17-3 鈍足イケメンを長々と拝む会、密かに発足
それからさらに四件の差し入れを受けたおかげで両手が塞がったせいで、プログラムを見られたのは席に戻ってからだった。
「えっ、有瀬くん、リレー出るの!?」
「さあ? 走るやつなら、そうなんじゃないか?」
ウエハースを齧りながら、有瀬くんが適当極まりない返事をする。
こいつ、本当に腹立つな!
リレーっつったら、体育祭最高にして至高の花形種目でしょうが!
五組の奴ら、何でこんなやる気のない奴をリレーに推したのよ!?
鈍足だって知ってるくせに……あ、そうか。鈍足ならその分、長く鑑賞していられるからか。イケメンが走る姿って、絵になるもんね。やる気なくても、鈍足でも。
城咲さんにもらったプログラムには言われた通り、有瀬くんの参加種目に印が付けられていた。
印付けるのはいいんだけどさ……種目名をびっしり目のイラストで囲むの、やめてくれん? すんごく細かくリアルに描き込まれてて、怖すぎるんですが。
そういや、城咲さんも中学では美術部に所属してたんだっけ。ある意味才能あるんだと思うけど、私の好むテイストとは真逆だよ。大好きなホラージャンルの影響なんだろうなぁ。
有瀬くんの参加種目は、百メートル走、二百メートル走、そしてリレーだった。
ほんと走るやつばっかだな。皆どんだけ有瀬くんに走らせたいんだよ。どんだけ走るイケメン拝みたいんだよ。
「那由多は何に出るんだ?」
有瀬くんからの質問に、私は自分の顔にぱあっと笑みが広がるのを感じた。よくぞ聞いてくれました!
「私は大縄跳びとダンスだよ。どっちも超練習したんだー。特にダンスは放課後遅くまで残って皆で振り付けとかフォーメーションとか考えてさー、クラスT着て踊るの、今から楽しみなんだよね!」
すると有瀬くんはキャラメルバター味のポップコーンをもぐもぐして飲み込んでから、口を開いた。
「つまりマイムマイム?」
「違う! ダンスというジャンルしか合ってない! てか懐かしい単語出てきたね!」
「うん、マイムマイム懐かしいな。楽しかった」
絶句した。
ウソでしょ……楽しい思い出なの、あれ……。私にとっては軽くトラウマなんだけど?
恐ろしいものでも見るように有瀬くんの綺麗な横顔に目を向け、そしてあの時もこうだったと思い出す。
最初は人外レベルのとんでもねぇイケメンが現れたと緊張で強張った。けれどそのイケメンにマイムマイムという名の猛牛乱舞に付き合わされ、恐怖で戦慄した。イケメンは有瀬くんという名前で、閻魔さんが本気で怖いらしいと知って、意味不明すぎてドン引きした。
人を勝手に恋人にして、嘘つきたくないからって城咲さんの挑発にあっさり乗ったくせに私の名前は全然覚えられなくて、その頃には顔の良さに腹が立つようになった。
あの時の私に言えるなら言いたい。
そんなとこで泣いてちゃダメだ。速やかに移動しなさい。推しの死がどれだけ悲しくても、入学式に出て皆に迷惑をかけながら泣く方がマシだよ。
アオハルとは無縁の、報われないどころか茨の袋小路な恋をすることになるんだから。
「那由多、どうした? ほしいのか? やる」
ぼけーっと眺めている私の視線に気付いたようで、有瀬くんは手にした袋からポップコーンを取り、半開きだった口にポップコーンを押し込んできた。そのまま流れ作業みたいに、モリモリと詰め込む。詰め込む詰め込む、詰め込み続ける。
待って待って、顎外れる! 窒息する!
この野郎、まだ残ってるのに飽きたんだな、飽きたんだろ、そうなんだろう!?
何度も言ってるけど、私はゴミ箱でもなければ残菓子処理機でもないんだよ!
