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「……!? なんだ、これ……!?」
鉄柵の隙間から漏れ出す黒煙にヨアは気付いた。
その様子に、少し離れた場所にいるリリィは戦いの動きを止めて、レイピアを肩に担ぎながら楽しそうに説明を始める。
「あはは、先輩は見るの初めてだよね。……これが、ゼンのフレームの特殊能力なの。自らの身体からこの黒い煙を発生させて周囲を包む……。出力も自由自在で、あの東側のエリアはすっぽり煙に覆われるだろうね」
「……毒ガス……!?」
「ないない。それは、ゼンの趣味じゃないんだ。それじゃあゼンが介入する暇がなく相手がやられちゃうからね。……でもね」
リリィは鉄柵の向こうの東エリアに視線を移した。
「あの煙の中で自在に動けるのは、ゼンのフレーム……ノクス・ストリクスだけなんだ。有毒性はなくて、別に黒い煙の中で呼吸だって問題なく行える。……けれど、ゼンのあの黒煙は……周囲を《暗闇》にしちゃうんだよ」
「暗闇……!?」
「そう。現実では体験したことがない、真の暗闇さ。色濃く、染み込んでくるようなあの黒色は夜の闇よりどす黒い……。月光すら届かない黒色。……その中で唯一視界が確保できるのが、ゼンのフレームの能力。……まるで夜の闇に紛れて獲物を狩る、フクロウのようにね……」
「……ッ!? ユウ!!」
リリィのその言葉を聞き、ヨアは慌てて自身のフレームの左側のコメカミに触れる。
しかし、その瞬間に、ヨアの頭上に振り下ろされるように鎖の鞭が飛んできた。
「ッッ!!」
地面を転がるように横に跳躍して、それを避けるヨア。リリィのフレームが、それを許さなかった。
「だよねぇ♪ ヨア先輩のファントム・アイなら集中すればあの黒煙の中でもゼンの姿が探れるかもしれない。……だから、僕が先輩の相手になったってわけだよ」
「く……!」
「させないよ……。お喋りはここまでだ。本気でいかせてもらうからね、先輩♪」
鞭の先端を自分の方へと戻し、再度一撃を放つ準備をリリィは整える。
次にくるのは、どの方向の鞭か。あるいは、近づいてのレイピアの攻撃か。
パピリオ・アピスソードの攻撃方法を見極めに全力を注がなくてはいけない。東側のエリアをヨアが気にする余裕など、存在しなかった。
(く……ッ! ユウ……!)
――
『な……なにも見えないぞ、これ……!』
困惑したラゼットの声がユウの頭に聞こえる。
それは、体験したことのない暗闇であった。
現実世界の街灯のない場所の深夜でも、幾らか光になるものは存在していたし、目が慣れてくればなんとなく自分の周囲は見えるものだ。
しかし……まさか、自分の掌さえ見えない暗闇が存在するとは、ユウには信じられなかった。
あまりにその黒色は色濃く、まるで自分を飲み込むように渦巻く。どこが右か、左か。天井や地面すらどの方向か見失いそうになるほどの暗闇にユウは立っていた。
「くそっ……! ど、どこだ……どこにいる……!」
それは、相手に対してか……はたまた、自分の今いる場所に対してか。何もかもを、この煙の中でユウは見失ってしまっていた。
我武者羅に剣を振るうも、斬っているのは煙のみ。僅かに動く黒色だけがどうにか視界に映る。
「ココでスよ」
「!!」
僅かに聞こえた、相手の声。そこに向けてユウはノヴァブレードを振るう。
しかし―― その声とは反対方向。背中に、鋭い痛みが走った。
「ぐあああッ!!!」
『ユウ!!』
声とは反対方向に素早く移動して、ノクス・ストリクスは短剣の斬撃をユウの背中に直撃させた。
フレームの装甲で軽減されるものの、痛みはダイヴギアを通じてユウに伝わる。鋭い刃物で背中を引っ掻かれた痛みに悲鳴を上げるが……ユウは素早く身体を反転させ、そこに向けて剣を振り下ろす。
