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「……暗いな」
「灯りを持ってきたから。ついてきて」
少し前にゼンと戦闘をした訓練場内は、全ての照明が落とされており漆黒の闇が広がっている。
現実世界で誰もいない夜の体育館というのは実に不気味なものであったが、ニューレアルでもそれは変わらない。
暗く広い空間にいるのはヨアとユウの二人だけ。もし一人で来ていたらあまりの怖さに逃げ帰っていたかも、と想像するユウであった。
ヨアはコートのポケットからペンライトを取り出すとスイッチを押して前方を照らす。
闇の中にさす一筋の光が、正面の管制塔の方へと向けられた。そこに向けて歩いていくヨアの少し後ろを、ユウは歩いていく。
「ねえ、ユウ」
「……え?あ、なに?」
唐突に呼ばれた自分の名前。ヨアは振り向かずに歩き、後ろにいるユウに声をかけてきた。
「なんであんたはこの世界……ニューレアルに居続けてるの?」
「なんで、って?」
「普通、こんな所に無理矢理連れてこられて閉じ込められてさ。……団長に、暴力まで受けたんでしょ? なんでそれでも、この世界にログインしてくるの?」
「……あー、まあね……」
ユウは頬を指で掻きながら、その理由をなんとなく思い返してみた。
「居場所があるからかな」
「この世界が?」
「ああ。ノルムの村で、俺がイヴァレックスとして戦うことで、居場所があったから。だから、そこに戻るためにログインしてるんだ」
「現実世界では居場所がない、ってこと?」
「別に寂しいことじゃないだろ。それに、居場所がないわけじゃないよ。学校はまぁ、好きでも嫌いでもないけど行かなきゃだし。家族だって、帰る場所だってある。……でも、この世界にも居場所はあるからさ」
「ま、ダイヴギアを通じた超リアルな仮想現実空間だから現実と混同するのは分かるよ。この世界に生き甲斐を見つけているプレイヤーなんて数え切れないほどいるし」
「違う違う」
ヨアは、否定された言葉を受けてユウの方を振り向いた。
「この世界も現実も、同じってことだよ。別にゲームが好きだからとか現実に居場所がないからとかじゃなくて。……人との関わりや繋がりが、大切な居場所になるんだってこと」
「……ノルムの村のNPC達かな」
「ああ。……っていうか、NPCだから人じゃないだろ、って否定するかもしれないけどさ。変わらないだろ、どう見ても。……触れあって、それが分かったんだ。あの人達は俺達と何も変わらないって」
「……まあね」
「それで、その人達が俺を必要としてくれる。わけわかんない力だけど、バグルを倒す力を持っていて……プレイヤーが離れたあの村を守れるようになった。俺以外にそれをする人がいないのなら、俺がそれをやりたい。それで、ノルムの村がいつまでも幸せなままでいられるなら……それが、俺の居場所なんだって思って。だから、この世界にどうしても居続けたいんだ」
「……なるほどね」
「ヨアだって、同じだろ」
「え?」
再び振り向こうとした時にユウから出た意外な言葉に、ヨアはユウの顔をまた見た。
「ヨアだって、このギルドに居場所があるからこの世界に居続けてるんだろ? それと同じだよ」
「……ボクは……」
「俺を逃がそうとしてくれるのは嬉しいけどさ。……それで、ヨアの居場所がなくなっちゃうんなら、俺は今回は止めとく。自分でどうにか脱出するから、また牢屋の方に戻るよ」
「…………」
「ありがとな。真意は分からないけれど、俺をこうやって連れ出してくれて。……ヨアも、この場所が好きだからここにいるんだろうし。その邪魔はしたくないよ」
「……ふっ」
ヨアは肩の力を抜いて呆れたような笑みを浮かべて溜息をつく。気付けば二人は、管制塔の真下に辿り着いていた。
そこに、確かに大きな鉄扉があった。
扉の横についている掌くらいの大きさのコントロールパネルを開けると、そこについている大きなボタンをヨアは押す。
「ユウ、あっち側のボタンを押して。二人一組で、同時に左右のボタンを押さないと、この扉は開かないんだ。脱出防止のためにそういう仕組みになっている」
「え……?」
ヨアは気持ちの良い笑顔をユウに見せ、頷いた。ユウにはその笑顔が、どこか寂しげにも一瞬見えたが……再びヨアは頷く。
「居場所。確かに、ボクもこのギルドにあるよ。……でもそれは【信念】とセットだ。信念が揺らいだのならば、ボクはその揺らぎを止めたい」
「信念……」
「あんたはここにいるべきじゃない、ノルムの村に戻るべきだ。その心の揺らぎが止められれば、ボクはまたギルドに居場所を見つけられるよ」
「……でも、俺を脱走させれば……」
「大丈夫。さっきも言ったけれど、ボクはヴァレクト・システムの幹部。嘘なんていくらでもつけるし、言い訳なんていくらでも出来る。だから気にしないで、さっさと逃げてほしいんだ」
「……ヨア……」
「あんたを見ていて、ボクも少しだけ……自分の【心の】居場所を守るために、戦ってみようと思っただけさ。ほら、早くあっち側のスイッチを押して」
ヨアは今自分が操作しているパネルの反対側を指さす。
大きな鉄の扉の左側をヨアが操作し、鉄の扉を挟んで右側にも同じパネルが存在していた。距離にして3mほどの場所だ。
「……ごめん、ヨア」
「謝らないでよ。謝罪は、あんたを閉じ込めていたこっちがすべきなんだから。……ごめん。ノルムの村の人達にも、代わりに謝っておいて」
「……ああ! わかった」
「諸々の問題は後にしよう。兎に角、今は一刻も早くこのギルドから逃げるのが先決だ。じゃなきゃ、団長がユウに何をするか分からない」
「そうだな。それじゃ――」
ユウが、反対側のパネルを操作しに走り、辿り着いたその瞬間――。
訓練場の照明が全て点灯し、光が空間に満ちた。
「え……?」
「なっ……!!」
突然の出来事に呆気にとられて天井を見上げるユウと、辺りを見回すヨア。
暗闇だった訓練場の姿が照明により全て露わになり、そこにいる二人の姿までも光に照らされてしまう。
そして、さらに――。
ガシャン!! ガシャン!! ガシャン!!
「しまっ……!!」
ヨアが気付いた時には、既に遅かった。
まるで、ヨアとユウを分断するように……。
地面から噴き出るように出現した鉄柵が天井に突き刺さっていく。
次々に生えていく黒光りした金属の棒は太く、また人の身体を通さないほど緻密に生えていった。
「ヨア……これは……!?」
まるで、ユウが今までいた牢屋と同じ状況。
広い訓練場を丁度半分にするかのように鉄柵が揃い、ユウとヨア、それぞれがそのスペースに取り残されてしまったのだ。
「く……!!」
忌々しげにヨアは一歩退き、自分の真上にある……ガラス張りの管制塔を見上げた。
『脱走者に加えて、裏切り者ですか。全く……今夜は、忙しくなりそうですね』
訓練場に設置されたスピーカーから出る声。
ユウとヨア、それぞれに聞き覚えのあるその声色は冷静でいて、しかしどこか……楽しそうでもあった。
「クラヴィス……!!」
「団長……!!」
そこには、管制塔の中央で二人を見下ろし、口元をつり上げて笑うクラヴィス・ヴァレクトの姿があった。
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