死にそうになりながらも、もそもそ少しずつ噛み砕いてポップコーンを何とか飲み込み切る。やっと口内が空くと、涙目でプログラムを見て私ははっとした。
「有瀬くん、次は百メートル走だよ! 行って並んどかないと!」
「イヤだ……わかった。面倒臭い……行ってくる。行きたくねぇ……約束したからな、コンビニの何でも一個だからな」
幼稚な本音を隠しもせずダラダラ零しながらも、有瀬くんは渋々立ち上がって集合場所へと向かっていった。
ちんたら歩く後ろ姿まで美しい。
そんな何をしていてもどこまでもイケメンな有瀬くんを見送りながら、私は溜息をついた。
ポップコーンで根こそぎ飲み込んだはずのセンチメンタルが、喉の奥にまだ引っかかってる。
ポップコーンみたいに簡単に、ほしいか、やる、の流れでもらえたらいいんだけどなぁ……私のほしいもの。
でもまだ有瀬くんにはわかんないだろうし、わかってもきっと私にはくれないだろうなぁ。
「茉絢ー! 梨奈ちゃーん!」
「おー、ナユ! おいでおいで、席取ったままにしてあるから。急に悪魔に連れ去られるとか、災難だったねー」
シッター業から解放されたので、私は最後列から親友達のいる最前列へとやってきた。
茉絢が置いていた荷物を退かして椅子を譲ってくれる。やっぱり一番近くでグラウンドを見られる場所とあって、人が多い。
私もここで体育祭を観覧したかったよ。後ろとは伝わってくる熱気も、周りの盛り上がり方も全然違う。
「那由多、あんた邪魔よ。席をもう三つ、いや五つ離れて座ってくれない? 有瀬くんの写真撮ったら必ずあんたも入るから、目にも精神にも存在も鬱陶しいのよね」
左隣でスマホの写真を確認していた梨奈ちゃんが、ブツブツ文句を垂れる。
「ひどいこと言うなぁ。盗撮行為は犯罪なんだよ? 犯罪者が被害者側に要求するのは間違ってるんだからね? むしろ被害者から慰謝料を請求される立場なんだよ?」
「あんた、それ皆に言えるの?」
梨奈ちゃんに促されて周囲に視線を巡らせてみると、ほとんどの生徒達がスマホのカメラを構えていた。
ええと、まさか……?
「悪魔を撮影したいなんて、わたしには理解できないよ。写真から取り憑かれる可能性だってあるのにね……ふふっ、皆、わたしみたいに太ましくなればいいんだ」
右隣で茉絢が眼鏡の隙間から指を忍ばせ、滲む涙を拭う。
ハロウィンに躍らされてパンプキンスイーツ食べすぎて体重増えたんだってさ。栗にサツマイモにカボチャだもんなぁ、秋は誘惑多いよね。
「皆が皆、有瀬くん目当てじゃないでしょ。ほら、あれ」
私が指差した先には、城咲さんが列に待機していた。
実行委員も競技に一つは参加しなきゃいけないから、有瀬くんと同じ百メートル走を選んだんだろう。一番早く終わるし、一番疲れないもんね。私は走るの苦手だから、断固拒否したけどね。
百メートル走は女子から開始するようだ。
うわ、城咲さんが走るとこ見られるの? どんどん列が消えて、城咲さんがスタートラインに近付いてく。やばい、ドキドキしてきた……!
ついに待ちに待った時がやってきた。
スタートラインでクラウチングスタイルを取る城咲さんは、絵画みたいに綺麗だった。声援を送ろうとしたけど、気が散るかもしれないと考え直しぐっと押し留めた。
号砲の音と共にスタートが切られる。
今度こそ声援を、と思ったけれど声が出なかった。あまりにも美しすぎて。
誰よりも速く、誰より華麗に、城咲さんは私達の前を駆け抜け――通り過ぎる寸前でこちらをちらりと見て、そっと唇を上げて笑った。余裕の一位だった。
「やっ……ばぁぁぁ……!」
心の声が漏れた。
いや無理、こんなの心の中だけに留めておけない! やばいやばいやばい、すっごい刺さった……カッコよすぎる! 髪解いて再チャレンジしてほしい! あの美しい髪が疾走の風に靡く様を見たら、感動死しちゃうかも! 今だって感涙の嵐に包まれてるのに、今度こそ涙に溺れて死んじゃうかも!
ああ、でも熱い感動の中で死ねるなら本望だあ!!




