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「早かったわね、ヨア・ゲーアハルト。それに……シルバーフレーム」
そのピンク髪の少女は、扉から入ってきた二人の方を見向きもせず、宝石のような欠片を天井の照明にかざして眺めていた。
先ほどの空から眺めるような景観のホールとは全く異なり、四方を壁に囲まれた閉鎖的な部屋。
だが、先ほどのホールと同じように調度品が豪華なものばかりだという事は一目でユウにも理解ができた。
天井から吊されたシャンデリアのような水晶灯が穏やかに部屋の品々を照らす。
大理石のような固く煌めく床に敷かれたカーペットには複雑な職人技のような紋様が縫われている。壁際には書棚が隙間なく並び、革張りの分厚い本が同じように隙間なく収納されていた。
部屋のあちこちには陶磁器や機械時計、鉱石の標本や武器、鎧、盾など、美術館の展示品のような品々が飾られるように点在する。
中央の絨毯は真っ直ぐに部屋の奥まで伸び、その先には紫檀のような素材の執務机。
羽ペンと書類が乱れなく並び、ティーセットからは湯気が立ち上っている。
成金趣味の派手さはない。
財と年月が積み上げられた【本物】の落ち着きと威圧感がこの部屋を組み立てていた。
そしてその執務机に座るのは、一人の少女だった。幼い、という言葉が似合う少女であるが、不思議と彼女がこの部屋にいても違和感はない。
豪華な部屋に溶け込んでいるのではなく、その小さく華奢な身体でも何故か、この空間を支配するような雰囲気を醸し出している。
「お初にお目にかかります、【ヴィネット】様。ボクは――」
「あー、いいから。事情はジュリから聞いているし、アンタの素性も知っているわよ。それに、礼儀正しい挨拶なんてしなくてもいいわ。面倒なだけだし」
「……わかりました。改めて、ヨア・ゲーアハルトと申します」
最低限の自己紹介だけ済ませ、ヨアは小さく笑いながら頭を浅く下げる。
淡く美しいピンク色の神を左右で結い上げ、宝石のような深紅の大きな瞳が摘まんだ宝石からこちらに向けられる。
黒と紅のドレスのような服装は着飾ったようなものではなく、玉座の女王のような威厳を持ったものだ。
愛らしい少女の顔立ちとは裏腹にその目の奥にはまるで獲物を値踏みするような冷たく、鋭い光が宿る。
ヴィネット、とヨアが呼んだ少女は宝石を机の上に置き、顎に手を当てて二人を真っ直ぐに見る。
「それじゃ、こちらも改めてよろしくねヨア。良きパートナーになれることを願っているわ。……で、そっちが件の少年?」
「はい。……ほら、ユウ、自己紹介して」
「……え? だって……え? ぎ、ギルドマスターって……この女の子……?」
目が点になって少女を指さし、ヨアの方に質問をするユウ。
ヨアはそのユウの額にデコピンをした。
「いでっ」
「失礼な口を叩かないように。彼女がこのギルド……【朧月商会】のギルドマスター【ヴィネット】だよ」
「……ま……マジで……」
改めてヴィネットの方をゆっくりと向くユウ。
ヴィネットはにっこりと笑みを浮かべるが、それが心からの笑顔ではない事は理解できた。
「ニューレアルが仮想現実だっていうことは頭から消えているのかしら? この世界ではどんな姿をしていても自由なのよ。まあ、大抵は現実に近い姿にしているらしいけれど、アタシは……想像にお任せするわ。リアルの話をするのは禁則事項だしね」
「は……はあ」
「で、シルバーフレーム。アンタの名前は?」
「……一ノ瀬、悠です……」
何故か敬語になってしまうユウ。
ヴィネットは笑顔を消し、再び真剣な表情で顎に手を当て、椅子の背もたれに背を預けた。
「ログインして何日?」
「えーと、しばらくクラヴィスに捕まっていたから……二週間、くらい……?」
「本名やダイヴギアの入手経路を聞くのも禁則事項だから、そこは答えなくていいわ。それを踏まえて……ニューレアルにログインしたのは、初めてよね」
「あ……はい」
「それじゃあ、アンタが使っているそのシルバーフレームってのを使い始めてまだ一ヶ月も経っていないわけね」
「……です」
「ヴァレクト・システムとしてその真偽はしっかりと尋問できたの?」
