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「……えー、と……」
薄暗い、ヴァレクト・システム本部地下の廊下。
今現在の時刻は分かってはいなかったが、どうやら今は深夜時間らしい。
現実世界とニューレアルの時間はリンクしており、現実で夜ならばこの世界でも夜、という事になる。
四大ギルドと呼ばれるヴァレクト・システムの本部とは思えぬほど廊下は静まりかえっており、その中をユウは足音を少し抑えながら進んでいた。
ヨア・ゲーアハルトの後をついて。
「このくらいの深夜ならプレイヤーのログインも減るから静かでしょ。普段は警備にギルド所属のNPCが配置されているんだけれど、休憩で交代をしている最中なんだ。5分ほど隙間が生まれるこの時間なら、安全に脱走ができるってわけ」
彼は声を抑えながらも堂々と廊下を進んでいき、慌ててそれをユウが忍び足で追いかけるような形となっている。
理解ができないまま、早足のヨアの先導で進んでいくユウ。
何故、ヴァレクト・システム所属の彼が、しかも自分をここに連れてきた張本人に近い彼が、自分を脱走させるのか。
彼は今、どこに進んでいるのか。そして何が目的なのか。自分に何をさせたいのか。
それを疑問に思いながらも何度考えてもさっぱり分からないユウ。鉄格子の扉の鍵を開けたヨアはユウに向けて「ここから脱走するよ」とだけ言って背を向けて歩き出した。
その目の真っ直ぐさについつい従ってしまったが、それが正しい判断だったのかを今になって冷静に考え始めてしまう。
そんな事をユウが思った矢先、ヨアが声をかけてきた。
「わからないよね。なんでボクが、あんたを脱走させるのか」
「あ……ああ、うん……」
考えを読まれたような言葉にしどろもどろな返答しか出来ないユウだったが、ヨアは構わず言葉を続けた。
「深く考えなくていいよ。……ま、信用のために簡単に説明すると、このギルドのやり方についていけなくなったってとこかな」
「……ヨアが?」
「うん。あんたを拘束している理由も、そもそもの拘束方法も……さっきの戦闘訓練も。これは、正当なウチのギルドのやり方じゃない」
「そう、なのか……?」
「明らかに、何か別の目的がある。団長をよく知っているボクだから分かるんだ。何か隠していることがあるって」
「……【エデンコード】のことか……?」
「エデンコード……? ……やっぱり。ボクにも知らないなにかがこの件には隠れているみたいだね」
「え?」
顎に手を当てて考えながら歩いていくヨアの顔を横から覗き込むようにユウが近づく。
「知らないのか? 俺、てっきり皆知っている単語なのかと……」
「聞いたこともないよ。団長は、それをあんたに尋問していたの? エデンコードってなに?」
「それが……俺も、さっぱりなんだ。でもクラヴィスは俺がその、エデンコードと絶対に関係があるはずとかなんとか言って腹にパンチやら蹴り入れてきて脅されて……」
「…………」
それを聞き、ヨアの顔がより険しくなったのをユウは見た。
不信だけではない。その表情には、怒りのようなものも見てとれた。
「……ごめん。あんたがそんな目に遭っていたなんて、ボクは本当に知らなかったんだ。……信じてくれとは言わない。ただ、これは受け入れてほしい」
「受け入れる?」
「今からここの脱出路にあんたを案内する。着いたら逃げ道を説明するから、それを受け入れてほしいんだ。……それが、罠でもなんでもないってことをね」
「…………」
「ユウ。あんたからしたら、団長もボクも同じギルドの所属だし、ましてここに連れてきたのはボクだから信用できないかもしれないけど……」
「……いや、信じるよ」
「え?」
そこでヨアは初めて、横を歩いていたユウの表情を見る。
二人の目が合うと、ユウはにっこりと笑顔を浮かべた。
「ヨアは、俺がクラヴィスのヤローに尋問されている時に、駆けつけて抗議してくれたじゃんか」
「……え? あ、ああ。あの時」
「あれで、俺はここにヨアが無理矢理連れてきたわけじゃないって分かったわけだし。それにあの時のヨアすげー真剣な顔してたから。だから信じられるよ」
「……あの一瞬だけで? ボクを信用するの?」
「うん。少なくとも、クラヴィスよりはずっとね。あれがあったから、なんとなく俺を脱出させるっていうのも理解できるし」
「…………」
「助かるよ、ヨア。サンキュー。お前がイイ奴で、本当に良かったよ」
あまりにも素直に言いながら満面の笑みで感謝を述べるユウに対し、赤面をしてくるヨア。
「あれ? なんか顔赤くなってない?」
「……っ!! う、うるさいっ……!! とにかく、そこだから……っ!!」
ギクシャクと早足になり、固くなった真顔のままヨアは先行してその場所へと辿り着いた。
廊下の突き当たり。
ユウが幽閉されていた部屋から最も離れたそこは、周りのドアより一回り大きな観音開きの扉が存在している。
その場所に、ユウは見覚えがあった。
「ここ……昨日、俺が戦った、訓練場の入り口じゃないか」
重いドアを、なるべく音が立たないようにゆっくりと押し開けるヨア。それを呆然と見るユウに手招きをし、慌てて二人でその中に入る。
「そう、よく覚えていたね」
「ここに、脱出口が? でも昨日見た限りではそんな場所どこにも……」
扉を抜けると、訓練場のホール周囲を囲むように廊下が延びている。
真っ直ぐ伸びたドアは訓練場へ直通。
そして、左右に分かれた廊下からは昨日、ユウとゼンが入場をしたように東西の入場門へと繋がる。
枝分かれするように伸びた階段からは、昨日クラヴィスやヨアがいた管制塔へと続いている様子だった。
「訓練場の方へ入るよ」
ヨアは真っ直ぐに歩き、最も近い訓練場へ直接繋がっているドアへ向かっていく。
「え? なんで?」
「ここは、この施設でも最も広い場所になる。だから大型の資材や武器なんかを運ぶ時の搬入口も兼ねていてね。昨日、あんたが戦闘をしていた時には見えなかったかもしれないけれど、実は管制塔の下には大きな扉があるんだ」
「……全然気付かなかった」
「ま、そんな余裕なかったでしょ。それに、普段は鉄扉で閉じられていて周りの壁とあんまり変わらないし。とにかく、管制塔の下のその鉄の扉は、この本部の外へと直接繋がっている」
「へぇー……。……え? でも開くのか? そこ」
首を傾げるユウに、ヨアは得意げに笑みを浮かべた。
「一応ボク、この組織の幹部。全ての設備利用の権限持ってるの」
「……マジで。そんな偉い人だったの?」
「まぁね。……とはいえ、その幹部があんたを誰の相談もなしに逃がそうとしているんだから笑えるんだけどさ」
冗談とも自嘲とも分からない明るい声を出しながら、ヨアは訓練場へと続く扉を開いた。
「さ、行くよ。今からそこに案内するから」
「……あ、うん……」
信じると言った手前、ヨアに着いていくしかないユウであったが……。
ギルドの幹部が自分をこのギルドから逃がそうとしている、という新たな現実をイマイチ受け入れきれないユウであった。
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