自室でメソりたかったけれど、茉絢がまだゴリバのチョコケーキか有名シェフ監修のモンブランデコレーションにするかで迷って決めかねている。悪魔に成り果てたとはいえ、親友を置いて帰るのは気が引けた。
だって私は人間だから! 悪魔じゃないから!
ついでに有瀬くんも茉絢と同じく、生クリームの方にするかアイスケーキにするかで珍しく真剣に悩んでいる。恋人に買ってもらうものだから、後悔したくないんだってさ。
何が後悔したくないだよ、バカじゃないの。
私は貴様が雑野郎だと知りながら、考えなしに褒美を与えたことを心から深く後悔してるよ!
「こんなところにいたか、柊!」
コンビニの外に出て寒空の下、フリマサイトで何か売れないものかと涙ながらにアプリを立ち上げていたら、大きな声で呼ばれた。八重樫くんだ。
「お前、まじでふざけんなよ!? ずっとライン未読スルーしやがって! 何でよりにもよって城咲本人に言っちゃうの!? 昼休み中ずっと突っ込まれて、大変だったんだからな!? 言い換えると、長々と城咲とラインできて超幸せだったんだからな!? 本当にありがとうな! でも許さねぇからな!?」
「ねえ、怒ってんの? 感謝してんの? 反応に困るよ……」
ジャージの襟首を掴まれたまま、私は涙で潤んだ目が急速に乾いていくのを感じながら、声にウザったさを隠しもせず尋ねた。
そっちこそふざけんなだよ。嬉々として一番デカいケーキ選びやがって。
「どっちもだよ! 俺だって困ってんだよ! 嬉しいのに悲しいんだよ! 泣けばいいのか笑えばいいのかわかんねぇんだよぉう!」
「泣き笑いすれば解決じゃん……」
「そ、そうか! クソッ、さてはお前、賢いな!? 俺の目は誤魔化せねえぞ!」
バカでも誤魔化せると思うよ……だってあなた、とんでもなくアホだもの。
あー、このノリとこの疲労感、久々だわ。夏にファミレスで再会した有瀬くんも、こんな気持ちだったのかなぁ?
「いーぶきっ。何してるの?」
懐かしい脱力感に浸っていると、鼻にかかった甲高い声と共に、一人の女子が弾ける笑顔で文字通り飛び付くように八重樫くんの背後を取った。八重樫くん達と同じ、バンコーの制服だ。
「ヒッ、遊佐!」
八重樫くんは悲鳴じみた声を上げると、体を大きく揺らがせて慌てて私の背に隠れた。隠れ切るわけないし、発見されてるんだから意味ないってのに。
ってちょっとちょっと、私にどうしろと!?
「あー……こんにちは」
「え、何この子。まさか八重樫くんの彼女?」
わあ、挨拶したのに無視されたよ。何となくそんな気がしてたから別にいいけど。
だってこの子、私にものっすごい敵意放ってるもん。
バンコー生らしい黒髪を内巻きの前下がりボブにして、校則に引っ掛からないラインで最大限のオシャレしてる感じ。梨奈ちゃん系のキツめの顔立ちだけど、ヤンキー感はないな……ってことは陰湿にやるタイプと見た。私の女子を見る目はなかなか当たるんだからね!
