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「……え?」
ベッドの上に無造作に置いた段ボールから、白い梱包材をまき散らして出てきたものは……ヘルメットにも似た白く大きなVRヘッドセットであった。
無機質で機械的なその造形物の側面には【NEUREAL】という黒い文字が小さく綴られている。
「え、え……。こ、これっ、て……」
その大きなヘッドセットを両手で持ち上げて天井にかざす少年は、その文字に覚えがあった。
「ニューレアル、って……。マジ、で……?」
驚きの表情を浮かべたまま、丁重にベッドのシーツにそのヘッドセットを置いた後、深呼吸。
そして自分の部屋のドアを開けて階段下にいるであろう母親に呼びかける。
「か……母さん!? コレ、なに……!?」
「えー? 知らないわよ。悠宛てに届いてたんだし、アンタなんかまたゲームでもポチッたんじゃないの?」
「いや、そんな……。……んー……」
一ノ瀬悠は考える。
ここでこのVRヘッドセットについて覚えがない、知らないと言えば、母が宅急便会社かどこかに連絡をして対処を始めるであろう。
返品だなんだの騒ぎになれば、このVRヘッドセット……【ダイヴギア】は、自分の手元から離れてしまう。
高校二年生。
学校には必ずいるような平均的な身長に、整った顔はしているもののあくまで特出せず、一般的な見た目の枠内。少し寝癖が立ったような髪型は、朝の寝癖の名残。前髪は眉毛より少し下で、整えればそれなりに映えそうなものだが本人はそれに興味がない。
入学からずっと帰宅部で、運動は少々苦手。中肉中背、という単語がしっくりとくる体格。ファッションにも興味はなく、部屋着のTシャツと中学の頃の短パンという普段の家着を今日も身につけていた。
どこまでも普通、平凡という単語がしっくりと当てはまる。
一ノ瀬悠は、地方公務員の父とスーパーのパート勤めの母から産まれた一人息子の自分にはこの【ダイヴギア】は……永遠に手に入らない代物であるのは理解している。
【ダイヴギア】。
数年前、世界最大手のIT企業【エデンリンク・インダストリーズ】が突如として発表をしたこのVRヘッドセットは世界中に衝撃をもたらした。
装着をした人間の脳波データをこのヘルメットのような機械が読み取り、神経信号をリアルタイムスキャン。
内部にある超微細な電極が痛みなくそれらをヘルメットの超高性能なコンピューターと繋ぎ、運動、感覚、その全ての意識を別世界に飛ばす事ができる。
殆ど現実と変わらないメタバース空間……【ニューレアル】へ、まるで自分がそこに飛ばされたように行ける……まさに夢の装置だ。
そして、そのお値段もまた夢の装置である。
日本円にして数千万円。
どんなに興味があっても芸能人や有名配信者でもない限り手に入れる事は出来ず、しかも数量は限定的。今現在、世界中で数百台しか普及していないのだという。
そんな選ばれし者しか手に入れられない『ダイヴギア』が…… 今、自分の手の中にあるのだ。
四畳半しかない自分の部屋にはあまりにも似つかわしくないその物体に今悠は恐れおののいていた。
「悠ー? どうしたのー?」
「……あ、いや! な、なんでもない……! オレの勘違い! ごめんね!!」
悠はバタンと自分の部屋の扉を閉めて、再びベッドの上のヘルメットに向き合う。
どうせ誰かのイタズラだ。
学校の悪友がその辺で買った中古のヘルメットに【NEUREAL】の文字を入れ、自分宛に宅急便を送って、明日にでも「あのヘルメット被ったの?」とバカにしてくるのだろう……。
……と、考えてみても、どうもそうは思えない。
テレビや配信動画で散々「超VIPでしか手に入れられないVRヘッドセット!」という名目でこのヘルメットを見ていて、形も寸分違わない。イタズラにしては手が込みすぎている。
どうせパチモノかなにかだろうと思っても、イタズラでそんなものを送りつけてくる理由もよく分からない。
なにより……。
「……説明書がしっかり入ってるんだよな……」
段ボールには、しっかりと英語と日本語で書かれた【エデンリンク・インダストリーズ】のロゴの入った説明書が同梱されていたのだ。
これは動画配信サイトで見た大手配信者のダイヴギア開封動画でも見たものだった。
ぱらぱらとめくってみると、中にはびっしりとダイヴギアの仕様や使用方法などが詳細に書き記されている。
日本向けに作成された分厚い説明書。例え偽物であっても、こんな説明書まで精巧に作るものだろうか?
「じゃあ……コレ、本物?」
悠の頭の中の困惑が、歓喜へと変容していく。
一流有名人や超有名配信者、金持ちでないと手に入れられないVRヘッドセット【ダイヴギア】。
高いだけではなく世界中で日夜入手希望者が抽選を繰り返してどうにか手に入れられる代物。
それが、今、ただの日本の男子高校生の手元に……存在するのだ。
――
「……よし」
説明書は一通り読んだ。
読み物は得意ではないが、何度も動画サイトでダイヴギアの開封使用動画は見ていたし、全ては理解できていなくても使うことはできると確信している。
……これがホンモノであれば。
「……ま、まあ偽物だよね、多分……」
期待しすぎないよう、声に出して自分にそう言い聞かせるが胸の高鳴りは抑えきれない。
【ニューレアル】。
ニューロ(神経)と、リアル(現実)。そしてニューリアル……新しい現実を組み合わせた造語である。
しかし、このダイヴギアを装着して没入するメタバース空間ニューレアルは、まさに新しい世界なのだと何人もの配信者が語っていた。
草木の匂いを鼻で感じ、地面の肌触りを手で感じ、歩めば一歩一歩の感覚が足に伝わり、転べば痛みまで伝わってくる……。
今まではそんな馬鹿な、なんて思っていたが、いざこうしてその世界に足を踏み入れようとすると期待に心臓の鼓動が抑えきれないほどになってしまう。
「電源を押して……」
ヘルメット右側。【NEUREAL】のロゴの入ったヘッドホン部分にある小さな丸い凹凸部分を指で押す。
「ようこそ、ニューレアルへ」
「わっ!?」
澄んだ女性の声。
この声……エデンリンク・インダストリーズのCMや紹介動画で聞いたことのある声だ。
確かこのニューレアルのバーチャルナビの女の子で名前は確か……。
悠がそんなことを考えていると。
「さあ、ヘッドセットを装着してください。私と一緒に新しい世界……『ニューレアル』へ、踏み出しましょう」
ダイヴギア外側の小さなスピーカーから聞こえてくるその声はとても優しいようでもあり、無機質なようでもあった。
まるで……自分をそこに、引きずり込みような……。
「…………」
ごくり。
胸が高鳴る。苦しい。怖い。だけど……。
一ノ瀬悠は生唾を飲み込み、そして……。
「ええええいっ!!」
まるで飛び込み台から飛び降りるような気持ちで、そのヘルメットを装着した。
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