17-1 巨大落とし穴に落ちる準備はいいか?
他校では文化祭のシーズンだけれども、千極高校の秋のイベントといったら体育祭だ。
ちなみに文化祭は、創立記念日のある二月に開催される。
一年生は自分の教室しか使えないそうだからクラスの出し物が簡易なものに限られるみたいだけど、上級生は場所取りの時点で大層気合を入れて臨むらしい。二年生はまだしも、三年生は受験もあるのにそれと平行して準備しなきゃならないから大変そうだ。でも、卒業直前の素敵な思い出になりそうだよね。
本日、体育祭日和の快晴。
とはいえ十一月も半ばを過ぎると、長袖ジャージでも肌寒い。熱中症の心配はいらないし、体を動かしてたらその内温まるだろう。
「那由多のジャージ姿、初めて見た。リアクション芸人の地獄の罰ゲーム開始前みたいで、不思議なワクワク感あるな」
「褒めてんのかな? それともケンカ売ってんのかな? お礼に泣かせて差し上げようか? お礼参りに泣かせながら泣いて差し上げようか? まぁ確かに初めてお披露目するかもね。高校じゃ、体育以外ジャージ着る機会ないから」
「言われてみると、中学は体育じゃなくてもよくジャージ着てた気がする」
「気がするだけじゃないと思うなー。気のせいじゃないと思うなー。あの惨状が体育だけで仕上がったとしたら、サラチューは傭兵育成機関だよ」
私が突っ込むと、有瀬くんは今日も美麗な曲線を描く顎に手をやって不思議そうに首を傾げた。
いやいや、あなたの中学ジャージ、ゾンビの纏うボロ布の方がマシってレベルの破損っぷりだったじゃない……気付いてすらないってどうなのよ? 志貴さんが着るとこなくなっても着るって言ってたけど、本当にそうなんだね。雑すぎる。
私も、有瀬くんの高校のジャージ姿は初めて見た。まだ原型を保ってて安心……するよりも、イケメンのジャージ姿の美味しさに感激したよね! ボロ布ベネチアンマスク不機嫌赤ちゃん吸血鬼の時は、他の要素が強すぎてそれどころじゃなかったからね!
千極高校の学校指定ジャージは黒ベースに学年毎に異なる色のラインが入っているんだけど、一年生の私達は赤だ。黒に赤ってコンビ、何かカッコイイよね。
そんな卒業後もちょいとイカす部類の部屋着として大活躍間違いなしってジャージを有瀬くんが纏えば、そりゃイケメンレベルもさらに上がるってもんよ。
千極高校体育祭では紅白の二色対抗となり、奇数クラスが白組、偶数クラスが紅組だ。
有瀬くんの一組と私の五組は同じ白組。応援席は白組の区画ならどこに座っても自由だというから、最後尾の席で隣同士で座っている。
私が自分から一緒に座ろって申し出たんじゃないよ。
有瀬くんが『恋人なら隣同士で座るもんだ』とかいう訳わかるようでわからないようなこと言って、強制的に拉致連行した上で無理矢理設置したんだよ。
あーあ、茉絢達と一緒に最前列に席取ってたのになー。開会式の後でうっかりとっ捕まったのが運の尽きだったわ。
ちなみに城咲さんはくじ引きで実行委員に選抜されて、専用テントにいるらしい。
テントいいなぁ。十一月とはいえ、天気いいとやっぱり紫外線気になるもん。一応UV塗装はしてきたけどさ。
でも、紫外線よりも今はイケメン鑑賞の方が大事よ! 最前列での観戦を諦めた分、楽しみを頂戴しなくては!
「有瀬くんは何に出るの?」
大量のお菓子が入った大袋を膝に抱えたまま、私は隣の有瀬くんに笑顔で尋ねた。
だって、有瀬くんがまともに運動してるとこなんて初めて見るんだもん。着るとこなくなってないジャージのおかげでイケメンアスリートって感じになってるし、間違いなくカッコイイじゃん。間違いなく眼福じゃん。
最近泣かされまくってたから、目に栄養がほしいのよ。
今だけは、恋する乙女全開フルスロットルでいっちゃうからね!