「ぐ……はアアアッ!!」
「キキキ……危なイ、危なイ……」
剣が訓練場の固い地面にぶつかる感触がユウの手に伝わる。
声の方向と僅かな煙の動きから、ゼンが後ろにジャンプをして剣撃を回避した事が理解できた。
『や。やべぇぞ……。ここまで何も見えないと、なにも……!』
「……黙ってて、ラゼ! ……集中するッ……!!」
『! お、おう……!』
ユウは剣を両手で持って構え、周囲の音を拾おうと動きを止めて集中し始める。
いくらゼンが足音や物音を消そうとしても、僅かには何らかの音や気配が聞こえるはずである。イヴァレックスの能力で五感は研ぎ澄まされており、それに集中さえすれば相手の動きもどうにか感知できるはず……。
そう思い、ユウは必死に動きを止めているが――。
『ユウくん、ヨアくん。君達は、我々の邪魔なのですよ』
「!!」
おそらく、スピーカーを通じた大きな声。
訓練場全体に響き渡るのは……管制塔からこちらの様子を観ている、クラヴィス・ヴァレクトの声であった。
「あぐッ!!」
集中力を欠いたところに、ノクス・ストリクスの斬撃が左足首に飛んできた。
またしても回避しきれず、イヴァレックスはダメージを受けてしまう。低く滑空するようにノクス・ストリクスは斬撃を与え、また暗闇の中へと消えていってしまった。
「ぐ……! く、クラヴィス……!!」
『ふふふ……。ユウくん。以前話したように、この世界の富と現実世界の富は、直結します。そして富は、両世界の権威となる。この仮想現実世界……ニューレアルは、決して遊びで踏み込んではいけない世界なのですよ。権威や富を持つ者の邪魔になりますからね……』
「だ、黙れッ……!!」
クラヴィスは、ユウのフレームの高い戦闘能力を知っている。
ゼンのこの黒煙の能力であっても、それをカバーできるような身体能力や感知能力を有している……それを、理解していたのだ。
マイクを通した大音量の声は集中力を削ぎ、ノクス・ストリクスの足音や気配を掻き消してしまう。
イヴァレックスは我武者羅に剣を振って周囲を攻撃するが、斬られるのは空気と煙だけである。
『ユウ! アイツの話なんか聞くな! し、集中しろ!』
『ユウくん。貴方の出来ることは、我々のような【力のある者】に迎合し、自分の持っている力や情報を献上することです。……でなければ、貴方の存在は、邪魔でしかない』
「く、ゥゥッ……!!」
その言葉はユウの感情を逆なでし、怒りをこみ上げさせた。
「俺は……俺は、やることがあるんだッ!! この世界には……困っている人がいる!! 力を持つ者に、助けを求めている人がいるんだ!! だから俺は、そこに行かなくちゃいけないッ!!」
『くだらない。ノルムの村のNPC相手にヒーローごっこですか……ククク。お人形遊びをする子どもと変わりませんね』
「黙れェッ!! ……ッ、があああッ!?」
剣を大きく振るい、それが空振りしてがら空きになった胴に二本の短剣の突きが直撃する。
斬撃の痛みと、突き出された衝撃でユウは吹き飛び、地面を転げ回る。
「あ、ぐ、ううぅぅッ……!!
『ユウ! 起きろ! 体勢を立て直せ!! 冷静になるんだ!!』
「ぐ、はぁッ、はぁッ……!!」
ラゼの声を受け、ノヴァブレードを杖代わりにしどうにか立ち上がるイヴァレックス。
だが、眼前は依然として……暗闇。一寸先どころか自分の身体さえ見失いそうになる景色に響くのは、クラヴィスの声だった。
『大衆の一部でしかない貴方のような屑の一つが、目的など持ってはいけない。貴方の価値は、持っているものを差し出すことでしか発揮されないのですよ。……ねえ、ユウくん』
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