5-1
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「……あれ……」
身体に感じる僅かな振動に、ユウは目覚める。
ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていき、顔を上げれば……。
そこには、見知った顔。
ヨア・ゲーアハルトが顎に手を当て、足を組んで座っていた。
「……ん? ああ、おはよう」
「おは……よう。って、ここVR世界だろ。 ……あれ? 俺、寝てたのか? ニューレアルで?」
「とりあえず、朝の挨拶が適切かなって。今ログインしてきたんでしょ、ユウ」
「……みたい、だな」
「みたいってなにさ」
苦笑をするヨアにつられて、恥ずかしそうに笑みを浮かべるユウ。
しかし、なんとなく腑に落ちない事があるようで首を傾げて地面に目を落とした。
「なんか……夢、見てた気がするんだよ。気のせいかもしれないんだけどさ」
「夢? ……つまり、ユウはこの世界で【睡眠】に入っていたってこと?」
「……いや、そんなわけはないんだろうけどさ。……なんか……現実と同じような感じで、寝て起きて……。んで、寝ている間になにか別の景色というか、記憶があるというか……」
「ふーん……。ま、珍しいことじゃないかもしれないよ、それ」
「え、そうなのか?」
ヨアの言葉にユウは再び視線を彼に移す。
「ダイヴギアの設定を弄ると、現実世界の記憶を薄れさせることができるっていう噂は聞いたことがある。現実世界とニューレアルの境界を曖昧にして、むしろこっちの仮想現実空間の方を現実と脳が錯覚して思い込んでしまうとか」
「……げ。な、なんでそんなことするんだよ?」
「気持ちは分かるよ。学校や会社の対人関係や多忙のストレスから逃れたくて、よりこの仮想現実世界に没頭したくなる……。嫌な現実は忘れて、このゲームの世界にのめり込みたくなる人も多いってことさ」
「…………マジかよ」
「あくまで噂、ね。ヴァレクト・システムにいるとそういうこのニューレアルに関わる噂なんて絶えず入ってくるからさ。……ま、どうやら本当の話らしいけどね、これは」
淡々と、得意げに話すヨアとは対称的にユウはその会話内容にゾッとして身震いした。
「……でも俺、そんな設定した覚えないんだけど」
「まあ、ダイヴギア自体にそういう不具合や欠陥があってもおかしくはないって話だよ。設定としてそういうことが出来ちゃうんだからさ。キミ、なんか変な設定してないよね」
「…………してない、と、思う、けど」
「……なにそれ」
自分のダイヴギアの出自が不明で、未だにどうしてこのゲームにログインできるようになっているのかよく分かっていないユウは、誤魔化すことしかできなかった。
そんなユウの態度をじとーっとした目で見るヨアの不審を遮るように、ユウの肩からひょこっ、と顔を出す一匹の生物。
「そんな話はいいからさーっ。まだ着いてないのかよー」
ラゼットが溜息をつきながら飽き飽きとしたという感じでヨアに言う。
ヨアはその生物を見ても特段驚きもせず、腕組みをしてそれに答える。
「一日はかかるって言ったでしょ。ゲームだからってワープなんて便利なことができるわけじゃないんだ。ユウも、もう少し長くログアウトしていれば良かったのに。あと一時間はかかるよ」
「げー。ユウとヨアはログアウトでいいけどよー、オレは一日中この【馬車】の中なんだぜーっ! 退屈で死にそうだよ、まったく……」
ふてくされた感じで鼻を鳴らし、ユウの肩に頭を預けるラゼ。
ここは、馬車の中。
大きな馬と、その手綱を握る馬車屋の男性が前方にいて、その後ろの客席に座るのはユウとヨア。そしてユウの肩に居座るラゼ。
馬車の中は広く、現実世界のワゴン車の後部座席よりは広く作られていた。対面で座れる木製のベンチが二つに、雨風だけではなく周囲の視界も防げるアーチ状のテント布が被せられている。
コトコトと揺れる車内は快適とは言いづらいが、歩くよりもずっと楽に早く目的地に辿り着けるこの馬車は、ニューレアル内ではよく使われる移動手段なのだという。
馬も、それを引く馬車屋も、このゲームのNPCである。
