5-8
――
「ごじゅ……??」
呆然としながら言葉を反芻するユウ。
歩み出たヨアは、コートのポケットから取り出した札束をヴィネットの机の上に置いた。その様子をヴィネットは相手を見定めるように見つめている。
(えーと、確か前にクラヴィスに尋問を受けていた時に説明されたよな……。この世界の通貨は、現実世界の日本では大体1レードあたり10円くらいだって……。ええーーと……つまり、今ヨアが置いたあの50万レードっていうのはお尻に0を1つ付け足せば日本円になるわけだから……)
計算が苦手なユウは必死に頭で思考を巡らせて、どうにかその計算を終わらせる。
そして、驚愕が口から飛び出した。
「ご……500マンエンッ……!!??」
「……ま、日本円に換算すると大体そのくらいの価値になるかな。下の適当な商人プレイヤーに当たれば、現実世界の現金と取り替える手続きは踏めるだろうしね」
口をパクパクさせて驚き続けるユウにヨアは振り返り、呆気なく答える。
「よ……よよよ、ヨアって……か、金持ち……?!」
「そういうわけじゃないけど。ヴァレクト・システムで幹部やってた時期もそこそこにあるしさ。タダでやっていたわけじゃないから、このくらいはね」
「で、でも……!そんな、ポンって、そんな、大金……!!??」
「これからこの世界で生きていくうえで必要な出費だよ。宝の持ち腐れ、っていうでしょ? お金はあってもこれからの安全が保証されないんじゃ意味がない。だから少しでもボク達の信頼できる相手や場所を確保していかなくちゃ」
さも当然の事のように語るヨアの行動が信じられず、ユウはただただ固まって無言になった。
一方で、ヴィネットは机の上に置かれた札束を見下ろし……次に、ヨアの目をじっと見つめる。
それに目を逸らさずに無表情でいるヨアに、ヴィネットの口が微笑む。
「やるわね。商業ギルドの長と取引するのなら、これくらいの豪胆さがないとね」
「……ありがとうございます。それで、どうでしょうか。この金額で、ボクの依頼を果たしていただけますか?」
「……【ヴァレクト・システムからのあんたら二人の逃亡サポート】。【ノルムの村の警護】。この二つだったわね」
ヴィネットは札束を手に取って、ヨアとユウに見せつけるように自分の顔の横に持ってきた。
そして、言い放つ。
「足りないわ」
「え……ええええええっ……!!??」
驚きの声をあげたのはユウだった。
ヨアは感情を殺しながら、ヴィネットを見続けて問いかける。
「……何故ですか? 十分な額をお持ちしたとボクは思っているのですが」
ヴィネットはニヤニヤとした、まるで子どもが大人をからかうような表情を浮かべながらヨアに答える。
「アタシはね、商談は相手を見て行うの。これ以上出せなさそうなら請け負うし、逆にもっと搾り取れそうであれば可能な限りの額を引き出す。……朧月商会が、その二つの依頼を請け負わないとどうにもならない状況なんでしょ? ならもっと、命がけのものをいただかなくちゃ」
「……ボクの手持ちはこれでほとんど全てです。あとはこれからのこの世界の生活でどうしてもとっておくべき最低限の金額だけ……。それでも、不満ですか?」
「不満なんてないわ。この金額でも十分過ぎるほど請け負える内容だけれど……。アタシは、お金じゃない別のものが欲しいの」
「……別のもの……?」
ユウが疑問を口にすると、ヴィネットはふふん、と鼻を鳴らして言う。
「ヴァレクト・システム元幹部のフレーム使い、ヨア・ゲーアハルト。謎の強力なシルバーフレームを使う、一ノ瀬ユウ。二人の価値を見極めて、アタシとの信頼関係を結び、その証を手に入れられれば……この50万レードもいらないわ」
そう言って、ヴィネットはヨアの所へ歩を進めて、その手に持った札束を笑顔で突き出した。
流石にこれにはヨアも呆気にとられて、自分が出した札束を受け取ってしまう。
「……どういう、ことですか……?」
「ジュリ」
ぱちん、とヴィネットは指を鳴らした。
そこで部屋に、先ほど前室で二人を案内してくれたメイド、ジュリエッタが部屋へと入ってくる。
「失礼いたします」
「! ジュリエッタさん……!?」
「ジュリに説明をしてもらうわ。……アタシ達が提示する、取引条件をね」
ジュリエッタは姿勢を崩さず、静かな足取りで部屋の中央へと進んでいき、机の上に手に持った大きな紙を置き、広げた。
それは、地図だった。
「私からご説明させていただきます。……ヨアさんとユウさんのお二人には、朧月商会が手に入れたい【あるもの】を獲得し、献上していただきたいのです。その物品が手に入れば、今回のヨアさんのご依頼は金銭取引なしで我々が請け負わせていただきます」
「……!」
「ヴァレクト・システムからの刺客や追っ手に関してはこちらから情報網を張ってあちらのギルドの様子をヨアさんに常に送るようにいたします。お二人に危険が迫るようなことがあれば事前にこちらから察知できますわ。我々朧月商会のネットワークは広大です。安心してください」
「……なるほど」
ヨアは、納得をして頷く。
ヴァレクト・システムのように一カ所を本拠地とし各地に出動する治安維持ギルドと違い、朧月商会はニューレアル中に散らばった商人達のギルドだ。
品物や素材の情報を集めていく中で、各地の様子やギルドの様子などもネットワークとして伝達しているはずであり、その情報をこちらで拾えるのであれば格段に安全を手にしつつニューレアルを旅することができる。
「ノルムの村へは、朧月商会からハンターを派遣し周辺のバグルを定期的に視察、討伐させていただきます。フレーム使いの腕利きをご用意させていただきますので、ご安心を。こちらは半年間の条件で行わせていただきますし、延長も視野に入れておきます。その間にヴァレクト・システムの監視の目がノルムの村からなくなれば万事解決です」
「……なるほど……!!」
ユウの表情が明るくなった。
二つの依頼を請け負ってくれる見込みができたところで安心はするが……ヨアの表情は変わらず晴れない。
何故ならば、その依頼料としてなにを献上するのかを聞かされていない事に他ならない。
「……それで、ボク達がその依頼を請けていただくために支払うものは、なんですか?」
ユウとヨア。
ヴィネットとジュリエッタ。
四人がそれぞれ、四角形の机の辺のそれぞれに集う。
机に置かれた地図には、このライズマーケットシティ周辺の地形や街、そして川や台地などが正確に記されている。
ジュリエッタが指さした場所は…… 【森】であった。
「【旋毛の森】。この森に生息するボスモンスターが所持している【宝玉】を手に入れて、我々に献上していただくことを、依頼を請け負う条件とさせていただきます」
――