「走るやつ」
バラエティパックのチョコをちむちむ食べながら、有瀬くんは非常にざっくりとした答えを告げた。
「……百メートル走、とか?」
「多分」
多分かぁ、そうかぁ……自分の参加種目もわかってないかぁ、雑だなぁ。
ああ、私の乙女心がしおしおと萎えていく……。
否、種目を知らなくたっていいじゃない。
カッコイイ姿さえ見せてもらえば、私の眼球は満足するんだから!
「有瀬くんは足速いから、きっと一位だね」
萎びかけた乙女心を奮い立たせ、私は再び有瀬くんに笑いかけた。
「は? 全然速くねぇよ。足なら誰より遅い自信あるぞ。いつもクラス最下位だ。長距離は時間ギリギリまで走って、やっと終わるくらい」
「えぇ……」
誕生日の時はとんでもねぇ速さで私のとこにすっ飛んできませんでしたか? あれで遅いって、どういうこと?
もしかしてイマドキのDKは、音速とか光速とかで競ってるんですかね?
「まさか、ダルいから全力出してない、とかじゃないよね?」
「うん。腹減るし、疲れるし、眠くなるから。運動嫌い。スポーツもしたくない。極力動きたくない。体育も体育祭もこの世からなくなればいいと思ってる」
そのまさかだった。この男は……本当に……!
「異議あり! 体育祭がなくなればいいだと? こんな楽しいイベントを何故否定する? 体育祭ってのは学生だけに許された、若い力と感激に燃えよ若人胸を張れ的な競え青春強き者の素晴らしき祭典なんだよ!? 皆の心が一つになって熱いグルーヴを奏でる、最高のアオハルを経験できる稀少なひとときなんだよ!? 即刻取り消しを要求する!」
「学生だけってことはないだろ。町内運動会とか社内運動会とか、運動会なんかどこにでも転がってるじゃねーか。父だって、毎年中学生と運動会してるぞ」
有瀬くんがこの上なく雑な反論をする。
「はあーあ? 町内運動会や社内運動会なんかでアオハルできるかってのよ。今通ってる学校の体育祭だからこそ、リアタイでアオハルできるんじゃない。体育祭はアオハルを味わえる貴重な機会なんだよ。それに町内運動会も社内運動会も、有瀬くんのことだから自由参加ならスルー、強制参加ならバックれんでしょーが。あと真央さんは運動会してるんじゃなくて、教師として運動会する生徒達のお世話してんのよ。屁理屈ばっか言ってんじゃないよ。全力出してアオハルしてから物言えってのよ」
はい、論破。雑論全部潰して言い返してやったよ。
有瀬くん、チョコ食べる手止まってる、。ククク、効いてる効いてる。
「……何ももらえないのにやる気にならない。勝っても負けても何も変わらないし」
誠にクソガキらしい言葉に、私は大きく肩をついて息を落とした。
バカなの、こいつ。物より思い出、そんなアオハルの尊みがどうしてわからないかなぁ?
「ほう、言ったな? じゃあ有瀬くんが一位取ったら、コンビニで好きなもの買ってあげるよ。お菓子でもスイーツでも、パンでも冷食でも何でもいいよ。カップ焼きそばなら、私が作ってあげる。ただし一個だけね!」
一個限定にしたのは、まだ最初の競技が始まったところだというのにバラエティパックのチョコが早くも底をつきそうになっていたからだ。
授業がないせいで、本日の有瀬くんはお菓子食べ放題状態となっている。
しかもこの大袋のお菓子、これからもモリモリ増えそうなんだよね……。さすがに血糖値が心配にもなるよ。
「一個……」
個数制限が不満なのか、有瀬くんが綺麗に整った眉を寄せる。
聞いた話によると、特に手入れはしてないんだって。次元超えた美形は、眉毛の毛根の配置も生え方も遺伝子レベルで美しいってことだ。
はいはいはい、イケメン万歳三唱。イケメン三三七拍子。
「わかった、一位につき何でも一個な。約束、必ず守れよ」
切れ長の鋭い目尻をやや上げて凄むように言うと、有瀬くんは私の膝に置いた大袋に手を伸ばして、ソフトクッキーのパケを取った。
ん? 一位につき、とは?
「百メートル走だけなんじゃないの?」
「三つくらい走る。寝てたら決まってた」
「まじか」
城咲さんのところに行って、有瀬くんがどの種目に出場するか、確認しといた方が良さそうだ。
当の本人が全く把握してないし、種目によっては人数不足で不戦敗ってこともありうるからね。




