17-2 鉛筆をガムシロに浸して食べるとガムシロ味の鉛筆になるんだってさ
お菓子の大袋を椅子に置いて、私は運営テントに向かった。
ジャージ姿の城咲さんは、すぐに見付かった。
だって一人だけ、光り輝いてるみたいに見えるんだもん! 今日は長い黒髪をアップにして、エロ美しい項をジャージの襟からチラ見せしてる……ああ、眼福眼福。
「あら、柊さんじゃない。どうしたの?」
城咲さんもすぐに私の姿に気付いて、駆け寄ってきてくれた。
いやぁん、難しい顔して俯いてたのに一気に親しげに笑いかけてくれちゃって、とっても優越感ー! 皆ー、この美少女、私の友達なんですよー!
「有瀬くんの出場種目、確認しとこうと思って。走るやつって認識しかないっぽいから、知らずにスルーして皆に迷惑かける可能性もあるでしょ?」
にへらっと笑いながら理由を告げると、城咲さんも眩しすぎる笑顔で頷いてくれた。
「私が呼びに行こうと思っていたんだけれど、柊さんが代わってくれるなら助かるわ。正直、手に負えないほどやることが多くて、抜け出せなさそうだったのよ。ランチをする時間も取れないかもしれないわ」
「うわぁ、実行委員って大変なんだね。分担された仕事の量が多いのかもよ? あんまりしんどいようなら、他の人に頼んで負担減らしてもらいなよ」
「分担? 何それ?」
城咲さんが大きな瞳を瞬かせて、きょとんとする。きょとん顔も大変美味しゅうございますが、見惚れてるどころじゃない!
「ねえ、城咲さん……まさか実行委員の仕事、全部一人でやる気だったの?」
「ええ、だってリストに書いてあるし」
もぉぉぉ……この人も、もぉぉぉ……!
私はテント内を見渡し、目についた友人に声をかけた。
「ちょっとマコチ、えりりん、こっち来て! 実行委員の仕事の振り分け、どうなってんの?」
ウチのクラスの実行委員になったマコチと隣のクラスのえりりんは何やら話し合いをしていたようだったけれど、私の声に応じて近付いてきた。
話によると、それぞれ分担された仕事にアンダーラインを引いた専用のリストがあるらしい。
「えっと……城咲さんの机の上にも、置いといたはず、だけど」
びくびくしながら、マコチが俯き加減で小さく零す。やはり男子には、この圧倒的美少女による視覚刺激は強すぎるらしい。
「う、うん……昨日、確かに置いた、よ?」
えりりんも怯えた声を漏らす。訂正、この美貌はオシャレインフルエンサー的な立場の女子すら萎縮させる非常に強力な武器だ。
「ああ、あれね。今朝置いてあるのを見たけど、捨てちゃったわ。同じものだと思ったから」
城咲さんが困ったように目尻を下げる。
そんな顔も美し麗し可愛い……って楽しく美味しく眼福堪能してる場合でもないわ!
「もうっ! 何やってんのよ、城咲さん! ちゃんと見て確認しなさいよ! こんな莫大な量の仕事、一人でやれなんて鬼畜な実行委員会があってたまるかってのよ!」
「皆も同じくらいの仕事をしてるのかと」
「ブラック企業ならぬブラック高校じゃん! 社畜ならぬ学畜になる気!?」
「それ、面白い新語ね。じゃあ私、これからはブラック高校の学畜を名乗るわ!」
「名乗るんじゃないよ! 抜け出す努力をしなさいよ! 身も心も食い潰されて病む未来しかないでしょ!」
城咲さんを説得するのは諦め、私はぽかんと佇む二人に向き直った。
「マコチ、えりりん……城咲さん、しっかりしてそうに見えてこんなだからさ、お世話お願いしていい?」
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
城咲さんも私の隣で頭を下げる。
皆、どうかわかってほしい。
この人は、有瀬くんさえ絡まなきゃ危険性はないのだと。ただ超絶に顔が美しい超絶に変な子ってだけで、人の命を脅かすことはないのだと。
「あっ……は、はい、自分達で良ければ。まずは城咲さんのリスト用意しないとな」
「そ、そうだね。城咲さん、その間こっちの仕事手伝ってもらっていい?」
ぎこちないながらも、二人は城咲さんを受け入れてくれた。
良かった、わかってもらえた! 良かった良かった、これで安心だ!
