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「……止まった!」
「月楼閣の真下に着いたみたいだね。ここから、上がっていくよ」
ヨアと話し込んでいるうちに、二人が乗っているハコは横への挙動を止めたようだ。
どのくらいの距離を移動したのかは窓もない狭い空間の中なので定かではないが、バーに入る前に見たあのタワーまでは相当の距離があったはずで、今その真下にいるというのは外の見えない今の状況ではとてもユウには信じられなかった。
少しの間を置いて、大きな機械音を響かせながらハコがゆっくりと上昇をしていく感覚があった。
それは現実世界でいうエレベーターと変わらぬ感覚で、細かな振動や重力の変化をダイヴギアがしっかりと二人に伝えていた。
「さて、と。もう少しで到着、またボクが色々話進めるから。さっきみたいに黙っていなくてもいいけど、まあ……分からないことが多いかな、ユウには」
「……ヨアに任せるよ」
「うん。……ちなみに、月楼閣の中に入るのは初めてだからね、ボク。ギルドマスターにも会ったことはないよ」
「え? そ、そうなの? それなのに、話なんて進められるのか?」
「事前にダイレクトメッセージで段取りは済ませてあるから。こういう事態になった時に多分、朧月商会に関わることになるとは思っていたからさ。だから、朧月商会側のプレイヤーからこの隠し通路の情報は事前に伝えられていたってわけ」
「……すごいんだな、なんか……。オトナって感じ……」
「やめてよ。多分ユウとそんなに歳変わらないんだからさ。さ、着くよ」
ヴァレクト・システムから脱走をした時は同い年の友だちだと思っていたが、こうも段取りをスムーズにこなしていくヨアを見ていくと、どんどんと背中が頼もしくなり、尊敬の念が風船のように膨らんでいくユウであった。
そして、ハコは上昇を止める。
左右に割れるように扉が開き、ユウとヨアの目の前に現れたのは――。
「……お早い到着でしたね、ヨア様」
メイド服の女性は椅子から立ち上がると、美しい所作で流れるようにこちらへと歩んできた。
鶯色のウェーブのかかった髪が美しく揺れ、窓から差し込む陽光に深緑の大きな瞳が煌めく。
メイド服、というのは現実世界では画面越しのコスプレくらいでしかユウは見たことがなかったが、実際に見るとシンプルなものでむしろ普段着として彼女にはこれ以上ないくらい似合っているようにも見えた。もっとも、ここは仮想現実ではあるのだが、それでも一目見た瞬間に彼女がコスプレではない、本物のメイドとしてここに仕える身であるのが理解できる程、所作が丁寧で流れるように美しかった。
にこり、と微笑む彼女であったが、それが心の底からの笑みではなく、礼儀として【見せる】笑みだということは、ユウにも分かった。
ただ、それでも綺麗だ、とユウは妙にドキドキしてしまうが、ヨアはそれに応えるように同じようなビジネス的な笑みを彼女に見せ、話し始める。
「ええ。はじめまして、【ジュリエッタ】さん。急なことで申し訳ありませんでした」
「いいえ。むしろ、マスターはお喜びかと思いますよ。こちらに不利益なことではありませんからね。……まあ、あの方は素直にそうとは言わないと思いますけれど」
「恩に着ます。……あ、それで……こっちが」
「……シルバーフレーム、イヴァレックスの使い手の方……ですね」
幾つか言葉を交わしたところで、ヨアが視線を一歩下がったところにいるユウに向ける。
ハコから出た部屋は広く、まるで中世の舞踏場のような豪華絢爛な場所であった。椅子、テーブル、カーペット。飾られた絵画や食器、武器や鎧、なにもかもが落ち着きを持ちつつも輝きを秘めている。
数百人は収容できるであろう、ホールのような空間。円形のその場所の壁は殆どが窓で出来ており、その外の景色は圧巻。
先ほどユウとヨアが歩いてきたライズマーケットシティの景色が一望できるのだ。現実世界にはもっと高いタワーもあるが、ライズマーケットシティには他に高い建造物もなく、この街を制圧したと言っても過言ではない景色がそこに広がっている。
ここが、少し前に見上げていたタワー【月楼閣】の最上階だということを、理解する。
室内も、室外も、その全ての景観に圧倒されているユウは我に返って慌てて目の前の女性に小さく一礼した。
「あの……えっと……よ、よろしく、お願いします……?」
「なんで疑問形なのさ」
苦笑するヨアと、可笑しそうに笑うメイド服の女性。
女性はぺこり、と優雅に深く頭を下げ、そして再び、相手を安心させるような笑顔と言葉をユウに向けた。
「はじめまして、ユウ様。私はこの商業ギルド【朧月商会】の……メイドで、ジュリエッタと申します。長いのでジュリ、とでも気軽にお呼びください」
「あ、え、えーと……い、一ノ瀬、ユウ、です……? お初に、お目にかかります? ジュリ、さん?」
「だからなんで疑問形」
くすくすと可笑しそうに笑い続けるジュリエッタに見せるように、ヨアがツッコミを入れた。
ヨアは、ユウの方を向きジュリエッタに視線を送り、彼女のことを紹介し始める。
「ジュリエッタさんは、このギルドのマスターの側近なんだ。様々な業務の補佐を最もマスターに近い場所で行いつつ、この月楼閣のギルドマスターに一番近い場所で最終警備も行っている。今回ボク達はここに隠しルートを使って辿り着いたけど、不正に辿り着いた輩は彼女に滅多打ちにされる、ってわけだね」
「え。じゃあ、ジュリさんってめちゃくちゃ強いの……?」
「ご想像にお任せします。今回は、ヨアさんとユウさん、お二人が私たちギルドのマスターに謁見したいとのことで仰せつかっておりますので、ご安心を」
……それは、自分が強いと言っているようなものではないかとユウは思うが、押し黙って唾を飲み込んだ。
それとは別の気になる事を、ユウはヨアに聞いてみる。
「さっきヨア、はじめまして、って言ったよな? 初対面なの? なんか面識ある感じだったけど」
「ダイレクトメッセージでやりとりしていたのが、このジュリエッタさん。実際にニューレアルで顔を見るのは初めてってわけだよ。彼女に、ここに来るまでの隠しルートを事前に教えてもらって、土産物を受け取っていたんだ」
「……で、でも……ヨアはほんの少し前まで、ヴァレクト・システムのギルド幹部だったわけだろ? よくそんな隠しルートを……」
「私たち朧月商会は、特にそういったギルドとしての規律が緩い場所です。交流、取引、商談……そういった行為に柔軟性をもつために時にギルドという枠組みは時に邪魔になりますからね。ヨア・ゲーアハルト様とは一年ほど前から密かにやりとりをさせていただいており、マスターからの信用も十分に得ております。なので今回、ギルドを離反されたとのことで晴れて直接お会いできるということになったわけです」
……そこに至るまでに、ヨアはどういう形で信頼を勝ち取ったのだろうか、とユウは思うが、また押し黙って唾を飲み込んだ。
「さ、まずはマスターに直接ご説明を。今回の取引について……よろしくお願いいたします」
「わかりました」
「あ、え……?」
ジュリエッタはホールの奥へと歩いていき、ヨアもそれについていき、ユウも慌ててそれを追いかける。
観音開きの大きな扉の取っ手をジュリエッタは掴み、そして二人に告げる。
「良い商談になることを、お祈りしておりますわ。 ……私たち、朧月商会ギルドマスター 【ヴィネット】様 との、良き商談を……」
そして、大きな扉はジュリエッタによって開かれた。
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