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――その少し前。
「……おや、目覚めたようですね。ユウくん」
ニューレアルにログインをしたユウが目を開けると、目の前にはにっこりと微笑んで自分の顔を覗き込む……クラヴィス・ヴァレクトの姿があった。
景色は、変わらない。
既に数日。ニューレアルにログインすれば飾り気のない灰色の壁と鉄柵が覆う部屋で目が覚める。
「投獄されたプレイヤーはプレイを諦めて二度とニューレアルにログインすることがない、という方がほとんどなのですが……。まぁ、ダイヴギアもタダではないですし。サービス開始時に手に入れたのならばまだしも、昔とは状況はすっかり変わり今では世界中で超がつく品薄の状態で、各国の富豪達が資産をもって奪い合っているような状態です。そう簡単にプレイは諦められませんよねぇ……ユウくん」
「……まあね」
「しかし……。アバターとはいえ、キミのようなごく一般的な思考をした人間がどうしてダイヴギアを手に入れることができたのか……。現実世界のキミは、一体どんな姿をしているのでしょうねぇ?」
「…………」
「おっと。それを尋ねるのは、この世界の禁止事項でした。……つまらない現実など忘れ、この夢のような仮想現実を一緒に楽しもうではありませんか」
「夢のような仮想現実の世界で、俺をこんな檻の中にぶち込んでいるのは一体誰なんだか」
「はっはっは。それもそうですねぇ」
クラヴィスは朗らかに笑っているつもりだろう。
しかし先ほどから、言葉の端々に見え隠れしている嫌味がねちっこく絡みつくようにユウの耳に入ってくる。
プレイを諦めないのは、悔しいからだ。
シルバーフレームの事に関して、確かに理解をまるでしないまま力を使っていたのは自分だ。
しかし、それが間違った事だという認識はまるでない。
バグルが異常に出現している現状で、プレイヤーが見捨てたノルムの村を守るために戦っていたのは決して間違っていないと自負している。
むしろそういった部分はこのギルド……ヴァレクト・システムが行うべき部分だというのに、この団長はNPCを助ける気など毛頭ない。
この数日、しつこいくらいにシルバーフレームの事やユウ自身の事を聞かれてきた。だから、ユウにはそれが分かっていた。
このクラヴィスというギルドマスターがいかに人を見下して従わせたいのか、という裏に隠れた顔が見えてきたのだ。
プレイヤーも、NPCも、この世界自体の事も。治安を守るという盾を振るって、権力を振りかざしているだけに過ぎない。
心の底から、クラヴィスというプレイヤーはこの仮想現実に溺れているのだ。
「とはいえねぇ。私達としても、無条件に無罪放免というわけにはいかないのですよ。キミから少しでも、シルバーフレームのことに関して聞き出さないと」
「……だから、言っただろ。ルフィルドの商人から貰ったって。流れ者らしくてそいつはもうどっかに行っちゃったし、俺もなんで貰ったのかも分からないんだよ」
「それを信じるほど甘い組織ではないんですよ。運営から直接委任を受けている我々としては、ね」
簡単な嘘を信じるほど、クラヴィスは甘い性格をしていなかった。
最初に適当に話して、今となっては意地になって話しているこの嘘だが、一度として信じられた事はなかった。
「……。まぁ、いいでしょう。もう何日も経っていますし……そろそろ別の角度から話を進めてみましょうか」
クラヴィスはそう言うと座っていたユウの顔を覗き込むのをやめ、立ち上がって眼鏡のずれを人差し指で直す。
その眼鏡が照明に反射し、ユウの瞳を眩しく刺した。
クラヴィスは、一段低い声のトーンで、やや小さく……呟くように言った。
「【エデンコード】という単語をご存知ですか?」
「え?」
初めて聞く質問だった。そして、初めて聞く単語だった。
クラヴィスは何を言っているのか分からず聞き返すユウの方を振り返らず牢屋の外を見ながら言葉を続ける。
「実はね。キミのシルバーフレーム自体については、そこまでの興味はないのですよ。未知のフレームシステムを使用していたからといって、違反行為になるわけではありません。このニューレアルにはそれこそ、まだ知られていない素材や武器がたくさん存在するのでね」
「……!? じゃあ、なんで…??」
今までの話とまるで違う。
ユウがこれまで聞いていたのは、自分の使っているシルバーフレームがニューレアルの規則に違反しているから拘束されている、という事だった。