「ち、違ぇよ。これは友達の彼女。誤解されたら困るから、そういうこと言うのやめてくれよな」
ほんとそれな。私も非常に迷惑だし、あんたも死ぬ可能性大だよ。
「えー、誤解されたら困るの? アタシに?」
いや、あなたじゃないよ。やべーのがこのコンビニの奥にいるんだよ。ナチュラル抹殺発言しちゃう、倫理観トチ狂った赤子が。
そいつが八重樫くんの友達なんだよ。
「何で遊佐に誤解されて困るんだよ。友達にだよ! あいつアホだから、勘違いしたらめんどいんだよ」
おーい、有瀬くーん。アホにアホって言われてるよー。めんどいってとこは私も全同意だけどねー。
「ふーん……友達の彼女とこんなとこで何してんの? あっ、良かったらアタシも混ぜてよ。ダブルデートしよ!」
私は勘弁願うよ。
あの雑野郎とこのアホ野郎と、早くも地雷女オーラ全開なあなたと四人でデートとか、何の苦行なのよ……ああでも、ケーキのお金出してくれるなら考えなくもないかな。むしろ前向きに検討するよ、よろしくね。
などと突っ込みながらも声には出さず、私は黙って二人に挟まれていた。
だって遊佐さんとかいう地雷感満載な女子、まだ敵意解除してないっぽいし、何か喋ったら睨まれそうだったもん。
「おい、八重樫っ! てめえ、んなとこで何してんだよ、とっとと来いっ!」
突然、荒々しい怒鳴り声が降り注ぎ、三人揃って飛び上がった。驚いて見ると、久月くんがコンビニから出てくるところだった。
え、今の怒声、久月くんだったの? あんなアイドルみたいな可愛い顔して、普段はこんな粗暴な感じなの!?
「留佳のケーキがそろそろ決まりそうなんだよ! 那由多ちゃんと二人で抜け出したなんて知れたら、冗談抜きで殺されるぞ!? ああ、那由多ちゃんはもうちょい後で来て! トイレ行ってることにしてるから! くれぐれも八重樫と一緒にいたなんて口走らないでね!?」
早口の説明を聞いて、私は納得した。
あーね。久月くん、いつもこんななんじゃなくて焦ってたのか。長年の幼馴染なら、有瀬くんの雑ゆえにエキセントリックな性格をよく知ってるだろうからね……。
久月くんは乱暴に八重樫くんの腕を引っ掴むと、大急ぎでコンビニに戻って行った。
そして、私と遊佐さんだけが残った。
「えっと……あなたの彼氏、嫉妬深い、のかな? いつも優等生な久月くんがあんなにキレてるところ、初めて見たわ……」
遊佐さんが恐る恐る口を開く。さすがにもう敵意は解除されたようだ。
「さあ……どうなんでしょう。普通ではない、とは思いますけどね……。じゃ、私ももう行きますね……」
「あ、待って」
虚ろに挨拶して戻ろうとしたら、呼び止められた。うわぁ……何か嫌な予感、再来だわ。
「連絡先、交換しない? アタシ、八重樫くんと久月くんと同じクラスの遊佐小町。仲良くしてくれると嬉しいわ」
ほら来た、想像通りだ。
仲良くなんてバレバレの大嘘ついちゃって。好きな人の知人を味方につけて、周りから固めてく作戦の一員にしようとしてるだけでしょーが。
あなたの魂胆なんて、お見通しなんだよ。
じゃなきゃどこにでもいそうな平凡モブ代表の私如きに敵意向けたりしないし、一言しか話してない上に、取り立ててネタもギャグもオチも出せないようなクソつまんない奴と連絡先交換しようなんて思わないでしょ。自分のことは、自分でよくわかってんのよ。
こちとら筋金入り殿堂入りの平凡様なんだからね!
「私は柊那由多です。自己紹介までしていただいたのに、ごめんなさい。連絡先は交換できません。私、そういうのに制限あるんで」
ぺこりと頭を下げて、私は遊佐さんの申し出をお断りした。
嘘は言ってないよ。連絡先を交換したいかしたくないかで、自分で制限かけてるし? いつもそうしてるし?
「あっ、そ、そうなの……わ、わかったわ、それじゃ仕方ないよね」
遊佐さんは明らかに狼狽えた様子で素直に引き下がってくれた。嫉妬深すぎる彼ピッピの束縛のせいだとうまく勘違いしてくれたようだ。
ありがとう、久月くん! おかげで窮地を逃れられたよ!
私が一番気になってたフランボワーズピスターシュのケーキを真っ先に選んだことは、許さないけどね!
「そろそろ行かないと……あんまり遅いと、ブチ切れて丸太とヌンチャク振り回しながら連れ戻しに来るかもだし」
「そ、そうね! アタシも帰るわ! じゃあね!」
私がコンビニをチラ見しながら言うと、遊佐さんは大慌てで帰って行った。
さようなら、遊佐さん。もう二度と会うことはないと願ってるよ。




