16-8 エキサイティング母性本能イエア!
「俺だって那由多と仲良しだ。明日香とばっかり仲良くしてるのはおかしい。仲間外れなのは、俺が吸血鬼だからだ。だから那由多も、仲間の吸血鬼にしようと思った」
「何、その意味不明な言い分!? 超痛かったんですけど!?」
公園を離れてパレードの列を戻る道中、首噛み付き事件の犯人から明かされたバカバカしいにも程がある理由を耳にするや、被害者の私は隣を歩く現行犯の自称吸血鬼――有瀬くんの横腹に軽く肘を入れた。しかし、反応はない。
あの腹筋じゃ、このくらい痛くも痒くもないでしょうね。
「あーこりゃひどいねー。血は出てないけどしばらく跡になるやつだよ……ぷふっ」
背後から私の左首を覗き込んで、志貴さんが噴き出す。
何笑ってんのよ、笑い事じゃないよ。
「那由多ちゃん、今日はウチ泊まってきな。泊まってった方がいい、うん」
文句を言おうとしたら、志貴さんから想像もしてなかった提案をされた。
「え、何で?」
「その方が面白くなるからに決まってるじゃないか! 今夜は夜ふかしして皆でゲームしよう、ね!?」
つまり、大人数の方がゲームを楽しめるから、ってことかな?
確かに首の傷は、鬱血して痛々しいことになってる。このまま帰ったら、パパもママも心配するよね。一晩経てば少しはマシになってるかもだし……。
「有瀬くんはどう思う?」
「いいと思う」
素っ気ない返事が落ちてきた。
んん? 何か微妙に機嫌悪い感じじゃない? 噛み付いたことを申し訳なく思ってるのかな? 仮面のせいで、普段に増して表情が読めない。
それを抜きにしても、今日は全体的にいつもより無口な気がするんだよね……。
「真央ー、那由多ちゃん泊まるからコンビニ寄ってー」
城咲さんと並んで前を歩いていた真央さんが振り向き、ホッケーマスクを頷く形に傾ける。
本当にいいのかなぁ……有瀬くん、あんまり気乗りしてないみたいなのに。
立ち寄ったコンビニで下着と化粧品をカゴに入れると、私はスイーツコーナーでぼけーっと突っ立っていた有瀬くんに近付いた。
もう仮装パレードから離れたというのに、有瀬くんはまだベネチアンマスクをしたままだ。
「有瀬くん、何か買うの?」
「今日はいい」
話しかければ答えてはくれるけど、やっぱり素っ気ない。
もー! 何なの、もー!!
「ねー有瀬くん、どうしたの? 噛み付いたことならもう怒ってないよ? 城咲さんとは隣同士で歩いてたからたくさん話してたけど、だからって有瀬くんを仲間外れにしたわけじゃないからね? あの人混みじゃ後ろにいたら話しにくかったし、仕方ないじゃん? ほら、今じゃ同じ吸血鬼仲間なんだから、腹割って話そうよ、ね?」
「何か、イヤだから」
しかし、返ってきた言葉は幼稚そのものだった。
何だこいつ、感じ悪いな。
言っとくけど被害者は私の方なのよ? なのにこちらから歩み寄って話し合いしようとしてるのよ? 何がイヤだよ、イラッとしたわ。面倒臭がりのくせに面倒臭いこと言うなよ、面倒臭い。
湧き上がるイライラを収めるために、私は目に付いたスイーツをばかばかとカゴに放り込みながら問い詰めた。
「何かイヤじゃわかんないよ。何がイヤなの、はっきり言ってよ」
「今日の那由多がイヤだ」
「はああ? 人は良くも悪くも日毎に変わるんだよ。何なら毎秒変わってんだよ。細胞分裂してんだよ。一歩一歩老いに向かってんだよ。イヤとか言われても、どうにもできないよ。そんなにイヤなら、不老不死の妙薬でも手に入れて来いよ。ついでに時間戻してくれたら、喜んで飲んでやんよ」
「……今日の那由多は、那由多なのに那由多じゃないみたいでイヤだ。我慢してたけどイヤなものはイヤだ」
辿々しく、それでも詳しく説明されると、スイーツを取る私の手が止まった。
ええと……? 要するに、コスプレしてる私がイヤ、ってこと?
理解すると同時に、ディナーショーに行くためにドレスアップしたママの姿が頭の中に蘇った。
私にも覚えがある。
小さい頃は、いつもと違った華やかな装いをしたママが別人みたいに見えて、すごくイヤだった。私を置いて出かけたまま二度と帰ってこないんじゃないかって不安で泣いて、帰ってきてからもまた行っちゃうんじゃないかって心配で泣いて、化粧を落としていつもの普段着に戻って抱き締めてもらったら安心して泣いて、とにかくずっと泣いてた。
あ、あーあー……あれか。あの感覚か。あーはいはい、なるほどね。
首に噛み付いたのも、きっと不安だったから。私がママを行かせまいと必死にしがみついて離れなかったのと同じ……だったのかもしれない。
私は有瀬くんにカゴを押し付けると、ピンやらゴムやらバレッタやらを外して髪を下ろした。
「跡ついてボサッてるけど、これならマシでしょ! どう、ちょっとはイヤじゃなくなった? まだイヤだってんなら、私がお風呂上がるまでずっと拗ねてれば? その間、私は皆と仲良くしてるから、有瀬くんはポツンとお一人様してればいいよ」
すると有瀬くんはマスクを外して、じっと私を見つめた。
「那由多だ……いつもの那由多だ、良かった」
長い睫毛に縁取られた瞳が、若干潤んでる。
えぇ……そんなにイヤだったの? 中学生那由多、嫌われたもんだなぁ。
「いつもはこんな髪ボサッてないでしょーが。失礼だなー。で、スイーツいるの? いらないなら全部私が食べるよ」
「いる。食う。半分払う。首、ごめんなさい。すみませんでした」
「今更だなー。まぁいいよ。ちょっと遅くなったけど、ごめんなさいできたもんね。えらいよ」
有瀬くんを仰いで笑って、ついでに手を伸ばして頭をいいこいいことナデナデしてみた。
頬チュー事変のことが頭をよぎったものの、何さらすんじゃオルァ! と暴れられても、猛者が三人揃ってるし大丈夫……と一応保険をかけての行為だった。
けれど有瀬くんはライオットをかましたりせず、撫でられた部分を不思議そうに触ってから、そっと口角を上げて笑った。
初めてプレゼントをもらった子どもみたいな、嬉しさを壊さないようにそっと包むような、そんな静かでいじらしい笑顔だった。
胸がじんわり熱くなる。
何なの、この子……めちゃくちゃ可愛いじゃないの……!
とんでもなく雑で、イライラするほど面倒臭いけど……やっぱりいい子。有瀬くん、いい子。何ていい子。
ああ、これは育て甲斐あるわ。
ちっちゃい時の有瀬くんがこんな笑顔したら、今より間違いなくヤバかった。思わず志貴さんに土下座して『息子さんを一緒に育てさせてください! 大切にします!』って結婚申し込むみたいな勢いで言って、真央さんに蹴り飛ばされて死んでたかも。
んああ、死ぬとわかっててもお願いしてただろうなあ!
そうかあ、これが母性本能かあ! 堪らんなあ、母性本能!