ヴィネットは話題をヨアの方に向けた。ヨアは小さく頷き、答える。
「はい。……あくまでボクの感覚ですが、彼がニューレアルにおいてまだ初心者に近いプレイヤーなのは、間違いないと思っています」
「ふぅん……。ま、今のところは信じておいてあげるわ。そこからじゃないと【商談】は進まないしね」
「……しょー、だん……?」
変わらず目が点のままのユウを置いてけぼりにするように、今度はヴィネットとヨアが会話を始めた。
「シルバーフレームについてどの程度まで調べは進んでいるの?」
「……ほとんど、何も。彼も詳しいことは分からないようですし、偶然手に入れた変身システムを使ってノルムの村の警護にあたっていたという使用用途のみです。フレームの性能自体もよく分かっていない部分が多いです。イヴァレックスという名前以外は」
「……偶然、ね。本当に信じろっていう方が無茶な内容だけれど……仕方ないわ」
呆れ顔でユウを見るヴィネット。
ユウはヨアに会話を任せてはいるが、唯一、ラゼットに関する事だけは語らない様子に安堵をしていた。
ユウと【共鳴】をしたヨアにしか視認できない存在で、イヴァレックスより謎が多い生命体ではあるがユウの味方で友人である事に違いはない。
巨大な商業ギルド、朧月商会のギルドマスターにそれがもしバレてしまったら、どういう事態に繋がるか予想も出来ない。
今はひとまずラゼットの存在を隠したほうがいい、という認識がヨアと共通していた事にユウは小さく胸を撫で下ろす。
「こちらからも質問があります、ヴィネット」
ヨアは、先ほどより少しハッキリとした声をヴィネットに向ける。
「なにかしら?」
「……ヴァレクト・システムのギルドマスター。クラヴィス・ヴァレクトが彼を捕らえていた明確な理由があります。……彼、一ノ瀬ユウ……シルバーフレームが、【エデンコード】と必ず繋がりがあるはずだと。クラヴィスはそのことについてユウを個別に尋問していました」
「…………」
「貴方は、知っているのですか?……【エデンコード】とはなにか、について」
「……。成程ね。あのメガネ、そういう嗅覚に長けているのは変わらず……いえ、むしろ悪化しているわね。昔よりタチが悪いわ」
ヴィネットのクセなのか、右手の親指の爪を軽く噛んで少し悔しそうな表情をして目線を下に落としている。
ヨアは構わず質問を続け、ユウはひたすらそれを見守っていた。
「エデンコード。ギルド幹部でフレーム使いのボクでも、何のことか見当もつきません。ユウに関しても同様です。……しかし、クラヴィスはそれを必死に追いかけているようです。……朧月商会ギルドマスターの貴方は、その存在を知っているのですか?」
「…………」
「ボク達の商談には、そのことも含まれています。今後の身の安全のためにも……【エデンコード】とはなんなのかを、知っておきたいんです。お願いします」
「……流石、クラヴィスの右腕を務めていただけのことはあるわね。話の進め方が上手いわ」
ヴィネットは再び背もたれに背を預け、顎を引いて見下すようにヨアとユウを見る。
一方のヨアは直立不動のまま微動だにしないが、ヴィネットとヨアを交互に猫背で見比べるユウの姿はなんとも情けない。
「……教えられないわ」
「何故ですか。商談には、明確な情報が必要です。今回ボクがユウを連れてきたのは――」
「勘違いしないで」
若干早口になり怒ったような口調になるヨアを、ヴィネットが右の掌を見せて制する。
「……教えられない、というのは……アタシ達も詳しいことが分からないの。アタシや、ジュリ……いいえ、クラヴィスや他のギルドマスター……。ニューレアルに暮らすプレイヤーも、NPCも、その存在の全てを知っている者は存在しない」
「……? じゃあ、なんでクラヴィスはそんなものを……?」
思わず疑問を口にしたユウ。
ヴィネットは、はっきりと二人に告げた。
「確実に分かっていることが、一つ。 【エデンコードを手に入れたものは、この世界の全てを知り、そして変えることができる】。 だから、アタシ達はそれを追い求めているの」
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