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「…………」
座り込んでいる。
固くとも、微かな弾力のある、土の感触が臀部に伝わっている。
風が通り抜ける。
鼻と頬をくすぐり、髪を揺らして通り抜けるそれは清涼感のあるものであった。
立ち上がる。
眼前に広がる青空はどこまでも広く…… 大地は、どこまでも続いているようだった。
「これがVR空間って……マジ……?」
悠は、今この場所にいる自分が信じられなかった。
先ほどまで自分がいたのは確かに、住み慣れた自分の部屋だったはずだ。
しかしあのヘルメット型のVRヘッドセット……ダイヴギアを被って電源を入れた瞬間、まるで瞬間移動をしたように、悠はここに存在したのだ。
自分の両手を見ても、いつも見ている自分の掌が映る。
頭を掻いても、その感覚と感触が伝わっていくのが分かる。
夢を見ている感覚に近い。
ただこの夢は睡眠をしている時に見る夢とは明らかに違い、感覚があり、感触があり…… なにより、起きている時と全く同じ『意識』があるのだ。
「す……げぇ……っ!!」
不安や戸惑いは、喜びに変わっていく。
これが、世の中の金持ちだけが見られる光景なのだ。
超高額、超希少なVRセット。それを手にしたものだけが入ることの許される、まさしく夢の世界。
自分の人生では、永遠に辿り着けなかったかもしれない場所。
ダイヴギアは偽物ではなかった。それは、目の前に広がるこの景色と感覚を味わうだけで理解できたのだった。
――
「……これ、どこに行けばいいんだ……?」
一ノ瀬悠は広い大地を歩いている。
格好は、ダイヴギアを装着した時のままだ。Tシャツにハーフパンツというラフな格好。しかし、裸足でいたはずがお気に入りのスニーカーを履いている。
視界には、茶褐色の地面と所々に石や雑草。
現実さながらの光景には変わりはないが、どこか見慣れない……日本ではなく、海外の広大な土地のような印象を悠は受けていた。
青空には転々と雲が浮かんでおり、太陽も遠くに見える。見上げても現実ほど眩しい感覚がない。優しい光の太陽……メタバース空間での、処理という事だろうか。
あとは、所々に木が生えていたり、隆起して小さな山や崖のようになっている地面も観測できた。
しかし、ただそれだけ。
このメタバース空間に入った人間が最初に行き着くような場所が、見当たらないだ。
「普通は最初に訪れるような街とか村とかあるはずだよな……」
前にプレイをしていたスマホゲームとかだと、よくある話であった。
プレイヤーに対してのチュートリアルを行うような街と、NPCの存在。
この世界でもあっていいように思えるが……ひょっとして、説明書にそれが書いてあったのであろうか?悠は不安を感じてきた。
いや、そもそもニューレアルを購入した配信者はどんな事を語っていただろうか?最初に行き着く場所だとか、するべき事だとか……。
そんな事を歩きながら思案していると……。
「なんだ、悠。しけた顔してんなー」
……は!?
まさかこんな場所で自分以外の声を聞くとは思っておらず、悠は驚き辺りを見回す。
見通しの良い土地。隠れられるような場所もないのに……どこから!?
「せっかくニューレアルに来たんだ。もっと楽しそうな顔しろよー」
にやにやとイタズラっぽい笑みを含んだような声は、馴れ馴れしく、まるで友人が自分に話すような口調だ。
「だ……誰!? どこ!?」
「はははー。さー、どこでしょー??」
いくら周りを確認しても、声の主は発見できない。
次第に、この声の主が自分に何をするか分からない恐怖や焦りを悠が感じてきた時……。
背中や肩に、軽い……なにかが居る感覚があった。
「うわああああっ!?」
「へへへへー。ほーら、ここだぞここー」
急なその感覚に、悠は慌てて自分の身体に乗るそれを払いのけようとする。
しかし、捕まらない。
まるで重力などないように自分の身体のあちこちを走り回り、肩に乗っかり、足元を八の字に走り回ったりする【ソレ】。
だが…… 再度右肩に乗っかってきたそれを、悠は左手で掴んだ!
ふわっ、とした……まるで、洗いたての子犬のような感触。
掴んだものを自分の目の前にもってくると、そのフォルムが自分の視界に映る。
銀か、黒にも似た毛色。
大きいペットボトルくらいの、小さな体格。
四本足。肉球。
青の、澄んだ海のような綺麗な二つの瞳。
そして、大きな、ウサギのような耳。
先っぽに赤いインクを垂らしたような大きくてふわふわの筆のような尻尾。
瞳の間には、赤の、紋章みたいな模様。
「いてーなー。オレは犬でも猫でもねーぞ、首掴むのやめろよなー」
「……は?? え……? なに、コイツ……??」
身体を揺すってするん、と悠の手から逃れたその見たこともない小動物は、地面に下りると素早い動きで悠の正面にある岩に登る。
悠の視界の正面。
その、いかにもファンタジー世界の動物のような見た目のそれは……澄んだ、少年のような声で得意げに言った。
「オレはラゼット。導獣型ナビゲーションユニットの、ラゼットだ。右も左も分からないオメーみたいなプレイヤーを導いてやる、ありがたーい存在なんだぜ、一ノ瀬悠」
日本語で話すその動物。
ここが、現実世界ではなく……ニューレアルの世界なのだという事を、強く噛みしめる一ノ瀬悠であった。
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