17-4 それでも私はヤッてない
「ナユ、ナユ、号泣してるとこ邪魔してごめんだけど、次、有瀬くんだよ」
「えー、もう? あー、もう……」
茉絢の声で、私は現実に引き戻された。
ちぇっ、もう少し感動に浸っていたかったのに。
とはいえ、有瀬くんの走る姿を見るのも楽しみだ。
やる気のない鈍足の殻を脱ぎ捨てて、報酬のために多少は頑張ってくれると信じてる! イケメンの走る姿がさらなる感動を与えてくれると期待してる!
ミーツ・ザ・アオハル、カモンバッチコイ! 涙腺崩壊の支度も感激死する準備もできてるぜ!
しかし、スタートラインに立った有瀬くんは、いつも通りぼけーっとしていた。先生に注意されてもクラウチングスタイルもスタンディングスタイルも取らず、ぼんやり突っ立っている。
やっぱりコンビニの商品程度じゃ釣られなかったかぁ……ケチらないで、パン屋さんかケーキ屋さんを選ばせるくらいまで報酬上げとくべきだったかも。
が、先生が諦めてスタート合図の号砲を鳴らした瞬間、それは起こった。
起こった……というか、何が起こったのか、何が何やら……とにかく理解の域を超えていた。
スイッチが切り替わったみたいに、有瀬くんは唐突に走り出した。本当に、唐突としか言えない動きだった。
そのままあっという間に、あっという暇もないくらいの凄まじいスピードで、気付いたらゴールしていた。
え……えぇ……えぇぇぇぇ……?
前に真央さんが、限界がわからないせいで無駄に身体能力が高いって言ってたけど……こういうことぉ……?
「一位取った。一個な」
ゴールしてすぐに、三位入賞者までの待機を放棄してこちらに戻ってきた有瀬くんが胸を張って言う。
いやいや、待て待て待て! この人、雑でおバカで赤ちゃんだから、加減も制御も知らないんだよね? だったらヤバいじゃん!
「一位取ったよイェイイェイウォウウォウ、じゃないよ! 足、大丈夫なの!? グダグダしてたのにいきなり高速で走ったから、肉離れとか靭帯断裂とか非外傷性骨折とか起こしてるかもしれないよ!? ほらっ、今すぐ救護スペース行くよ! 診てもらわなきゃ!」
お菓子を警戒して飛び退いた茉絢を飛び越えて、私は有瀬くんの腕を引っ掴んでぐいぐい引いた。
「イェイイェイウォウウォウは言ってない。面倒臭いけど、一応柔軟しといたから多分大丈夫。まだ二個取らなきゃならないし。フルコンプ目指す。それより疲れた。腹減った」
が、有瀬くんは相変わらずのクソ雑マイペースだ。
「うるさい! 行くったら行くんだよ! 有瀬くん、自覚してないけど、自分で思ってるよりおバカなんだからね!?」
「え……俺、おバカなのか?」
「そうだよ! おバカだよ!」
第三者目線から事実を知らされた有瀬くんが怯んだ隙に、私はずりずり引きずるようにして救護スペースに彼を連行した。
差し入れ以上の糖分の摂取を控えたかったから出来れば使いたくなかったけど、グズグズ言う口を青飴で塞いで、無理矢理診察を受けさせた。問題なくてほっとした。
どんな体してんの、このおバカ。体も雑仕様なの、この雑。
プログラムによると、有瀬くんの次の参加種目である二百メートル走の次が、私の参加する大縄跳びという並びだった。
準備のために途中で抜けるから有瀬くんの応援はできなくなるけど、もう見る必要ないよね……むしろ見たくないや。
見たって目で追う暇もなく終わるし、負荷に耐え兼ねた身体がいきなりボカーンと爆発して霧散するんじゃないかって怖い想像して胃がキリキリするもん。
有瀬くんのカッコイイとこ見られるってウキウキしてたのに、何か大分思ってたのと違ったわ。眼福どこいったのよ。
体の造りまで雑だとは、恐れ入ったわ。きっと雑な精神によって雑に鍛えられたんだろうね。
あ、でも健全な精神は健全な肉体に宿るって聞いたことある……じゃあ雑な精神は雑な肉体に宿るのかも。精神が先か肉体が先か……ん? これってもしや哲学なのでは?