任せておけばログアウト中も遠い目的地に移動が出来ると言ったヨアに従い、ユウはこの馬車に乗り込みつい先ほどまでログアウトをしていた。
「……あと一時間か。……うう、なんか緊張するな」
「ま、色々と交渉する場面はあると思うけれど。こっちにも色々材料はあるから、強気にいこう。ひとまずはボクに任せておいて」
「……悪いな、ヨア。色々と……」
「まったくだよ。ボクにギルドを裏切らせておいて、それで更にボク主導で【商談】に行くわけだからね。手数料くらいはいただきたいところだなー」
「ううう、そこをなんとか……」
「あははは」
意地悪な笑みを浮かべてユウを見ていたヨアは、それが冗談だと明かすように表情を爽やかな笑みに変えた。
ユウは、申し訳なさそうにヨアを見ながら懇願する。
「よろしくな、ヨア。 ……【朧月商会】の本拠地に着いたらさ」
――
「ノルムの村には行かない!?な、なんでだよ!?」
時間は少し遡る。
ヴァレクト・システム本部から脱出をし、巨大な本部施設から数十分逃走を続けたユウに、ヨアは告げた。
「あの村に戻りたい気持ちは分かるよ。バグルからノルムの村を守るのが、ニューレアルでのキミの役目だってことも、知っている。……でも、今はダメだ」
「だから、なんで……!」
「考えてみてよ。キミはヴァレクト・システムから脱走したんだよ。そのキミが一番最初に戻るであろう場所はどこ?」」
「……あ……」
「ユウがノルムの村に留まっていたことはクラヴィスも重々承知しているんだ。シルバーフレームや【エデンコード】のことをキミに尋問していたクラヴィスが、あの村に戻ってくるであろうキミを追いかけてくるのは目に見えているでしょ? 追っ手が来るに決まっているよ」
ヴァレクト・システムの本部施設はもう見えず、今現在二人がいるのは夜の街道だ。
人気はなく、周囲には多少の岩場や木が生えているような平地。ギルドからの追っ手の姿は見えてはいないが……のんびりここで会話をしている暇もないという風に、ヨアはまくし立てる。
「つまり。ユウがあの村に戻るっていうのはヴァレクト・システム側も大前提にしているってことだよ。……戻りたい気持ちは分かる。けれども、今ユウが自分であそこに戻るのは自殺行為だ」
「……で、でも……。あの村に戻らないと、バグルが……!」
ユウがノルムの村に戻りたい理由は一つ。
バグルの発生が増えている現状で、自分がこれ以上あの村を離れていたらもしもの時に対応が出来ないからだ。
シルバーフレームの力を使って、周辺のバグルを駆除していた自分がいなくなってしまっては、いつかは……。その懸念がずっと頭を離れない。
ヨアは、そんなユウの不安そうな表情をじっ、と見つめる。
その視線にユウが気付くと、ヨアはユウを安心させるよう、少しだけ微笑んで小さく頷いた。
「分かっているよ。だから、ボクに考えがあるんだ」
「……考え?」
「うん。……もう少し歩いていけば、小さな馬車屋がある。NPCがやっている、足のつかない移動手段だ。それで一日かけて……とある場所に移動をする」
「とある場所?」
「クラヴィスが最も手を出しづらい場所。かつ、金さえ払えばどんなことも請け負うような連中が集まる場所。そこで、あの村の調査や警護を依頼すればいいのさ」
「……それって……?」
ヨアが指し示す場所がどこか分からないユウは、首を傾げる。
そんなユウの肩から、ひょこっ、とキツネのような生物が顔を出した。
「【朧月商会】だな、ヨア」
「…………」
「…………」
固まるユウとヨア。
ヨアの視線は、明らかにユウの肩にいる生物……ラゼットに向けられている。
おかしい。何故、見えている。だって、コイツは……。
ユウが驚いて固まっているうちに、ヨアは驚いた顔をしながらラゼを指さした。
「……なに、このモンスター……」
「あぁ? ついさっき話したじゃねーか。訓練場で…… って、ありゃあオレの顔も姿も見えてねーか。わりーわりー」
うっかりしていた、と言いながらラゼは朗らかに笑い、そして得意げに鼻を鳴らしてヨアに言う。
「ヨア。お前はユウと【リンク】したから、オレの姿が見えるようになったんだよ」
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