「建前ですよ。キミを拘束し、話を聞くためのね」
クラヴィスは、ユウの心を読んだように続ける。
「新規プレイヤーとしてのキミの出現。シルバーフレームという出所不明の変身機構を初心者がいきなり使っている謎。NPCの村を助けるという理解不能な行動。……どう考えても【エデンコード】の話が出てきたタイミングと被っているのは偶然とは考えづらい」
「……だから、そのエデンコードって、な――」
訳の分からない言葉を使われ当惑して立ち上がるユウに、クラヴィスは振り返る。
そして……。
ユウの腹に思い切り、その右の拳をたたき込んできた。
「ぐは、ッ……!? う、ェ……!!」
鳩尾に沈んだクラヴィスの拳。鈍痛から頭痛となり、吐き気へとそれは変わる。
膝から崩れ落ちて腹を押さえるユウをクラヴィスは見下しながら笑みの消えた表情と声で言った。
「聞き出さないといけないんですよ。私は、このヴァレクト・システムをニューレアルで最も力のあるギルドにしなくてはいけません。グリムチェイサーズに朧月商会……まして、修羅陣などにエデンコードを奪われるわけにはいかない……。だから、ユウくん。どうしても私は情報が欲しいのです。力ずくでもね」
「な、にを……わけ、わかんない……こと、をっ……」
「さっきも言ったでしょう。運営側から【エデンコード】の存在が確認されたこのタイミングで、シルバーフレームなどという我々も知らない変身システムと変身者が現れたんですよ。数年間動きのなかった事態が動き出した現れです」
「だから……っ、わけ、わかんないんだよ……!! エデンコード、って、なんだよっ……!! ……ッ!! あぐゥゥッ!?」
クラヴィスは膝から崩れ落ちているユウの太股を右脚で思い切り踏みつけた。
固い革靴のつま先で穿るように踏みつけ、鋭い痛みが電気信号となり仮想空間でも、現実でもユウを襲った。
「しらを切るのはご自由ですが、他ギルドに先を越されるわけにはいかない。もっと痛い行為が御所望なら遠慮無く仰ってください」
「ぎゃあああッ……!! や、やめっ……!!」
「やめてほしいですか? それならば早く、エデンコードがどこに存在するのかをお教えたほうが懸命かと」
「し……ッ!! 知らないッ……!! なんなんだよエデンコードって、わけわかんねぇよッ……!! いっ、てぇぇぇぇっ!!」
「…………チッ」
しばらくユウの太股を踏みつけ続けた後、無駄だと思ったのかクラヴィスは足を離す。
上半身から倒れ込むようにユウは固い床に突っ伏すと、恨みのこもった目でクラヴィスを見上げる。
「……憎いですか?だが、私は急がなければならない。……キミのことや、キミのフレームのこと……そこから件のエデンコードに、辿り着かなくてはいけないのです」
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
「……では、今分かっていることだけ、はっきりさせておきましょう。……この後キミを、我々ヴァレクト・システムの訓練場に連れていきます。そこでシルバーフレームに変身し、私の用意したフレーム変身者と戦闘訓練を行ってもらいます。私は、キミのフレームのことをもっと知らないといけませんからね……」
「……だから、変身アイテムは、置いてきたって言っただろ……! 俺は、変身できな――」
「ここ数日間尋問をしていて辿り着いた確信です。……キミはどうやら、我々の計り知れない方法で変身ができるようですね。つまり、今、この状態、なにもなくても変身ができるという自信をキミは持っているようだ」
「…………」
「シルバーフレームに、変身できるのでしょう? 戦って、その力を我々に見せてください、ユウくん」
「……断ったら?」
「痛みを味わうだけです。ただし、強制ログアウトにならない程度の痛みを連続で、何度も何度も繰り返し……徹底的に痛みつけてもらいましょう」
「…………」
「ふふふ……。それで現実世界で廃人のようになってしまったプレイヤーもいるとか。嫌ならばキミのシルバーフレームの能力をしっかりと我々に見せつけてもらいます」
「……ああ」
ユウはクラヴィスを見上げながら半笑いになり、そして吐き捨てるように言った。
「やってやるよ。お前みたいなクソメガネの言いなりになるのは癪だけど……。相手をお前だと思って、思いっきり暴れてやる」
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