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「……。よし、時間だ」
ヨアは、いつの間にか左腕につけていた腕時計をちら、と見ると小さく頷いてそう言う。
ライズマーケットシティの裏路地。
賑やかな表通りとは違い、民家のような家々が立ち並び人の気配は殆どない。
丁度、日の光が先ほどヨアが指し示していた【朧月商会】の本拠地、【月楼閣】のタワーから影になっており、薄暗い雰囲気が漂っている。
先ほどとは全く違う雰囲気に恐怖を覚えるユウと、全くそれを意に介していないヨア。
そんななか、ヨアは数歩歩いて、とある店の前で多留まった。
「……【BAR 陽炎】……?」
ユウは、木製の扉の隣にある立て看板の文字を読んだ。
ヨアはその扉の取っ手に手を掛けながら、隣にいるユウに声をかける。
「ユウ。ここから先は、一切喋らないでボクに任せておいて」
「え?でも、この店、【closed】って看板かかってるぞ。まだやってないんじゃ……」
「いいからとにかく、ボクの行動を見ててくれればそれでいいから。くれぐれも、喋らないように。いいね」
「……あ、ああ……」
「話して良いタイミングになったら……そうだな。ボクがウインクでもするから、そうしたら喋っていいよ」
「う……ウインク……」
突拍子もないその言動に戸惑うしかないユウだったが、今はヨアの言う通りに行動するしかない。
ヨアは少し咳払いをした後で【BAR 陽炎】の扉を引いて中へと入っていった。ユウもそれに続いて店内へと早足で入っていく。
BARの店内は落ち着いた雰囲気で、派手な飾り気のないシンプルな飲食店の印象だった。
バーカウンターに、椅子が5脚ほど。カウンター裏には酒瓶とグラスが並べられており、店内は薄い黄土色の壁が一面を覆う殺風景にも近いもの。
多少の絵画が飾られており、幾つかあるテーブル席の花が視界に入る飾り気だった。
特徴的なのは、この店には窓がなく、まるで地下にある店に入ってきたかのように店内が暗い。
準備中だけあって店内にある照明に幾つか光があるだけで、半分以上の天井照明が作動していない。
そんな中、カウンターでグラスを拭いている店主であろうスキンヘッドの厳つい男が、入り口にいるヨアとユウを睨むように見てきた。
「お客さん。看板が見えたかい。今は準備中ですぜ」
ギロ、と眉をひそめる店主に思わず一歩後退してしまうユウ。
だがヨアはそんな男に怯まずに、少し微笑んだ表情を見せながら言葉を発した。
「ああ、ごめんね。えーと、【出口はこっちでいいかな】」
(え……?)
ユウは驚く。
ヨアが指を指したのは、自分達が入ってきた方向とは別。
今ユウが背にしている入り口から真っ直ぐの場所にある、反対側の扉だった。
「…………」
店主は、グラスを布巾で拭いていた手を止めて、ヨアをにらみ続けて言う。
「いいえお客さん。【出口はそちらからどうぞ】」
スキンヘッドの男はグラスをカウンターに置くと、ヨアとユウの背後にある扉を指し示す。
しかしヨアは首を振り、はっきりと男に告げた。
「いや。ボク達は【別の出口】を探しているんだ」
「…………。そうですか」
スキンヘッドの店主はにやりと口元を歪ませた。
それを見たヨアはバーカウンターの方へと歩いていき、ユウも慌ててそれについていく。
バーに肘を置いた店主と、カウンターの椅子に腰掛けるヨアが会話を続けた。
「土産物はありますかい」
「ああ。これで」
ヨアはポケットからなにやらカードのようなものを取り出す。
リンクカードとは違い、紙製の、カードゲームで使うような質感のものだ。
カウンターに置かれたそれを店主は受け取り、自分の顔の前に出して少しそれを見定めると頷き、カウンターの下にそれをしまった。
「これを。どうぞ、お通りください」
店主はそれと引き換えにするように、自分が身につけているエプロンのポケットから金属製の小さな鍵を取り出す。
カウンターに置かれたその鍵をヨアは受け取り、カードの代わりにポケットにしまう。
ヨアに倣って椅子に座ろうとしていたユウだったが、ヨアが椅子から立ち上がって歩き始めたので慌ててそちらへとついていった。
ヨアが進んでいったのは……バーカウンターの内側。店主がいる場所だ。
スキンヘッドの店主は、酒瓶が並んだ棚の一つをぐっ、と前に押す。
すると……その棚が奥側に動く。
奥側に動いた棚の左右には僅かなスペースが空き、人が一人ギリギリ通れるくらいの隙間が現れた。
「ありがと。……さ、行くよユウ」
ヨアは小さく頷いて礼を言うと、店主が開けているその棚の隙間の右側へと入っていく。
さっぱり意味の分からない会話の数々に困惑するが、言葉を発してはいけない、と忠告されていたユウはとにかく口を固く結んだままヨアの後に続いて隙間の中へと入っていった。
二人が棚の奥の場所へと入っていったのを店主は見届けると、棚を押していた手を離し後退する。
棚は再び前へと動き、先ほどと同じ、何の変哲もないカウンター裏の景色へと戻るのであった。
――
(……!! なんだ、これ……。エレベーター……?)
