5-7
――
「 【エデンコードを手に入れたものは、この世界の全てを知り、そして変えることができる】。 だから、アタシ達はそれを追い求めているの」
「全てを知り、変えることができる……?」
その突拍子もない内容と不明瞭さに、ユウは言葉を繰り返す事しかできなかった。
ピンク髪の少女は椅子から立ち上がり、机を離れてユウとヨアの方へ歩み寄りながらも視線を空に向け、語る。
「ニューレアルの中だけにある、伝説みたいなものね。現実世界と殆ど変わりのない世界……感覚や金銭を共有しているこの世界で、人や地位、富を手に入れるのはそう簡単なことではないわ。現実と同じように、コネクションを形成し、富を築き上げ、媚び諂いながらも、人の隙間に入り込み掌握していかなければこのニューレアルでもトップに立つことはできない。……アタシが、そうだったようにね。けれど、そんな面倒なプロセスを一瞬で省略できてしまい……なおかつ、強力に変化してしまう魔法のようなものが【エデンコード】よ」
その言葉の意味はユウにはよく理解できていなかった。
だが隣のヨアは顎に手を当てて考えるような仕草を見せながら、ヴィネットに質問をする。
「ボクのようなギルド幹部にすら、そのエデンコードという存在は伝わっていませんでした。何故でしょうか」
「アタシやクラヴィス。それに他のギルドのマスタークラスのプレイヤーではないとその情報は知らないわ。古くからニューレアルにログインし、このニューレアルの覇権を奪い合っていたトップ達に伝わっている伝説よ。……夢物語と言ってもいいかもね」
「……その情報は、どこから?」
「運営サイド、とだけ言っておくわ。要するにエデンリンク・インダストリーズと本当に深い関わりのある者だけが特別に与えられる情報なのよ。……でも、本当にそれは不明瞭で、不確定。【それがある】程度にしかアタシ達は知らないわ」
「……あの」
どうにかヴィネットとヨアの会話に入ろうと、申し訳なさそうに手を挙げるユウ。
二人の視線を浴びると、冷や汗を垂らしながらユウは質問をした。
「クラヴィスが『エデンコードの話が出てきたタイミングで現れたシルバーフレームは必ず関わりがあるはずだ』みたいなことを言っていたんだけれど……。……でも、ヴィネットは【伝説】とか【古くから】って言ってるだろ? 辻褄が合わないんだけど……」
「なかなか鋭い意見だわシルバーフレーム。そのあたりも解説しておきましょう」
ヴィネットは少女らしくない不敵な笑みをユウに向けると、スラスラとその質問に答える。
「運営側からこの情報が伝えられたのは、昔。それこそ、アタシ達がニューレアルにプレイヤーとして参戦し覇権を争ってギルドを作った時期よ。……当初は、運営側がギルド同士の抗争を止めるための妄言だとアタシ達も思っていた。ニューレアルのどこかにある【エデンコード】を探り当てれば、ギルド同士で争うことなくこの世界を制する事が出来るからね」
「でも、それが妄言ではないと信じたわけですか?」
「いいえ、半信半疑よ。けれど特にグリムチェイサーズのような冒険ギルドがエデンコードを探り当てるために抗争から離脱を開始してね。つられるように修羅陣も戦闘特化の独自路線を形成していき、残ったヴァレクト・システムとアタシ達朧月商会も、抗争よりも自分達の陣地を広げ人脈を集める事に専念し始めたわ。……要するに、運営側の目論見通りになってしまったのよ。だからエデンコードはあくまで伝説であり妄想なのだとアタシ達ギルドマスターは思っていながらも、自分達のギルドの運営に専念していた。……けれど」
「けれど?」
ヴィネットは少し溜息をつくと、一層険しい顔でヨアとユウを見つめる。
「コンタクトがあったの。音沙汰のなかった運営側の人間が……アタシ達に、久々にね。内容は……『エデンコードの存在が確認された』」
「……!」
ユウとヨアの二人は固唾を呑む。
ヴィネットは視線を逸らさずに二人を見つめながら、机に片手を置いて体重をかけながら話す。
「内容はそれだけよ。エデンコードという存在がどういうものか、何故急にその話が再び出てきたのか、理由は聞かされていない。けれど……運営上層部からのコンタクト。それも、数年ぶりのことだったの。だから――」
「――それとほとんど同時に出現したのがユウ……シルバーフレーム、イヴァレックスだったということですね」
ヨアの言葉に、ヴィネットは小さく頷いた。
一方、自分の事を話されていると少し間を置いて理解をしたユウはただただ、自分を指さして二人の顔を見比べる。
「お……俺……」
「ええ。数年ぶりに運営側からその名が挙がった【エデンコード】。そして、そのタイミングと全く同じに出現した聞いたことのない強力な変身機構【シルバーフレーム】。【イヴァレックス】……その変身者【一ノ瀬悠】。……クラヴィスがあんたを捕らえて尋問をした理由も、これで分かるでしょ?」
「……確かに」
ヨアは顎に手を当てて考え込むように視線を落とす。
一方のユウは、未だ自分の話をされている感じがせず、呆然とするだけだった。
自分の変身するシルバーフレームがそんなタイミングで出現したものだとは思っていなかったし、ただ単に与えられたものを使っていただけだ。
それがノルムの村の人のためになると信じて力を使っていたら、予期せぬ【エデンコード】という謎の伝説に関わるものかもしれないという。
なんてものを寄越したんだ、ラゼットは。ユウはそう思ったが――。
(……じゃあ……。 ラゼットは、エデンコードについて知っているんじゃないのか? ギルドマスターですら殆ど実態が掴めていない、エデンコードの謎を……アイツが、知っているんじゃ……!?)
その事実に、背筋がぞくりと寒くなる。
ヴィネットがいる手前、自分の前に姿を現さないパートナーのことをユウは今、初めて……【不気味】と感じた。
「……ま、その様子じゃあんたは何も知らなかったみたいね。単なる初心者のプレーヤーが偶然シルバーフレームなんてものを手にして、使っていただけ……なんでしょ」
「信じてくれるのですか?」
「言ったでしょ、商談は信じることから始めるって。……ま、別に嘘をついていたとしても今のところはアタシらのギルドに害があるわけじゃないし。エデンコードのことを知っていようがいまいが、それはヴァレクト・システムにも他のギルドにも漏れ出していないのが現状だわ。なら、商談には支障はないからね」
「……えーと、あの……ヨア? ヴィネット、さん? 商談って……なに?」
ユウとしてはとにかく、エデンコードの話から流れを逸らしたかった。
今まで信頼してきたパートナーの存在が途端に疑わしくなった以上、この話を続けるのは避けておきたい。
ヨアはユウの顔を見て、口元で笑顔を見せた。
「そうだね。ユウにも、説明しておかなくちゃ。……それじゃあヴィネット、商談の内容に移らせてください」
「構わないわよ」
ヨアは一歩前に出て、不敵に笑うヴィネットに、宣言するように言った。
「ボク達の望みは二つ。 【ヴァレクト・システムからの逃亡を朧月商会でサポートしてほしい】。 【ノルムの村に朧月商会から腕利きのプレイヤーを周辺のバグルからの護衛ということでしばらくの間配置してほしい】。……その、二点です」
そしてヨアは頭を下げて続けた。
「二点の依頼金額は…… 50万レード。これで、請けてもらえないでしょうか? ヴィネット」
――