私、今、哲学的思考ってやつしてるの?
まじか、賢くなってるじゃん! 雑もたまには役立つね!
「ナユチ、ほら集中集中!」
「んあ、ごめん。ふふっ、ちょいと哲学的思考ってやつに浸っておりましてね」
「なんそれ。いらんことすんなし。じゃ円陣組むよー!」
賢さチラ見せしたのに、さらっと受け流されちゃったよ。悲しい。
でも確かに、今はそれどころじゃないよね。いよいよ皆の努力の集大成を、お披露目する時が迫ってるんだもん。
よっし、気持ち切り替えてこ!
「一年一組、やるぞー! 目標はー!?」
私の隣で肩を組んだクラスのリーダー的女子、タムタムが高らかに声を張る。
さすが一年生ながらソフトボール部のエース、掛け声だけで皆を一つにまとめて引っ張る力がある。
「百回!!」
皆に合わせて、でも皆に負けないように、私も大きな声で応じた。
「一組一組、いくぞー! 目指すはー!?」
「優勝!!」
ああ、このやり取りだけでもう泣きそう……絶対って言葉は安易に使っちゃいけないって言うけど、絶対勝ちたい。このクラスの皆で優勝したい。
したい、じゃない。やるぞ、やってみせる、やり遂げてみせる!
「どぅあ!?」
ところが、熱い気持ちで湧き上がる涙を蒸発させんばかりに燃えていたら、背後から猛烈な速度で突っ込んできたナニカによって決意ごと体を吹っ飛ばされた。
正確には吹っ飛ばされかかって、引き戻された。
「一位。二個目だ」
ナニカは、有瀬くんだった。息を切らしてる。
ちょうど今走り終わって、その勢いのままゴールからこっちにやってきたんだろう。ぶつかると同時にがっちり体をホールドされたおかげで、かろうじてグラウンドに叩き付けられるのは免れた。
けれども。
「……それは大変よろしゅうございましたね! 褒美に巨大青飴が落ちてくるよう願ってるよ! それより、ここをどこだと心得ておる!? アオハルの聖地ぞ!? 貴様のような痴れ者が、足を踏み入れて許される場所ではない! 速やかに去ねい!」
吹っ飛ばされなかったせいで逆に衝撃を殺し切れず、内臓やられたんじゃないかと思うほどのダメージを受けた私は、痛いやら苦しいやら悔しいやらで、ボロ泣きしながら荒ぶる神の如く荒々しく告げた。
有瀬くんの怖いほど冴えた美貌が至近距離に迫っていたけど、そんなもん涙に満ちた視界じゃろくに見えないし、見えたところで体より大ダメージを受けた心に響きもしなければ癒えるわけもない!
「巨大青飴いいな。でも、二個目は約束だからな。巨大青飴が降ってきても、そこは譲らねぇからな。今更惜しくなったからって、泣いてもダメだからな。必ず守ってもらうからな」
ジョバジョバ涙を流す私に矢継ぎ早に告げて、有瀬くんは去っていった。
あーあ……本当に巨大青飴が落ちてくればいいのになー。ドカンと直撃して、あの雑野郎を黙らせてくれないかなー。舐め終わるまで封じられてしまえばいいのになー。
ちくしょう……盛り上がった気分を返して!
その後すぐに行われた大縄跳びの結果は、散々だった。
私の心身のダメージに加え、突然のイケメンの襲来で皆の集中力が著しく落ちてしまったせいだ。茉絢のみ、唯一平常心を保っていたけれど、特に悔しがることもなく、ボロボロの皆を冷ややかに見つめて、へっと諦めたように笑っただけだった。
何もかも有瀬くんのせいだ。誰が許しても、私は奴を許さない。
それと、ハグされてた、キスしようとしてた、あいつらやっぱりヤッてるってこそこそ言ってた奴ら、あんた達も許さないからね!
ハグもキスもヤッてもないよ! 何でそうなるんだよ!?
どいつもこいつも頭の中桃色に染めてフシダラに色ボケしよって!
後で小一時間ほど説教して、キスとは何なのかってとこから再教育してやる!!