「あ、ごめんなさい、少し待って。柊さん、はい」
城咲さんが思い出したように、私にプログラムを手渡してきた。
「留佳の出場種目に印付けてあるから、持ってて。柊さんはあちらのお世話をお願いね」
それを聞いて、私はハハッと空笑いした。あなたの卓越した天然っぷりのせいで、本来の目的を忘れてましたよ……。
「ありがとう、柊さん。留佳をお願いね!」
戻ろうとした私の背に、城咲さんから声が投げかけられた。
留佳をお願い、か。
この言葉、何人から聞いただろう。
私みたいな平凡女子の力すら借りたくなるほど、手のかかる子だってのはもうよく知ってるんだけどね……。
「御意、任された! 実行委員の皆様にご迷惑おかけしないためにも、全種目引きずってでも出させるよ!」
手を振って答えると、城咲さんも笑顔で頷いてくれた。
とにかく目的は達成した。有瀬くんの出場種目はどれかな……と歩きながらプログラムを開きかけた時だった。
「ねえ、あなた。ちょっといい?」
数人の女子生徒と男子生徒のグループが私を囲む。ラインがブルーだから、三年生だ。有瀬くんと仲良さげに見えたせいで、私に声をかけてきたに違いない。
最初はビビってこの世の終わりみたいな顔を晒して泣いたけれど、もう慣れた。こんなことが十回以上続けば、慣れない方がおかしいよ。
「ああ、はい。お菓子の差し入れでよろしいですか? それなら一応受け付けておりますが、程々にしてもらえると助かります。あったらあるだけ食らい尽くしますので、何卒健康面に配慮していただければ幸いです」
死んだような目で定型文となった台詞を口にすると、数人の三年生達は何やらこそこそ相談をし始めた。
そして相談の結果、厳選したらしい二つの箱を私に差し出す。
「じゃ、じゃあこれをお願いします。お口に合うといいんだけど」
「大丈夫です。お菓子で口に合わないものは一つもないので。どうもありがとうございまーす」
「こちらこそ、ありがとう! 応援してますって伝えといてくれると嬉しいな!」
三年生達は私にそう告げて、キャッキャと盛り上がりながら楽しげに去っていった。バレンタインに気になる男子にチョコあげた女子みたいなノリだなー。
って、うわ……ゴリバのチョコじゃん。もったいなー。有瀬くんなら、雑草に砂糖まぶしてお菓子だと言い張って与えたって、どうせ違いなんかわかんないよ。
このように、本日は同級生から上級生まで様々な方々から、有瀬くんへの差し入れをいただいている。
直接本人に渡せばいいんだけど、当の有瀬くんは『知らない人から物をもらってはいけません』って志貴さんにキツく言い聞かされてるそうで、断固として受け取らないらしい。
クラスメイトの顔すら覚えられないから、知らない人の範囲が広すぎるんだよね……。この学校で知ってる人に当たるのは、私と城咲さんと茉絢の三人だけという有様ですよ。
おまけに興味ないものは見えない聞こえないって能力まで発揮するから、いらないって反応してもらえればまだマシ、半数以上がスルーされてるんだってよ。
で、仕方なく、恋人の私が受け取り窓口となって皆様からの差し入れを本人にお渡ししているというわけだ。
アイドルのマネージャーって、こんな感じなのかなぁ……あ、将来の夢に加えてみてもいいかも。大変そうだけどいろんなとこ行けるし、変なファンから身を挺して守るってのも今の状況と大差ないし。
まあ現状に関しては、暴動を起こす危険性が高いのはファンじゃなくて、アイドルの方なんだけどね……。