カウンター奥の空間は狭く、ユウとヨアが入ればあと数人でいっぱいになってしまうようなコンクリート造りのような空間。
そこに繋がるように、現実世界で見たような【エレベーター】のような茶褐色の大きなドアがある。
その横にあるエレベーターの開閉ボタンのようないくつかのスイッチには一切触れず、ヨアは見過ごしてしまうような小さな鍵穴に、人差し指と親指で摘まめるようなサイズの先ほどの鍵を取り出して入れた。
ピッ、と小さな音がして、ドアが左右に開く。
白色の壁に覆われた、今いる空間と同じくらいの大きさのそこはまさしくエレベーターの内部で、そこにヨアは入っていきユウの方へ振り向き手招きをする。
ユウも慌ててそれに続いてその部屋に入った。それをヨアは確認すると、内部にもある先ほどと同様の鍵穴に同じ鍵を入れた。
またピッ、と小さな電子音が響き、ドアが左右から閉められる。
そこで、ヨアはユウに小さく笑みを見せながら青の瞳を閉じてウインクをした。
「オッケー。この手順を踏まないと、ここに辿り着けないんだ。いわゆる隠し通路……じゃなくて、隠しエレベーターってとこだね」
「て……手順?えーと、あの変な店主との会話とか……?」
「全部だよ。この時間に、店主にあの合い言葉を言って、正しい返答をして、カウンター裏に通される。土産物がなければこの鍵は受け取れないし、鍵がないと大変なことになるからね」
「大変なこと?」
「エレベーターの横についてたスイッチ類は全部ダミー。もし押しちゃったらエレベーターが大爆発。あっという間に強制ログアウト。痛いだろうねー。……にわか知識でここに辿り着いたプレイヤーや刺客への罠、ってわけさ。操作はこの鍵一本で行うのが正しい手順なんだ」
「…………」
絶句するユウ。
そこで、エレベーターがごうん、と音を立てて動き始めた。
ショッピングモールなどで動く感覚と、明らかに違う動き。何故ならそのエレベーターは……【横】に動き始めたからだ。
「え? こ、これ……どうなってるんだ?」
「まずは、あの大きなタワー……【月楼閣】の真下まで地下から行く。そして真下に着いたらエレベーターは上に上がって……一気にタワー頂上、朧月商会の本部に辿り着くって感じだね」
「そ……そんな挙動出来るのかよ、このハコ……!」
「ユウ、忘れてない? ここは仮想現実空間なんだから、結構なんでもありなんだよ。作りさえすればね」
「…………」
言葉の意味はなんとなく分かるが、深く考えるとややこしくて面倒くさそうなので、ユウは考えるのを止めただただエレベーターに揺られる事にした。
ただ、どうしても気になった事だけ、ヨアに聞いておく。
「なあ、ヨア。どうして……お前、こんな複雑な手順を知っているんだ?それにそもそも、なんでこんな隠しエレベーターのことまで……。ヴァレクト・システムのギルドメンバーなんだろ……?」
「だった、ね。……ま、役職が役職だから。諜報活動員って結構便利なんだよ、色々動いて根回しできるしさ。半分は情報、半分は……密かにやっていた転職活動、とだけ言っておこうかな。ふふ」
イタズラっぽく少年のような無邪気な笑みを浮かべるヨア・ゲーアハルト。
その様子からはとてもそんなスパイのような姿は想像できず、ユウは【人のわからなさ】を改めて痛感するばかりであった。
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