1-5
――
「んで、美味いか?悠」
「……うん、うふぁい」
先ほどの噴水広場から少し離れた場所。
露天で売っていた【団子】を悠は頬張り、噛みしめていた。それを少し離れた茂みに寝転がったラゼが見つめている。
餅の弾力、甘塩っぱい醤油の味、炭火で焼いた香ばしさと暖かさ。
それが全て、まるで本物のように口に広がり、舌を通して伝わってくるのだ。
「はっはっは。そうだろそうだろ、坊主。ウチの団子はニューレアルの中でも絶品と評判だからな」
ツルツル頭にねじりハチマキ。口元にヒゲを蓄えたガタイの良い、いかにもな団子屋の親父は、炭火の周りに刺してある団子を団扇で扇ぎながら上機嫌に悠に言った。
噴水広場に続く道に露店を構えるこの団子屋は、現実世界で見る縁日の店とそう違いはなかった。
ただ、縁日で見るよりも大分シンプルなもので、テーブルが一つに炭火の周りの団子。それを焼いてタレをつける親父に【団子屋】というのぼりが一つ……という、実に分かりやすい露店。
ファンタジー世界には実に似つかわしくないような店ではあったが、日本人である悠には実に馴染みやすく、立ち寄りやすい店である。どうやら日本人向けにローカライズされているものらしい、と悠は解釈した。
「んぐ。……おじさん……俺、坊主って歳でもないんだけど……」
「ワシからすりゃ、お前くらいの歳のヤツは皆坊主だな。悔しかったらもっと歳取ってみろ」
「どうすりゃいいんだよこの世界で歳取るって……」
そういえば、そういう見た目の設定もなにもしていなかったが……なにかそういう設定を事前にしておくべきだったのだろうか? と悠は不安に駆られた。
しかし今は、手に持った団子を食べながら店の親父と話す事にして小難しい事は後々考えよう、と切り替える。
「親父さんは、ニューレアルのプレイヤーなの?」
「いや、ワシはNPCだ。つまりこの世界に組み込まれたAIの一部って事だな」
「じ、自分で言うんだ……」
「ああ。その自覚もあるし、別にだからと言って何も変わらん。ワシはこの世界の噴水広場で団子を売るのが生業だし、それで生計を立てている。夜には店じまいをして家で酒飲んで寝て、朝には仕込みに来てまた店を出すって流れよ」
「……す、すごいね、なんか……。ほとんど人間じゃん」
「そういう風にできとるからな。はっはっは」
上機嫌に親父は団扇で炭火を扇ぎ続ける。
「でも、いいの?親父さん。俺この世界に来たばっかりで、お金なんか持ってないのに」
「初心者には一本サービスするように決めてるんだ。それに、坊主みたいなプレイヤーはなかなか珍しいからな。ワシがNPCだと分かればすぐにどっかに行っちまうヤツや会話をしようとしないヤツばかりだ」
「へー……。なんでだろ?」
「ゲームの中だけの存在、ってものに生命が無いと思っておるんだろう。まったく、ワシはこうして団子焼いとるっちゅうのに」
悠は、その台詞に首を傾げる。
目の前にいるガタイの良い親父は、明らかに機嫌良く笑い、自分と話し、楽しんでいる。
感情があり、相手の気持ちを理解し、通じ合おうとしている。
その向こうにプレイヤーがいるかどうかの違いなど、ここでは無意味なのではないだろうか。
それを悠は感じ取っているのだが…… なかには、そうは思わない人間もいるのだという。
その違いが分からず、悠はただただ首を傾げたまま団子を頬張るのだった。
「だがこの街……いや、この世界には、ワシのように商いをやったり農業や牧場をやって暮らしているプレイヤーもおるんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。現実でどんな生活をしているのかは知らんが、こっちでは第二の人生をゆっくり過ごせるよう、冒険や戦いではなくスローライフってやつを送るヤツもいるらしいなぁ」
「……うーん……」
そこで、悠はまた考え込んでしまう。
「どうした坊主。悩み事か?」
心配そう、というよりなにか興味深そうな様子で、団子屋の親父は悠の顔を見た。
首を傾げながら、悠は虚空を見つめ、呟くように聞く。
「じゃあこの世界……なにをするのが正解なんだろう、って」
「はっはっは。自由すぎてなにをすればいいのか分からない、ってヤツか。最初はそんなプレイヤーだらけさ」
「いや、でも実際さ……。親父さんはタダで団子くれたけど、お金だって手に入れなくちゃいけないだろうし、そのための情報も集めなくちゃなんだろうし……。そもそも、なにを目的にしていけばいいのかな、って」
「ま、坊主みたいな若いプレイヤーにはありがちな悩みだな。実際に何かをする前に、何をすればいいのか分からなくて立ち止まっちまう」
団子屋の親父は、団子を仰いでいた団扇をぴしっ、と悠の頭を叩くように貼り付け、悠の瞳を真っ直ぐに見た。
「え?」
「歩け、坊主。街を歩いて、道を歩いて、外の世界を歩いて、見て、聞いて、感じろ」
「みて、きいて……?」
「それは、なにもこのニューレアルだけじゃねぇ。おめぇさん達がいる現実の世界だって同じだ。生きる理由は自分で見つける。それがこの世界は、ほんの少しだけ自由だってだけだ」
「…………」
「まずは景色を見ろ。人を見て、街を見て……そして、関われ。どんな些細でもいい。繋がりを持ちな。そこから、段々と目的ってのは生まれるもんさ」
「……そうなのかな……」
「ま、ワシは団子を焼いているだけのNPCだ。そんなヤツの戯言だと思って聞いておきな」
親父はにんまりと笑うと、また踵を返して団子を焼く炭に団扇を扇ぎ始めた。
だが、その言葉は悠の心に浸透していった。
答えを求めて乾いていた心に、ほんの少しの潤いを与え、それが活力となるように。
「……ありがとう、親父さん! 俺、とにかく歩いてみるよ」
「ああ。がんばれよ」
「オッケー!」
一ノ瀬悠は笑顔で団子屋の親父に手を振って、歩み始めた。
まずは……街の、外へ。
この世界を、見るために。
――




