16-15 恋 of the Dead End
「…………城咲さんと同じで、大事な友達だよ。本当に大きな赤ちゃんみたいで可愛いと思うし、面倒臭いけどいい子だし、育成するの楽しいね。母性本能ってやつかな、そういうの刺激される」
城咲さんに告げながら、私はついに諦めた。
ああ……もうダメだ。
ごめん、有瀬くん。私の舌はもう、残機にならない。
「そう……わかったわ。遅くまでごめんね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
城咲さんが出て行くと、私はタオルケットを被って、こみ上げる嗚咽を堪えた。
だからイヤだったのに。一生懸命逃げてたのに。気付きたくなかったのに。
何でほっといてくれないの、何で聞くの、イヤでも考えちゃうじゃん。考えたら、答えに行き着いちゃうじゃん。
知らなかったし、知りたくなかった。心から人を好きになるのが、こんなに怖いことだなんて。
でも、もうどうしようもない。知ってしまったんだから、諦めて認めるしかない。
――――私、有瀬くんのこと、好きなんだ。
この上なく雑で、大して優しくもなくて、自分勝手で自由気ままで、何考えてるのかさっぱりわからなくて、聞いても意味わかんなくて……だけど嘘つけなくて常に自分に正直で、純粋で真っ直ぐで、そういうところが憎めなくて可愛くて……激マズなのにクセになって何回も食べてはマズーって言って笑っちゃうお菓子みたいで、泣かされてばっかりなのに一緒にいると妙に楽しくて……そんな有瀬くんが好きなんだ。
痛かったり怖かったりモヤモヤしたりしたのは、そのせいだったんだ。私の方こそ城咲さんに嫉妬してたんだ……。
気付いたからにはもう無視できない。受け止め切れなくても、受け入れるしかない。
どうしよう? 城咲さんと同じ、茨の道に飛び込んじゃった。
茨の道って知ってる分、余計たちが悪い。赤ちゃんに恋するなんて悲しすぎるって思ってたのに……ほんと、何やってんの、私。バカすぎる。
しかも私の道には、出口がないと確定してる。
有瀬くんが恋愛の概念を理解する日がいつ訪れるともわからないし、たとえそんな日が来たとしても同時にずっとそばにいた城咲さんへの想いに気付くことになる。こんなの袋小路だ。
どうしよう、本当にどうしよう。どうしたらいいんだろう? それこそ茨の迷路で彷徨い続ける浮遊霊になるしかないじゃん……。
先行きの不安に、私はズタボロに泣いた。怖くて怖くて怖すぎて、悲しくて悲しくて悲しすぎて、もう泣くしかできなかった。
声を殺してメソメソシクシク泣いて、泣いて泣いて泣き疲れて眠りに落ちた――が、決して安らかとはいえない束の間の休息は、唐突に妨げられた。
「んぎゅ!」
短く悲鳴を上げ、私は浅い眠りから高速で覚醒した。
何、何!? 閻魔さんの襲来!? 待って、まだ逃走経路確保してない!
慌てて跳ね起き、しかし仰向けで寝ていた私の足に乗っかった巨大なマグロを見るや、一気に脱力する。
「…………有瀬くん? 何してんの。踏んでる踏んでる」
膝下を横断するように横たわったマグロを軽く叩き、私は声をかけた。
「誰? あ、那由多か……そうか……ソファーベッド、広がってるからか……背もたれない……」
支離滅裂な返事から察するに、寝ぼけているらしい。マグロはそのまま動かなくなった。
「ちょっと、こんなとこで寝ないでよ。踏んでるんだってば。聞いてよ、起きてよ、重いって」
マグロは動かない。呼びかけても叩いてもうんともすんとも言わなくなった。すんって答えたらブン殴ってたと思うけど、それにしたって無反応よりマシだ。
ウソでしょ……こいつ、まじで寝たの?
いや、足抜けないんだけど? もしかして、朝までこの状態なの?
私の両足、普通に死ぬじゃん!
「有瀬くん! 起きて! 寝たら死ぬよ、主に私が! 起きて、起きろ!」
さっきよりも大きな声で訴えたけれど、マグロは動かない。いつか見た寝姿動画と同じく、死んだように動かない。静止画のように動かない。
こうなったら、志貴さんと真央さんを呼ぶしかない。間違いなく怒られるけど、このまま放置されるよりはいい。
そう思って、叫んだ。
助けてください、このままでは死んでしまいます、誰か来てください、マグロの死体を退かしてください、何でもします、舌も尻子玉も差し出します、だからお願い、助けてと、声の限りに叫んだ。
でも、誰も起きて来なかった。マグロも動かなかった。
城咲さんも含め、この家に暮らす者達は皆とても眠りが深いらしい。城咲さんとの会話、周りを気にする必要なんかなかった。少しもなかった。
叫び疲れて声が嗄れても、マグロは動かなかった。絶望のあまり、ぼわーっと涙が噴き出た。
なるほどね……そうかそうか。どうしたらいいか、わかったかもしれない。袋小路に一筋の光明が見えたわ。
こうやって、とっとと幻滅すればいいんだ。
こいつは顔だけの超雑野郎だと、心底思い知ればいいんだよ!
その手始めとばかりに、マグロの下敷きにされたまま私は泣いた。足が痺れて感覚がなくなって、起きたら壊死してるんじゃないかと思ったら、怖すぎて泣いた。少女漫画だったら彼と一つベッドで一夜を共にするなんて間違いなくドキドキシーンになるはずなのに、現実との落差に打ちのめされて泣いた。
この男の雑さに腹が立ちすぎて、泣いた。泣きに泣いた。




